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傭兵譚  作者: Lance
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新たなる弟子

「ようこそ、ボトスへ」

 旅の途中でそう歓迎してくれたのは、白い肌の綺麗な女性だった。と、言っても少女の面影がまだ残っている。銀色の髪を短くし、黒いバラの髪飾りを付けていた。年の頃は二十ぐらいだろうか。

「傭兵の方ですか?」

 優しい声にフレデリカは答えた。

「ああ。この村に宿はあるか?」

「ございますよ、道なりに行くと、マッシュルーム亭という三階建ての宿屋と居酒屋を兼ねたお店がございます」

「ありがとう」

 フレデリカはそう言うと歩み始めた。

 あの彼女は門番らしい。甲冑が凛々しく似合っていた。腰には長剣を佩いている。どこまでの使い手かは知らないが、ひとまずその魅力にカイは当てられてしまったようだ。

 フレデリカはついて来ない足音を振り返り、カイが女性の後ろ姿を眺めているのを見た。

 カイは十三歳。年頃の男の子になったのだろう。恋だってする。

「置いて行くぞ」

 フレデリカが言うとカイは慌てて駆け付けて来た。

 カイとの旅も二年になる。その間、幼いながら戦場を経験させた。カイもこうして生き残っている。敵兵を斬り殺したこともある。無我夢中、生き残るためにやらせたことだ。最初は軽くショックを受けたようだが、今では頼もしい弟子に育ちつつある。身体はあの時よりも大きくなったが、それでも未だに不釣り合いの両手持ちの剣を腰に収め、背には長弓と矢筒、背嚢をぶら提げていた。

 カイは剣よりも弓の素質がある。フレデリカはそう見ていた。戦場で、稽古で、その腕前は精密さを増す。サーディスの教えに弓もあったが、大したことは教わっていない。狙いを定めて、距離を測り、放つ。サーディスは弓に関しては単純にこれだけを繰り返し教えてくれた。フレデリカもそうするしか無かったが、少年は勘が鋭い。弓の腕では早くも師を越えただろう。

 サーディスに見せたかった。

 カイ少年と出会ってからサーディスの幻影はパタリと姿を消した。後継者を見つけられたことに満足したのだろうか。いや、安堵したのはこの私だ。サーディスの教えを心構えを私の代で途絶えさせるわけにはいかなかった。

「師匠、師匠って恋したことあるの?」

 夕餉の席、村人と旅人で賑わう居酒屋の奥のテーブルを挟んでカイが尋ねてきた。

「無いと言えば嘘になる。だが、彼はもういない」

 ワインを傾けながらフレデリカはそう答えた。

「死んじゃったの?」

 カイは恐る恐る尋ねてきた。フレデリカは頷いた。私がこの手で殺した。サーディスがそう仕向けた。そうだ、あの時に誓った。サーディスの教えを後に説いて行こうと。

「踏み込んじゃってごめん。でも師匠、結婚は考えて無いの?」

「そうだな、私の恋は終わった。終わらせたんだ」

「師匠、師匠は年は取ってるけど綺麗だよ」

「私の子供はカイ、お前だ。お前には私の夫になるかもしれなかった人、つまりお前の父代わりになる男の教えを伝授している。私はそれだけで満足だ。お前が良い戦士になれればそれでいい」

 翌朝、カイと共に起床すると、日課のランニングを始めた。

 小さな村だ。ここを五周すると、門番が夜勤の男から昨日の女性へと変わった。

「おはようございます」

 相手は微笑み言った。カイがしどろもどろになり、何とフレデリカの背に隠れた。

 フレデリカは呆れた。

「おはよう。甲冑は、重くは無いのか?」

 フレデリカが問うと相手は頷いた。

「もう慣れました。申し遅れました、私、プラティアナと言います。村の警備隊長を務めております」

「警備隊長とは凄いな。同じ女の身でも誇れる。私はフレデリカ。この後ろに隠れたのが、出て来なさい」

 少年はバツが悪そうに出て来た。

「驚かせちゃったかな。ごめんね坊や」

 気遣わし気にプラティアナが言うと、カイは憤慨した。

「坊やじゃない。カイだ。ちょっとばっかり綺麗だからって調子に乗るなよ」

「まぁ」

 プラティアナは薄緑色の目を開いて驚いた後に微笑んだ。

 カイは顔を紅くし俯いた。



 2



 フレデリカはここを旅立つべきか逡巡していた。既に三日逗留している。カイとの修業は欠かさなかったが、やはり彼女の心に引っかかるのはカイのことだった。プラティアナを好いている。ただの憧れかもしれないが、せっかくの恋の道を自分の一声で寸断するのは気が引けた。

