初対面は
その日は風が強かった。窓から期末テストの赤点と睨み合っていると、風が私の手から紙を奪った。
「それで美佳は付き合うの?」
「うーん。知ってる男の子だけど、悩むなあ」
「やばっ」
「どうしたの?」
「紙が飛んでった。美佳、先生に言い訳しといて」
流れを読んで、非常階段まで走った。そこに、三橋陽縁が座っていた。
彼女は私とは違ってリア充だ。誰かと一緒にいるから、人の短所を悪口にする。引き返そうと心に決めたけど、足を止めてしまった。
「泣いてるの?」
「えっ……」
三橋陽縁はまぶたを涙で濡らしていた。長いまつげが湿っている。
「わっ」
そこにテスト用紙が覆い被さる。慌てて右手で紙を丸め、ポケットに突っ込んだ。
「ご、ごめんなさい。これは私のです」
「これ貴方のなんだ。私が泣いてること言わないでね」
「う、うん」
非常階段の扉は体重を乗せないと開かない。テスト用紙から顔が露見してしまった。
そこで、三橋陽縁でも泣くのかと感想を抱く。リア充という象徴から人間の輪郭が浮かんだ。
「プリントあった?」
「うん」
赤点のプリントに折り目をつける。二回も曲げたら大きさが4分の1になった。
「ねえ、三橋陽縁って知ってる?」
「なんで聞くの」
嘘を数秒で思いつき、彼女がお手洗いの鏡を占領していたと語った。
「校内で最も人気も高くて、主人公とか呼ばれてるよ。先生からの信頼も厚いね」
「私も正反対だね」
「私はあんまり好きじゃない」
彼女が嫌いな理由と私の理由も一致している。結局は外側で敬遠しているわけだ。
もう互いに接点はない。切り替えて明日から忘れようとした。
「美佳、明日は学校にこないんだっけ」
「うん。葬式のやつに行く」
▼
廊下で陽縁と目が合った。友達の桂木さんを退いて走ってくる。
「本当に言わなかったね」
「ひっ……」
彼女は距離の詰め方が早かった。近づいたら勘ぐられて面倒な自体に巻き込まれるだけだ。
「今日は美佳さんいないんだ」
「は、うん」
陽縁の友人が話す相手に値するのか瞬きしない。その顔は胸に針が刺されたように痛くなる。
「あ、どこか行こうとしてた? 昼休みだもんね」
「うえ、ゴホッゴホッ」
緊張で咳き込んだ。イジメの映像が頭に浮かんできた。
「え、どうしたの?」
「何で陽縁さんとアイツが一緒なの」
「聞こえたよー。ゆいゆいが言ったのかな」
「わ、私ではない」
口から息を出しているから、肺の下に締め付けるような痛みが来る。次第に息切れを起こした。
「ちょっとここから離れようか」
私たちは中庭に移動した。彼女の後輩が私の外見を品定めしている。
「そんなに私が嫌だった?」
「嫌、というか……」
三橋陽縁は私に危害を加えていない。むしろ、彼女の立場が近くにいることを嫌っていた。その理由は転向した理由であり、広まったら面倒なことになる。
「君もなの?」
私が誰かと一緒にされた。突拍子もなくて目を合わせる。その茶色の瞳に失意が混じっていた。
「君?」
「私って目立つじゃん。そうすると、ふらふらするなとか、誰かに似てて嫌だって難癖つけられるんだよね」
陽縁は自身をリア充だと誇らなかった。ただ声がでかくて親の影響があるだけで、人から求められることが多い。
「グイグイ来るところは苦手かな」
なぜか人に悪口を広めない気がした。全てを許せたわけじゃないけど、言葉に詰まってもネタにしない度量を測れる。
「面と向かって言うんだね」
「傷ついた?」
「みんなはごまかすよ」
「ごまかした方が良かったかな」
「私と仲良くしたいなら、ごまかさないで」
彼女は他と違う人間だ。美佳は彼女の何かを知っているだろうか。
「でも、付き合わせてごめんね。私といたら面倒なことになるって忘れてた」
「面倒なこと?」
「うん。ゆいゆいは違うけど、他は嫉妬深いから付き合う人を選ばせるんだよね。ゆいゆいは私が大切すぎて誰とも話して欲しくないみたいだけど」
明日から私は見られる側の人間になる。それは平穏の崩れる合図になってしまう。
「あ、火の粉はかからないようにするね」
「それって、疲れない?」
言ってしまった。
私にはお節介なエゴがある。発言や行動が正しいと思ったら動いてしまう。それは学校生活で不要なものだ。美佳は肯定してくれるけど気休めだろう。転校前は不登校だったから、同級生より協調性がない。
「続けることに意味がある。立派な大人になりたいとか、そんなんじゃないけどね」
太陽に雲がかかる。中庭に日差しは届かなくなって、影が学校を包んだような気がした。
「だったら立派だね」
「変わってくれる?」
「疲れそうだから嫌だ」
誰かと友達になれない。美佳は優しさから接近してきた。また別の理由もあるかもしれない。でも、自分から話しかける勇気がなかった。
彼女と私だけの世界で満足している。
「美佳さんは仲良いの?」
「うん」
「いいなー。信頼できる友達って感じで」
寂しげに笑うから、手を伸ばしたくなった。
「火の粉かからないなら、話そうよ」
二人で携帯の連絡先を交換した。それから携帯のやり取りが増える。会話はインターネットの面白い動画や記事が中心だった。インターネットは優秀な暇つぶしか揃っている。
そして、私は五十嵐さんから沙織と呼ばれた。私は三橋さんから陽縁と呼び捨てに変わる。互いの距離は元々あったかのように密着した。もうどちらが私なのかわからないほどに。
それほど一緒にいるのが楽しかった。捨てたくない友達だ。
学校では話す機会がない。目線があったら会釈した。
『ねえ、映画見に行かない?』
『いつのやつにする?』
そして、私たちに『世界を変えられる手紙』が通知された。
ヨークがルールの説明をする。桂木と陽縁は互いの輪っかから抜け出そうとしなかった。でも、陽縁は私と手のひらの繋がりを持っている。