傭兵の道
敵が横並びになり地鳴りを上げて突撃してきた。
「こちらも行くぞ!」
退路をお互い断たれた格好になっている。こちらも突っ込むしか道は無かった。
「ああ、神よ、王を守りたまえ」
ギルバートがそう言うのが聴こえた。
「皆行くぞ! 次で決着をつける!」
ブリック王が叫び、一番手に駆け抜ける。
「ローランド!」
「お任せを!」
駆けながらギルバートの声にローランドは応じて頷いた。
ローランドの駆る馬、黒獅子は王の馬に追いつき、共に鋭く伸びたランスの洗礼を避け、突き返す。
手応えはあった。馬上のベルファウスト騎士が地面に落ちる音がした。だが、ローランドは構わず駆ける。王が踵を返す前に王に追いつき、白馬の尻にランスを軽く突き立てた。
王の馬は棹立ちになった。
ローランドは素早く通り抜けると、王の馬の手綱を引っ張った。
「ローランドか!? 貴様、何をする!?」
「今はこれまで、戦いは引き分けです!」
「私は王だ、王が先に逃げ出すことなどできぬ!」
そう言って突撃の結果を見ようとする王の肩にローランドは左手を強く置いた。
「命は誰だって平等なのでしょう!? 王、今のあなたは騎士を無駄に死なせました!」
「だ、黙れ! 貴様の様な傭兵に騎士の道が分かるわけがない!」
王は怒号した。
「分かりませんが、男の道なら分かります! これは大の男がする行為ではありません! あなたは遊びで命を弄び部下と敵を殺している!」
その厳しい言葉に青年王は目を見開いた。
「王、何をなされてます! 早くお逃げ下さい!」
ミティスティが言った。ギルバート、ジョバンニ、他の生き残りが十騎ほど集い、再突撃の構えを見せる。
「ブリック王、いや、リョウカク! 目を覚ませ、お前が士道にこだわり続ける度に部下が命を散らすぞ! さぁ、撤収の命令を! 今は戦う時では無い!」
ローランドは熱を込めて王を見詰めた。
「ぜ、全軍、撤収!」
王は口惜しい様に声を上げた。
「はっ!」
騎士達が揃って応じ、王は先に駆けた。ローランドは並走しながら溜息を吐いた。
「何を自分だけ苦労したような顔をしている」
王は不機嫌そうに言った。
「下手したら私の首は飛んでました」
「私は……いや、ローランド、お前を傭兵だと軽んじていればそうだったかもしれない」
「やはり命は皆、平等ということですか?」
王は口を開かず前を向いて頷いた。
こうして偵察隊はギュリーヌス要塞に帰還したのであった。
2
「何人死んだ?」
要塞の円卓に座り、王はギルバートに尋ねた。
「二十騎ほど失いました」
「敵は?」
「恐れながら王陛下、勝負は時の運でございます」
ギルバートはそう言って言葉を濁した。誰にだって分かることだった。王も表情を険しいものにした。ローランドは王に呼ばれ、赤鬼と共に円卓に向かい座っている。真向かいの王の顔は騎士の顔に戻ってしまっている。
これではいけない。王が復讐に燃えている。戦に私怨を持ち臨もうとしている。戦いの大義を正義を忘れている。
「騎士の国とは言え、傭兵が戦えぬ道理などない。王よ、次の戦の先陣は赤鬼にお任せあれ」
赤鬼が言った。王は彼を睨み付けた。赤鬼は動じる様子もなく言葉を続けた。
「ローランドは言わなかったのか? 騎士道とは男の道でもあるということを。まぁ、ミティスティやうちのカティアのように女もいるが、剣持つ戦士だ。戦うために我々は集った」
「我がクロノス傭兵団はロイトガル王国に正義を見出したからこそ、ここまで付き合ってきましたが、王が不要と申されても、一度繋いだ信義を破らぬためについてゆくつもりです。傭兵とは騎士よりも戦場に近しい者です。ただ戦って飯の糧を得る。単純な戦闘兵器です。是非とも我らが武を敵の騎士達にも見せ付けたい」
バトーダが言うと赤鬼が大笑いした。
「うむ、バトーダ、よくぞ言うてくれた。王よ! 傭兵には傭兵の道がある。命が平等ならば今まで先陣を駆けさせてきた兵士、騎士に代わり、そろそろ我らの順番、もっともっと我らを信頼し扱き使うのだ」
「赤鬼、バトーダ、ローランド、その方らに問う。傭兵の道とは?」
王が鋭い口調で三人を見た。
「ずばり、戦って勝つこと!」
赤鬼が代表して咆哮の如く声を上げた。円卓の間にその老成しているが盛んな声が響き渡った。
ローランドは体が熱くなった。そうだ、戦って勝つこと。それが傭兵。俺はいつの間にか忘れていた。生真面目な顔でバトーダが頷いていた。
「分かった。すまぬ、戦って勝たねば意味がない。私も分かってはいたのだが、お前達の仲間に一人の戦士になりたかったのだ」
王はそう淡々と述べると顔を上げた。
「赤鬼傭兵団、クロノス傭兵団を中心に戦う。ベルファウストの騎士どもに傭兵の道というものを教えてやれ! その堂々たる振る舞い、貴様らはこの戦に置いて傭兵騎士と名乗るが良い!」
「はっ!」
赤鬼とバトーダが応じた。
「ローランド、不服か?」
「あ、いえ、承りました」
思わず傭兵らの説得で立ち直った王のすっきりした顔を眺めていた。
扉が叩かれ、聖銀騎士団のベータという副団長が入って来た。
「ベルファウストより、犠牲となった騎士の遺骸が届けられました」
「まだいるか?」
「いえ、もう去りました」
バイザーを下ろしたままのベータが言うと、王の顔は再び困惑気味になった。
「王! 我々が傭兵の道を奴らに教えてやります!」
ローランドは慌てて声を上げた。王の表情が平常心に戻った。
「すまぬ、こうも、騎士らしいやり方をやられると、どうしても私も騎士らしいやり方で応じたくなる」
「分かります。しかし、戦争です。勝たねば意味がありません」
ローランドがそう言うと王は頷いた。
「少し早いが休む。お主らも順番に休むと良い」
王が去って行く、ベータが敬礼し、一同も倣った。
緊迫した空気が無くなり、一同は地図を眺めたりしていた。
ローランドはミティスティの隣へ行き、肩をつついた。
「何? ローランド?」
「王のもとへ。王はあなたを求めている」
ローランドが小声で言うとミティスティは少し驚いた顔になり、冷静な表情に変え、席を立った。そうして彼女が出て行くのをローランドは見送ったのであった。