 部屋でフレデリカは矢じりを研いでいるカイに言った。

「明日、旅立つ。後悔が無いようにな」

 その言葉にカイは目を丸くし、慌てた様子でかぶりを振った。

「後悔なんてないよ」

「そうか」

「それより、師匠、気になることがあるんだ」

 フレデリカは先を促すようにカイを見た。

「村の人と話したんだけど、隣村と揉めてるみたいなんだ。それで明後日、村の男達同士で決闘することになったらしいよ。師匠さえ、良ければなんだけど、その結果を見届けてから良いかい、出発の件」

 決闘か。愚かなことをする。カイの目は真剣そのものだった。もしも負けたらあの彼女に手を差し伸べるつもりなのだろう。

「分かった」

 フレデリカは了承した。

 そして滞在中に彼女の耳にも高揚した男達の声が入って来た。

 どうやら水源の権利を主張しているようだ。それが揉め事の原因らしい。隣村が池は自分達の方に近いのだから、自分達に税を払えと要求して来たとのことだ。

「仲良く使えば良いのに」

 男達がやる気満々で呑んで騒ぐ陰で女達は平和的解決を望んでいるようだった。

 翌朝、村の男二百人ほどが、革の鎧に身を包み、頭にはバンダナや木の帽子をかぶり、斧や槍を持ち、剣を帯びて村の入り口に集っていた。

 これではまるで戦争に行くようなものではないか。

 フレデリカは驚いた。止めるべきかと思ったが、所詮は部外者だ。

「じゃあ、行って来る。何、村のことならプラティアナちゃんがいる」

「頼んだぜプラティアナちゃん」

 女達が間際になって必死に諫めるのを聴かずに、男達は村を発った。

 プラティアナは敬礼して男を見送っていた。表情は固かった。

 それからフレデリカとカイは村の隅で、剣の稽古に励んでいた。

 鐘が鳴った。

「昼か?」

 それにしては早い。

 鐘は断続的に乱雑に鳴らされた。

 カイが素振りの手を休めこちらを見る。

「何か嫌な予感がする。油断するな」

 フレデリカはそう言い、カイと共に村の中央へと急いだ。

 女の悲鳴が聴こえる。

 何だ、何があったんだ?

 家屋の陰を飛び出し、必死に駆けると、そこには三十人ほどの武装した男達が立っていた。

「隣村の奴らか!?」

 カイがそう言ったが、違う、とフレデリカは思った。この纏う空気は戦士のものだ。それも残虐非道を好む、奴らは傭兵だ。

「放しなさい!」

 声がし見ると、大きな男にプラティアナが抱えられていた。

「お前は後でのお楽しみだ。それやっちまえ!」

 傭兵達が手に手に煌めく剣を持ち、対峙する女達に向かって怯えるのを楽しむように歩みを進めた。

 プラティアナを抱えた傭兵が言った。

「やっぱり我慢できねぇ。ここでお楽しみにしよう」

 プラティアナを地面に押さえつけ、甲冑のベルトに短剣を向けた時だった。

 風を切る鋭い音色と共に矢が傭兵の短剣を弾き飛ばした。

「傭兵の面汚しども、俺が相手だ!」

 カイが長弓に矢を番えて怒鳴り叫んだ。

 元よりフレデリカも村人を見捨てるつもりは無かった。隣で剣を抜く。

 プラティアナは二人に合流し、息を荒くし、長剣を抜いた。

「私達の村の問題なのにすみません」

 彼女はそう言った。

「傭兵の面汚しだ? 何を基準に言ってるのか分からねぇが、傭兵なんてこんなもんだろう? 勝てば正義だ!」

「違う! 正義は俺だ!」

 カイはそう吠えると次々矢を放った。

 傭兵どもの喉に矢は突き立った。

「野郎! やっちまえ!」

 傭兵達が駆けて来る。

 フレデリカは踏み込み、剣を力いっぱい薙ぎ払った。一人の傭兵を鎧ごと胴から断ち切り、斧を避け、もう一人を一刀両断にした。

 敵の足が止まった。

「こ、こいつ、強いぞ」

「去れ!」

 フレデリカが鋭く怒鳴りつけると、傭兵らは萎縮したが、それでも数で有利を悟ったらしく、剣を振るってきた。

 フレデリカは紅の残像を残して避ける。腰を落とし、剣を突き出して、駆けた。

 敵の鎧を刃は貫通した。信じられない様子でそれを見る敵の顔は力任せに振り上げた刃で胴から脳天まで引き裂かれた。

 フレデリカは旋回し、剣を振り下ろし、再び一人の首元を真っ二つにした。

「つ、強い」

 そう声を漏らしたのはプラティアナであった。彼女とカイも敵と剣を交えていた。カイは相変わらず身の丈に合わぬ大剣の扱いに苦戦しているようだ。だが、プラティアナは、滑る様に動いて、敵の脚を切り裂き、屈んだところに一撃を入れ首を落としていた。見事だった。

