幻想使いの最後
頭に記憶が流れてきた。失った視点や価値観が注がれていく。感じた怒りや人を傷つけた罪悪感が鮮明に残ってくる。葵が陽縁だと確証つく記憶だった。
「これがお前の覚えている記憶だ」
幻想使いは閉じ込められた陽縁に指をさす。透明な牢が地面に染みていく。
「聞いちゃった?」
「うん」
伊藤葵の中身は三橋陽縁だった。私がクラスで目立つ人間と連絡先を交換している。その事実に驚いた。携帯で連絡を取り合いながら仲を深める。学校の屋上に呼び出されて、赤裸々に告白した。その翌日に死ぬとわかっていたら、対処の仕方も変えていたはずだ。
「お前は謝られたいと願った。その代償が陽縁との出会いから別れまで記憶喪失になること」
互いの意識がズレている。最初の出会いから間違っていた。私は秘密の遊びに参加出来ていないどころか、彼女の予定に狂いが生じる。
「願いの代償で、私は忘れていた……」
「忘れててよかった」
陽縁は腕を組んで片足に重心をかけている。
「遊びは別の人になるための建前だし。別に沙織に嫌われていた人間でもなりたかった」
足音がする。駐車場からスーツを着た男性が現れた。片指で車の鍵がの輪っかを回している。
「何を騒いでいるのかな」
「ヨーク、どうしてここに」
サッカー部のゴールを過ぎて、幻想使いの隣に割り込む。
「契約違反だ。これから君は幻想使いの権限を剥奪し、元の時代に戻す」
「覚悟していた」
ヨークは白い手袋を外した。細くて透明な腕は幻想使いの頭に触れない高さで固定する。
「幻想使いは世界を変えられる人たちを守るための措置だ。前回の代償を復活させては公平ではない」
「この時期を待っていた。私は記憶を取り戻させるために志願したから」
「どういうこと?」
手の下から白い輪っかが形成される。牛歩の速度で落下し、幻想使いの頭に設置された。
「五十嵐沙織。伝えることがある」
彼女はヨークの目をそらさないまま耐えている。輪っかは振動し、地面の砂が舞い上がった。
「言葉を巧みに使え。お前が願いを心に抱いたなら、一つだけじゃダメだ」
「幻想使い」
「ヨーク。待ってくれよ」
彼は手を振り下ろす。幻想使いの主張に付き合うと決めたようだ。輪っかは依然として震えている。
「お前はエゴな人間だ。陽縁と仲良くしたのもウマが合うからだけじゃないよな」
私の心は教科書に載っているように丁寧な解剖をされていた。幻想使いは魔法で人の過去に干渉できるのか。
「魔法ではなく、経験を話している。気が合うと思ったなら、死ぬ気で手を繋げ。いいか、お前は自分の願いを使うため、他人を使え。主人公はお前だ」
「わからない」
彼女は私に求めていることがある。だとしても、未来のことすぎて上滑りしていた。
「時期にわかる。答えを焦るな。じっくりと機会を待て」
「幻想使いさん……」
「葵。いや、陽縁」
「は、はい」
幻想使いのフードが取れた。顔面に砂嵐の妨害が取れる。私と同じ色の瞳、すっとした鼻筋、大学生のような髪型。
「か、かわいい」
「今回でエゴがわかったよね」
「は、はい!」
「人は助けたいと思うときがある。理由は好きとか離れたくないとか色々ある。でも、それを忘れないでいてほしい」
顔に見覚えがある。生まれた時から知っているような親近感があった。
「沙織は電車の座席を譲れる人間だ。お前の道は間違っていないから、思いで世界をかえろ」
喉が焼けるほど熱くなる。思いが収まらずに質問してしまった。
「どうして、どうしてそこまで思いやるんですか」
ふと優しく笑った。
「結局は自分で自分を助けるしかない」
「自分?」
「そうだ。誰かが肯定してくれて、世界が明るくなんて夢物語だ。自分が頑張らないと改善しない」
「難しいです」
「もういいだろ」
「最後に一言言わせてくれ」
ヨークは被り物の位置を直した。犬の口が正しい場所に戻っている。
「早くしてね」
「エゴを見せたが、好き勝手にやるんだ。結局は正しさなんて自分の中にしかない。周りが常識を押し付けても、何で救われるかは人によって違う」
「終わり?」
「ああ。ヨークありがとう」
ヨークは長引かせたくないと静止した。ふたたび翳したら、輪っかが体を浮遊させる。そして、校舎の2階ほどで空間の割れ目が現れた。ひび割れた表面に体が収納されていく。幻想使いは下半身まで別の世界に浸かる。
「ふたりとも、都会の新装開店した店は潰れるから行っとけ」
彼女の頭が見えなくなり、割れ目は閉じた。ヨークは握りこぶしをだらんと地面に落とす。
「次の幻想使いは内定している。今度は損得せずに仕事を果たすはずだ」
「彼女だけ特別なんですか」
「それが彼女の願いだったから」
口を大きく開けてあくびをした。車の鍵を手に収めたら、耳の付け根を掻いている。
「送るよ」
「ありがとう」
私は記憶を取り戻した。主人公と知り合いで、その仲良しを守ろうとした理由が判明しない。居心地の良さで執着するものか。それよりも、先に解決するべきことがあった。
美佳は私のひどい対応を覚えているはずだ。指輪の参加者ではないのに、腹に隠して接している。彼女の思いに答えを出さないといけない。それが私のエゴだから。




