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補欠合格入学式

作者: ウォーカー

 これは、入学試験を終えて合格発表を待っている、ある若者の話。


 三月、受験の合格発表の季節。

その若者は、

自宅の郵便受けの前に立つと、

手を合わせて一心不乱に祈っていた。

「今度こそ、受かってますように・・・!」

覚悟を決めて、そっと郵便受けを開ける。

するとそこには、薄い封筒が入っていた。

それを見て、その若者は落胆する。

「・・・駄目かぁ。

 この薄っぺらい封筒は、きっと不合格通知だ。

 もしも合格通知だったら、入学書類が同封されているはずだから、

 もっと分厚い封筒で送られてくるものなぁ。」

大きなため息をついて、その若者はがっくりと肩を落とした。


 その若者が不合格通知を受け取るのは、これでもう何通目だろう。

一月から三月の今までに、いくつもの入学試験を受けたが、

結果は全て不合格。

来春からの進学先はまだ決まっていない状態だった。

その若者は一人、胸の内をこぼす。

「まずいな。

 このまま、どの学校の入試にも合格出来なかったら、

 進学できなくなってしまう。

 受験浪人するような余裕は無いし、

 苦学してやってきた受験勉強が、全て無駄になってしまう。」

それから、

郵便受けの中の薄い封筒を捨てようとして、

ふと、その手を止める。

「一応、捨てる前に中身を確認しておこうか。」

念の為にと、薄い封筒を破って開ける。

そして、中に入っていた書類を見て、

ぱっと表情に光が射した。

「・・・あれっ。

 これ、不合格通知じゃないぞ!」

意外にも、薄い封筒の中に入っていたのは、不合格通知ではなかった。

かといって、合格通知でもない。

薄い封筒の中から出てきたのは、

補欠合格通知だった。


 補欠合格とは、

入学試験で合格点に僅かに届かなかった人に通知される。

正規に合格した人の中で、入学を辞退した人がいた場合、

代わりに補欠合格の人が、成績順に繰り上がって合格になる。

つまり、

補欠合格になっても実際に入学できるかは、他人の事情で決まる。

そんな、合格とも不合格ともつかない補欠合格通知を確認して、

その若者は喜び半分といった顔になった。

「補欠合格ってことは、

 もしかしたら入学できるかもしれないってことか。

 でも、

 補欠合格の繰り上がり合格は、

 入試の成績が良かった人から順番に選ばれるんだっけ。

 僕の成績が補欠合格の中で何番目なのかは、この書類には書いてないな。

 入学出来るのか出来ないのか、どっちなんだ。

 早く結果を知りたいのに。」

その若者はイライラとしながら書類にもう一度目を通して、

そして見慣れない言葉が並んでいることに気が付いた。

「補欠合格・・・入学式?」


 補欠合格入学式。

書類には確かにそう書かれていた。

見慣れない言葉に、その若者が首を傾げる。

「補欠合格入学式って何だ?