「次!」

 プラティアナが声を上げる。

「悪者なんかに負けてらんねぇ! 俺が正義だ!」

 カイも咆哮を上げて一転し素早い打ち込みで、相手の剣を叩き落とし、刃を振るった。甲冑を割る程度だが、敵は慄いて下がった。

 フレデリカが敵に睨みを利かせるが、傭兵らは三人を半包囲し、ジリジリ間合いを詰めて来る。

 濃い血糊が垂れる切っ先を下げ、フレデリカは慎重に行動を選んだ。

「カイ! お前は弓で援護を!」

「分かった、師匠!」

 カイは少々名残惜しそうに剣を腰に収めて背から長弓を取った。

「プラティアナさん、怖くはない?」

「怖くなんてありません、私はこの村の警備隊長です!」

 良い声が返って来た。

「だったら、斬り込むわよ!」

「はい!」

 矢が横を通り抜け敵に突き立つ。悲鳴が上がった瞬間、フレデリカは駆けた。

 目を見開き、慄く傭兵に向かって、同業者の面汚しどもに向かって裁きの剣を下した。

 血が飛び、悲鳴が木霊する。矢が新手の顔面に次々突き刺さる。プラティアナもその怯んだ隙を逃さない。突いては避け、避けては動き、相手の不意を衝く。良い動きと腕前だ。

 傭兵らはカイの矢によって進むのを憚られている。その内、悲鳴を上げて、生き残りの三人の傭兵が駆け去って行った。

「逃がさないっ!」

 プラティアナが駆けた。

「深追いしてはいけない!」

 フレデリカは敵の規模が分からなかったのでそう叫んだ。

 プラティアナは俊敏な足で忽ち傭兵らを追い越し、前に立ちふさがった。

「村を侵した罪は許されるものではありません! 死になさい!」

 プラティアナの剣が怯える傭兵どもに襲い掛かろうとしたが、フレデリカが合流した。

「待て」

 フレデリカは止めると、矢が顔に突き立った傭兵らを見て尋問した。

「お前達は誰かに頼まれたのか?」

 刺さった矢を力任せに引き抜いてフレデリカが詰問すると傭兵の男達は迫力に怯えたように答えた。

「隣村の奴らに雇われた。村に男手がいないうちに好きに制圧しろと」

 フレデリカとプラティアナは顔を見合わせた。

「ひいっ!」

 その一瞬の隙を衝いて傭兵らは逃げ出した。カイが弓矢を構えた。

「放っておけ」

 フレデリカは言った。

 男達の様子を見に行くべきか。

 そう考えているところに前方から男衆が歩んで来た。

「プラティアナちゃんか。どうした、こんなところで?」

「皆さんこそ、無事なんですか?」

「ああ。定刻になっても隣村の奴ら来やしねぇ、腰抜けめ」

 そうして村に戻り、広がっていた傭兵らの死体を見て、プラティアナから騙されたことを聴くと男達は発奮した。

「きたねぇ、奴ら、結局自分達の手を汚すつもりなんかなかったんだ」

「そんな臆病な方達です。幸い犠牲者は出ていません、今回のことを許して、また前の通りに仲良く水源を分け合ってはどうでしょうか?」

 プラティアナが言い、女達も同調した。

「そうだな、そんな肝っ玉の小さな奴ら怖くもない。今回は大目に見てやろう」

 こうして平和的に村同士の問題は片付いたのであった。

 フレデリカらは歓待され、村は少しだけお祭り騒ぎになった。

 その騒ぎの間に、カイが抜け出し、プラティアナに向かって何か言っていた。

 プラティアナは驚いたように口に手を当てると、微笑んで頷いた。

 フレデリカはその様子を見て、旅路に新たな仲間が加わることを予期した。

 彼女の思った通り、プラティアナは甲冑の上に外套を纏い、背嚢を提げて、翌朝、旅立とうとするフレデリカの前に現れた。

「フレデリカ様、あなたには学ぶところが多いと思いました。私も修業の旅の一行に加えてください」

「他に理由は無いのか?」

 フレデリカが問うとプラティアナはカイと視線を合わせて戻し、顔を紅くした。カイも同様に顔を染めて彼の方は俯いていた。

 フレデリカは内心微笑ましく思った。

「良いだろう。いつどこで死ぬかも分からぬ旅だが、来たければついて来い」

「はい!」

 プラティアナが感激したようにパッと表情を明るくした。

「師匠、ありがとう!」

 カイが声を上げて礼を述べた。

「何故、お前が礼を言うんだ?」

 フレデリカは少し意地悪く尋ねた。カイはしどろもどろになり、プラティアナはそんな彼を見て微笑んでいた。

 こうしてフレデリカはもう一人の弟子を持つことになったのであった。

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