美佳
リッジの撃退から2日後。遊びの約束を取り付けて、土曜日に集まる。私たちはアミューズメント施設でゲームをしていた。ボーリングやバスケット、そしてカラオケも常備していて、遊ぶのにもってこいだ。陽縁も入れて4人で遊んでいる。
「ぜんぜん取れないー」
「麻衣はボールを早く投げすぎなんだって」
「美佳がコーチみたいになってきた」
私と美佳、陽縁と麻衣に分けてチーム戦をしている。負けた方がジュースを一本奢るシステムにした。彼女は陽縁の横に着席し、肩に手を置く。
「ごめんね葵」
「これから巻き返そう!」
「その通り!」
美佳は彼氏と来たことがあるらしく、ボーリングが一番に上手だ。ジャンケンのチョキを出してから優勝は決まっている。蒸れる靴の中で親指を動かした。
「沙織がハンデだから勝てるよ」
「あーもう。葵には勝つ」
「筋いいから勝てるって」
プラスチックの椅子に背中を乗せ、陽縁が球の選択に悩んでいるところを眺めた。ふと、帰ってきた記憶が呼び返す。
▼
その日は中間テストで帰りが早かった。近隣の高校も早帰りだから、施設は同じ歳で活気づく。
「あ、あの……、いいの?」
「え、何が?」
陽縁が私と一緒にいる。同じクラスが目撃したら終わりだ。噂になって、彼女の評価に傷がつく。
「とにかく遊ぼうよ。バスケットできる?」
「苦手かな」
「なら教えるよ。私、弟から教えてもらったんだ。もう弟は辞めたけどね」
バスケットのボールがバウンドする。私はボールに遊ばれるのに、陽縁はボールを手の中に飛び込ませた。その格差が運動神経を暗に物語る。
「テストどうだった?」
ボールが私に飛んでくる。
「まあまあかな」
「また成績1位を取るんでしょ」
「努力してるから」
「言ってみたいー」
身体を動かすことが楽しいなんて思わなかった。テストのストレスが発散されていく。彼女といたら価値観の違いを堪能できる。
「沙織は?」
「ぜんぜん。美佳は教えてくれるんだけどね」
強いボールが飛んできた。一回だけバウンドしたから勢いが死んでいる。
「勉強は嫌い?」
「陽縁みたいに好きじゃないかな」
「私も勉強好きじゃないよ」
「勉強が好きって言ってなかった?」
「先週の体育ね。みんなうるさかったよね」
ゴールまで構えて、ボールを投げる。綺麗な円を描いて、ゴールの布を揺すった。ボールは指定の赤い丸を通過する。
「嘘を簡単につけちゃうんだ」
「嘘ついてもいいんじゃない」
「え?」
今日は陽縁と遊びたいから、美佳との帰宅を断った。法事があるから別の駅に乗ると嘘ついている。だから、陽縁に説教できなかった。
「お父さんも嘘はダメとか、人に見られていることを気にしなさいって言うから、みんなそうだと思ってた」
「後ろめたさは誰でもあるんじゃない」
今回のテストは勉強しなかった。点数を取れなくても取り戻せるとか、自分を正当化する言い訳は繰り返している。
「私もいつかそう思いたいな」
「よく抱え込めるよね」
「え、沙織。なになに」
「もういい」
ゲームを再開した。明日は筋肉痛だと覚悟しながら、運動を楽しんでいる。
「分け合おうか」
「え?」
前髪を目の前に垂らしている。それが陽縁の照れた仕草だった。
「沙織の言ったこと! うん、後ろめたさを分け合おう」
以前の学校で言われたことだ。すべては抱え込まないことだと、相談してくれとソーシャルワーカーさんが言ってくる。
「いいよ」
与えられた意志は回り回っていくのだなと納得し、バスケットボールをゴールから外した。
▼
ボーリングの玉は私の考えごとに影響を受け、右へ左へふらついている。左寄りでピンを6個も倒した。
「沙織ナイス!」
「これで勝ち!」
チームの点数差は歴然だった。陽縁たちがストライクを決めてもチームの負けは決定している。
麻衣は背中を叩かれたようにボールを手にし、ピンのところまで投げる。
「くそー!」
陽縁は財布から小銭を数えている。麻衣もお手洗いに行ってから買うと離脱した。私と美佳だけが取り残される。
「美佳つよすぎるね」
「彼氏に教えてもらったから」
「彼氏さんのことは好きなの?」
彼氏の話は避けたがる。麻衣といたら話すから、私に言いたくないわけだ。今回も言葉に詰まっている。
「あの日、ごめんね」
「どれのこと?」
いろんな迷惑をかけてきた。嫌なことから逃がしてくれたし、不本意な束縛は見当たらない。唯一、陽縁の盗撮に限られている。
「ああ、死んだ陽縁の話か。たしか墓参り行ったんでしょ」
彼女たちの情報網を侮っていた。美佳含めた女子に、悪事は世間体によって暴かれてしまう。
「あれは私も悪かった」
「でも、美佳の心を傷つけた」
「普通は言及しないんだよ」
「そ、そうなんだ」
また社会性の低さが目立った。学校という集団は乗り遅れたボッチや引きこもりを捨てていく。そのノリについていけなかった。
「でも、そういうところがよかったんだと思う」
隣のレーンで男性はストライクをたたき出す。連れ添いの女性は手を叩いて褒めた。
「沙織はグループの居心地が良くても踏み出すんでしょ」
「うん。失う怖さがわからない」
「つうか、言うのおそすぎー」
記憶が元からあっても、今ほど時間がかかった。仲直りしたいのは話したいからで、グループから追い出されることじゃない。その贅沢は麻衣から学んだ。
「買ってきたよ」
その後は施設を堪能した。テニスは私たちが惨敗を喫し、カラオケで麻衣の歌唱力に圧倒される。彼女は芸術に秀でていた。もう明日なんて来なくていいと願うほど、心を解放する。運動の楽しさは陽縁から教わった。
「あ、もう時」
「そろそろ帰ろう」
「えー!」
「沙織。また4人で来ようね」
美佳は麻衣に用事があるからと、一駅の遅れた電車に乗るようだ。
「だったらふたりで帰ろうか」
「うん」




