騎士の国
ギュリーヌス要塞から休む間もなく偵察隊が出される。
三十騎の騎士達を先導するのはブリック王その人で、ミティスティ、ギルバート、そしてローランドがいた。
ミティスティもギルバートも王の出撃を諫めたが、王は聴かなかった。何故なら、ベルファウストの別命をローランドが迂闊にも口にしてしまったからである。
「騎士の国」
誇り高き王は自らも騎士だった。そのため、騎士の国を名乗るベルファウストを一度見て見たいと告げたのだ。止める騎士団長達は余計なことをとローランドを睨んでいた。ローランドは迂闊さを苦笑いで流した。
鎧兜に身を固め、馬鎧に、腰にはランス。まるで突撃しに行く格好では無いか。
王の悪い癖の一つ、騎士道に拘りを持ちすぎることだ。
だが、バトーダが言った。
「敵はバッファリオ、バッフェルと再三増援を寄越し、本国にはもう戦える兵は残っていないのではないか?」
その悪気の無い冷静な観察眼が王の出陣に拍車を掛けた。
王は先頭で逸って駆けている。王の駿馬に誰もついて行けない。
「王お待ちください!」
ミティスティとギルバート、更にミティスティの副官ジョバンニまでも声を上げる始末だった。だが、王には届いていない。ローランドは赤鬼に馬をその名も黒獅子を借りた。一傭兵が騎士連中を追い抜いて行くのは気が引けるが、王の身辺を誰かが守り、少しでも王の熱を冷ます必要があった。
ローランドは黒獅子を疾走させた。後列からぐんぐんと騎士達を追い抜いて行く。
「傭兵! 王を頼んだぞ!」
ギルバートが言えば、ミティスティも言う。
「ローランド! 王をどうかお願い!」
「やれるだけやってみます!」
ローランドはそう言い、聖雪聖銀の混成の騎士団を追い抜いて王の背後に迫った。
「王、どうか、速度を落として! 油断してはいけません!」
だが、王は振り返らない。
ええい!
「黒獅子! 駆けよ!」
ローランドは馬に呼びかける。黒獅子は意を察した様に馬脚を速めた。
「王!」
ローランドは王の隣に並んだ。
「俺の隣に並んだのはやはりお前かローランド」
王ではない。この顔はリョウカクだ。戦いに飢えているあの顔をバイザーを上げて露わにしている。
「王、お願いです、速度を落として足並みを揃えましょう! 騎士団の馬は良い馬ですが、これ以上は帰る時にバテてしまいます」
「あくまで偵察だ。関係あるまい」
「あります! 御身大切に! 変えないの身体です! ミティスティ殿とは寝たのですか?」
ローランドは話題を変えた。
「何故聞く?」
「あの花を送った後、何も進展がないのでは水の泡ですからね」
ローランドは王の馬足が少しずつ遅くなるのを見ていた。この話題で王をからかい悩ませよう。
「寝た」
「どうでした?」
「愛する女性と一緒に繋がれたのだ。これほどの興奮や嬉しさはあるまい」
背後から馬蹄が揃って聴こえて来た。騎士団が意地で追いついてきた。
「子供は何人ぐらいの予定ですか?」
「子供は多い方が楽しいとある兵士に言われた。二十人は欲しい。私の精とミティスティの体力がもてばだが」
ローランドは背後を一瞥した。ミティスティが頬を真っ赤に染めていた。
このまま行けばベルファウストの首都へ直行だが、妙な事が起きた。
この晴天に雷でもなったのかと思った。別の地鳴りだと気付いたときには敵影が続々出現していた。
「いかん、引き返しましょう!」
ギルバートが声を上げる。
「良いか、ギルバート、我らは騎士だ。誇りと名誉を自ら捨て去る者は騎士などでは無い」
「しかし、このままではぶつかりますぞ!」
ギルバートの答えに王はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。リョウカクの顔だ。ローランドは覚悟を決めた。
「挑戦を受けてやろう! ロイトガルもまた騎士の国だということを知らしめてやる!」
「王! 無謀です!」
ミティスティが悲痛な声を上げて諫める。
「我が未来の妻よ。貴様の夫となる者の覚悟と勇姿を見届けよ! 共に突撃するぞ! ランス用意!」
王命だ。それに敵勢はもう近い。踵を返して逃げられるほど時間は残されていない。
まぁ、人間誰しも欠点はあるものだ。
ローランドはそう楽観すると、ランスを突き出し、声を上げた。
迫る度に規模が分かる。敵も三十ほどだ。どうやら向こうの偵察隊と遭遇してしまったらしい。だが、偵察隊とはいえ、陽光に輝く鎧に切っ先の煌めくランスを手にしている。騎士団が斥候に出て来たのだ。
「ロイトガル! 貴様らに殺された騎士達の無念、ここで晴らさせてもらう!」
向こう側から大音声が轟いた。
「良かろう! 騎士の国の名に恥じぬ戦いを見せて貰おう!」
ブリック王が馬脚を速めた。
「王、陣列を! お並び下さい!」
ギルバートが声を出すが、並走するローランドには底冷えする笑みを貼り付けた氷の鬼の様な顔が見えた。
「ロイトガル!」
「ベルファウスト!」
王と先頭の騎士がぶつかる。ローランドもさすがに余所見はできず、ランスを繰り出し、重たい手応えと共に相手を突き落とした。
王は馬を返した。
今の突撃で敵味方の運の無い犠牲者が横たわっている。
「騎士の国、この程度か! 隊列を整えよ!」
王は再度突撃を命じるつもりだ。ローランドはこちらの兵が十五人まで減り、相手の方が多いことに舌打ちした。
王は自分が討たれるまで戦いをするつもりか。
「ローランド」
ギルバートが囁いてきた。
「次の突撃のまま要塞へ帰還する。どうにか王を頼む」
元は俺が、「騎士の国」なんて言わなければこんなことにはならなかった。
「何とかします」
策は無い。
だが、ローランドは責任を感じ頷いたのだった。