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美佳

 リッジの撃退から2日後。遊びの約束を取り付けて、土曜日に集まる。私たちはアミューズメント施設でゲームをしていた。ボーリングやバスケット、そしてカラオケも常備していて、遊ぶのにもってこいだ。陽縁も入れて4人で遊んでいる。


「ぜんぜん取れないー」

「麻衣はボールを早く投げすぎなんだって」

「美佳がコーチみたいになってきた」


 私と美佳、陽縁と麻衣に分けてチーム戦をしている。負けた方がジュースを一本奢るシステムにした。彼女は陽縁の横に着席し、肩に手を置く。


「ごめんね葵」

「これから巻き返そう!」

「その通り!」


 美佳は彼氏と来たことがあるらしく、ボーリングが一番に上手だ。ジャンケンのチョキを出してから優勝は決まっている。蒸れる靴の中で親指を動かした。


「沙織がハンデだから勝てるよ」

「あーもう。葵には勝つ」

「筋いいから勝てるって」


 プラスチックの椅子に背中を乗せ、陽縁が球の選択に悩んでいるところを眺めた。ふと、帰ってきた記憶が呼び返す。



 その日は中間テストで帰りが早かった。近隣の高校も早帰りだから、施設は同じ歳で活気づく。


「あ、あの……、いいの?」

「え、何が?」


 陽縁が私と一緒にいる。同じクラスが目撃したら終わりだ。噂になって、彼女の評価に傷がつく。


「とにかく遊ぼうよ。バスケットできる?」

「苦手かな」

「なら教えるよ。私、弟から教えてもらったんだ。もう弟は辞めたけどね」


 バスケットのボールがバウンドする。私はボールに遊ばれるのに、陽縁はボールを手の中に飛び込ませた。その格差が運動神経を暗に物語る。


「テストどうだった?」


 ボールが私に飛んでくる。


「まあまあかな」

「また成績1位を取るんでしょ」

「努力してるから」

「言ってみたいー」


 身体を動かすことが楽しいなんて思わなかった。テストのストレスが発散されていく。彼女といたら価値観の違いを堪能できる。


「沙織は?」

「ぜんぜん。美佳は教えてくれるんだけどね」


 強いボールが飛んできた。一回だけバウンドしたから勢いが死んでいる。


「勉強は嫌い?」

「陽縁みたいに好きじゃないかな」

「私も勉強好きじゃないよ」

「勉強が好きって言ってなかった?」

「先週の体育ね。みんなうるさかったよね」


 ゴールまで構えて、ボールを投げる。綺麗な円を描いて、ゴールの布を揺すった。ボールは指定の赤い丸を通過する。


「嘘を簡単につけちゃうんだ」

「嘘ついてもいいんじゃない」

「え?」


 今日は陽縁と遊びたいから、美佳との帰宅を断った。法事があるから別の駅に乗ると嘘ついている。だから、陽縁に説教できなかった。


「お父さんも嘘はダメとか、人に見られていることを気にしなさいって言うから、みんなそうだと思ってた」

「後ろめたさは誰でもあるんじゃない」


 今回のテストは勉強しなかった。点数を取れなくても取り戻せるとか、自分を正当化する言い訳は繰り返している。


「私もいつかそう思いたいな」

「よく抱え込めるよね」

「え、沙織。なになに」

「もういい」


 ゲームを再開した。明日は筋肉痛だと覚悟しながら、運動を楽しんでいる。


「分け合おうか」

「え?」


 前髪を目の前に垂らしている。それが陽縁の照れた仕草だった。


「沙織の言ったこと! うん、後ろめたさを分け合おう」


 以前の学校で言われたことだ。すべては抱え込まないことだと、相談してくれとソーシャルワーカーさんが言ってくる。


「いいよ」


 与えられた意志は回り回っていくのだなと納得し、バスケットボールをゴールから外した。



 ボーリングの玉は私の考えごとに影響を受け、右へ左へふらついている。左寄りでピンを6個も倒した。


「沙織ナイス!」

「これで勝ち!」


 チームの点数差は歴然だった。陽縁たちがストライクを決めてもチームの負けは決定している。

 麻衣は背中を叩かれたようにボールを手にし、ピンのところまで投げる。


「くそー!」


 陽縁は財布から小銭を数えている。麻衣もお手洗いに行ってから買うと離脱した。私と美佳だけが取り残される。


「美佳つよすぎるね」

「彼氏に教えてもらったから」

「彼氏さんのことは好きなの?」


 彼氏の話は避けたがる。麻衣といたら話すから、私に言いたくないわけだ。今回も言葉に詰まっている。


「あの日、ごめんね」

「どれのこと?」


 いろんな迷惑をかけてきた。嫌なことから逃がしてくれたし、不本意な束縛は見当たらない。唯一、陽縁の盗撮に限られている。


「ああ、死んだ陽縁の話か。たしか墓参り行ったんでしょ」


 彼女たちの情報網を侮っていた。美佳含めた女子に、悪事は世間体によって暴かれてしまう。


「あれは私も悪かった」

「でも、美佳の心を傷つけた」

「普通は言及しないんだよ」

「そ、そうなんだ」


 また社会性の低さが目立った。学校という集団は乗り遅れたボッチや引きこもりを捨てていく。そのノリについていけなかった。


「でも、そういうところがよかったんだと思う」


 隣のレーンで男性はストライクをたたき出す。連れ添いの女性は手を叩いて褒めた。


「沙織はグループの居心地が良くても踏み出すんでしょ」

「うん。失う怖さがわからない」

「つうか、言うのおそすぎー」


 記憶が元からあっても、今ほど時間がかかった。仲直りしたいのは話したいからで、グループから追い出されることじゃない。その贅沢は麻衣から学んだ。


「買ってきたよ」


 その後は施設を堪能した。テニスは私たちが惨敗を喫し、カラオケで麻衣の歌唱力に圧倒される。彼女は芸術に秀でていた。もう明日なんて来なくていいと願うほど、心を解放する。運動の楽しさは陽縁から教わった。


「あ、もう時」

「そろそろ帰ろう」

「えー!」

「沙織。また4人で来ようね」


 美佳は麻衣に用事があるからと、一駅の遅れた電車に乗るようだ。


「だったらふたりで帰ろうか」

「うん」

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