 まだ繰り上がり合格になるのか分からないのに、入学式をするのかな。」

書類の続きに目を通す。

するとそこには、このようなことが書かれていた。


補欠合格のみなさん、おめでとうございます。

今春に新設される本学では、

独自の制度として、補欠合格入学式を執り行います。

補欠合格者の中で、入学の意志がある方を対象として、

正規の入学式の前に行う入学式、それが補欠合格入学式です。

こちらに出席していただければ、入学を保証します。

なお、ご出席の際は入学希望者お一人でお越しください。

一足早い春の訪れを、心よりお待ちしております。


補欠合格通知の書類を読み終えて、

その若者はじんわりと笑顔を滲ませた。

「つまり、

 補欠合格入学式に出席すれば、確実に入学できるってことか。

 それじゃ実質、合格したみたいなものだな。

 よかった、これで進学できるぞ。

 この書類によれば、補欠合格入学式はもう明日じゃないか。

 早速、準備をしなければ。」

そうしてその若者は、

その学校の補欠合格入学式に参加することにした。


 次の日。

その若者は、

補欠合格入学式に出席するために、

都会から少し離れたその学校の校舎へとやってきた。

その学校は、

新設される学校だということを証明するかのように、

建物はまだ作りかけ。

学内のあちこちで作業が行われている真っ最中だった。

そんな工事現場のような学内に、

補欠合格入学式の会場はこちら、という案内が掲げられていた。

見ると、出席者らしい人たちが、

その方向に緩く列を成して歩いているところだった。

渡りに船と言わんばかりに、

その若者は人の流れに乗って移動していった。

すると間もなく、

ようこそ、補欠合格入学者の皆様、という立派な看板が掲げられた、

体育館のような建物にたどり着いた。


 その建物の中は、殺風景でがらんどうだった。

通常、入学式といえば、

広々とした体育館に椅子が並べられ、

お祝いの花が飾ってあるのを想像する。

しかし、

案内された場所には、

お祝いの花どころか、椅子も並べられていなかった。

紅白幕こそ飾られてはいるが、それ以外には何もない。

体育館というよりは、倉庫といった面持ち。

先に会場にいた出席者たちは、手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。

その若者は会場に入ると、周囲の様子を確認して考える。

「みんな、特に何をしている様子でもないな。

 ここにいる人たちとは、春から同級生になるんだ。

 少しでも打ち解けておかなくちゃ。」

そう考えたその若者は、

近くに突っ立っている学生らしい人に、

なるべく気さくな感じで話しかけた。

「はじめまして、君も新入生?」

話しかけられた相手も、ぎこちない笑顔で受け応えする。

「あ、ああ。

 補欠合格入学式に出席するためにきたんだ。

 補欠合格者だけで先に入学式なんて、珍しいよね。」

すると、

周囲にいた学生らしい人たちが、

次々に会話に加わって輪を成していく。

「急な呼び出しで、来るのが大変だったよ。」

「補欠合格者だけで先に入学式なんて、何か目的があったりしてな。」

「あら、私の実家がある地域では、

 前もって補欠合格が知らされること自体、珍しいことよ。

 補欠合格入学式があっても不思議じゃないと思うわ。」

そうして、出席者同士で会話が弾んでいく。

しばらくそうしていると、

壁に設置されたスピーカーから、

男とも女ともつかない年齢不詳な声が響き渡った。

「お集まりの皆様にお知らせします。

 本日は、本学の補欠合格入学式にご出席頂き、

 誠にありがとうございます。

 まもなく、補欠合格入学式を始めます。

 これから式が終わるまで、

 会場から許可なく退出しないようにお願いします。

 もしも途中退出された場合は、補欠合格が無効になります。

 では、もうしばらくお待ち下さい。」

一方的に要件を言い放つと、校内放送は切れてしまった。

会場にいた学生たちが、お互いに顔を見合わせる。

「聞いたか?

 そろそろ、補欠合格入学式が始まるみたいだ。」

「途中退出したら、補欠合格無効ですって。

 ずいぶんと厳しい校風の学校なのね。」

「俺、トイレに行きそびれちゃったよ。」

そんなことをヒソヒソと話していると、

ふと、どこからかお香のような香りが漂ってきた。

「・・・何か匂わない?

 お香みたいな香り。」

「何の香りだろう。

 嗅いでると、何だか眠くなってくるような・・・」

すると、

そのお香のような香りを嗅いでいた学生の一人が、

ふらふらと床にへたり込んでしまった。

立ちくらみでもしたのか、そのまま立ち上がることが出来ない。

咄嗟にその若者が、へたり込んだ学生に駆け寄る。

「君、大丈夫?

 どこか具合でも悪いのかい?」

見ると、へたり込んだ学生は、

目の焦点が合わず、意識が朦朧としているようだ。

その若者が、誰にでもなく周囲に向かって呼びかける。

「医務室に連れて行ったほうがいい。

 誰か、職員の人はいませんか。」

しかし、その呼びかけには誰も反応しない。

その若者は、

周りから反応が無いのを怪訝に感じながら、

もう一度呼びかける。

「職員の人はいないのか。

 仕方がないな。

 誰か、職員の人を呼んできてくれ。」

しかし、その呼びかけにも誰も動かない。

代わりに、ポツポツと独り言のような反応が返ってくる。

「この会場から勝手に出るなって、校内放送で言われてるし・・・。」

「会場から出たら、補欠合格が無効になるんだろう?

 そうしたら進学できなくなってしまう。」

「他の人に頼んでくれよ。」

そんな小さな声が、さざなみのように周囲から聞こえてくる。

さっきまで一緒に歓談していた相手とは思えない、薄情な反応。

その若者は首を横に振ると、

へたり込んでいた学生をその場に寝かせて、

自分で職員を呼んでくるために立ち上がろうとした。

「分かったよ。

 今から職員の人を呼んでくるから・・・」

しかしその若者は、

その言葉を最後まで口にすることができなかった。

声を出そうとするが、ろれつが回らない。

目の前がぐるぐると回って見える。

そうしてその若者は、立ち上がることができず、床に倒れ込んでしまった。

床に倒れたままで視線だけを動かすと、

周囲にいた学生たちが、同じように床に倒れていく光景が見えた。

「みんな、倒れていく。

 どうしたんだろう。

 このお香のような煙に、何かが・・・」

そこまで考えたところで、

その若者の意識は、ぷっつりと途絶えてしまったのだった。


 四月、入学式の季節。

その学校の校舎は、

つい数週間前までまだ作りかけの状態だったが、

今やすっかり完成して、新入生たちを待ち構えていた。

完成したばかりの体育館に、

ぴかぴかの新入生たちが次々に集まっていく。

綺麗に整頓された椅子に座って、新入生たちが楽しそうに談笑している。

「やあ。

 お互い、これからこの学校の学生だね。

 よろしく。」

「こちらこそよろしく。

 何とか受験を乗り越えられて、本当によかったよ。」

「私、本当はこの学校が第一志望ではなかったの。

 でも、

 この学校は、環境問題に熱心だと聞いて、

 それで入学することに決めたの。」

「その話、俺も聞いたよ。

 何でも、

 この学校の校舎は最近完成したばかりで、

 校舎に使われている建材には、

 自然由来や生物由来のものが使われてるんだとか。

 先進的だよな。」

「言われてみれば、

 この体育館の壁は、まるで動物の皮みたいに見えるな。

 何の皮が使われているんだろう。」

「ねえ、あそこの壁の染みを見て。

 なんだか、人の顔みたいに見えない?

 気味が悪いわ。」

「まさか、考えすぎだよ。

 ただの壁の染みだろう。」

「しっ、静かに。

 学長の挨拶が始まるわよ。」

体育館の壇上に学長らしい人物が姿を現したのを見て、

新入生たちはおしゃべりを止めた。

全員起立して、頭を下げる。

そんな新入生たちを前にして、

学長である人物が、柔和な笑みを浮かべて話し始めた。

「新入生のみなさん。

 ご入学、おめでとうございます。

 これからみなさんは、本学で勉強して、

 学校の一部、社会の一部になっていくことになります。

 ・・・文字通りに。」

学長である人物の話は、そんな挨拶から始まった。

入学式に出席した新入生たちは、熱心にその話を聞いている。

しかし、

そんな光景を目の当たりにして、

人の顔のように見える壁の染みは、

物悲しそうな表情になって、血の涙を流していたのだった。



終わり。


 学生さんを応援します。という言葉を使う人はたくさんいます。

しかしこの言葉は、学生を利用しようとしている人も使います。


もし学校が、学生に勉強を教えるだけのものなら、

入学試験や面接などは必要ないとも言えます。

学校という組織が、学生を利用して何をしようとしているのか。

そんなことを考えながら、この話を作りました。


お読み頂きありがとうございました。


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