表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/43

記憶喪失

 私たちは1週間の辻褄を合わせるように、調子を合わせて会話した。それは陽縁も望んでいるようだから、指輪の使い道よりも朗らかな雰囲気が流れている。それが楽しくて外の景色なんて度外視した。私は葵の過去に誰だったのか、自分が何を願ったのかさえ思考停止するほど大切に思える。もう帰ってこないのではないかと、夕日もさしていない教室で感傷的になった。


「それで、幻想使いさんは卵ばかり食べててー」

「卵好きなんだ。好物が一緒なの嫌だ」


 幻想使いは私たちを守ってくれている。不信感は拭えないが、周りは信じているようだ。最後に決めるのは自分だから、今回の提案を乗ってくれるのか不安だった。

 私は麻衣の言葉を復唱する。幻想使いの魔法なら記憶に干渉できるかもしれない。彼女が言うには魔法には制限がないから、提案者の思考を止めなければ可能らしい。前回に麻衣が死にかけても、幻想使いが助けた。問題は今回の幻想使いが協力しない可能性がある。でも、ショッピングモールで『本当の彼女を見ろ』といった慈しみの瞳を信じることにした。


「聞いてる?」

「葵さ、四人で遊びに行こうか」

「良いけどさー」


 パーカーのポケットからがま口財布を出した。人差し指の爪が紙幣と硬貨を計算している。


「ちょっと遊びすぎじゃない?」

「そうかな」

「うん。金が持たないよ」


 形は似ている。その微笑みは私に水をかけてきた顔だ。眉を中央に寄せたら教科書が切り刻まれる合図になる。でも、身体の癖が違った。

 高校の葵は奉仕する。虐めた過去を盾にぶつけて来いとした。人の細かい心は気が付かないし、葵は欲望を隠そうとしない。


「日雇いしてるんだよね。管理人さんの紹介で」

「沙織も来るの? 楽しくなりそう」

「お金貯めたら四人でどっかいこうね。うちの学校が見えなくなるところ」

「だったら街だね。そういえば〜」


 彼女は私が一週間で何をしたのか分からない。虐めた葵のインスタを検索し、投稿を眺めて通報したこと。小さな私が小さくない過去に苦しめられているところなんて。

 知られたくないけど、知ろうとしない。


「ね、その店行こ?」

「四人の都合も聞かなきゃね」


 もっと深く知りたい。頬をつねったら嫌がるかな。歯を触りたいし、髪の毛を撫でたい。

 肋骨の下から切ない痛みが貯まる。今すぐ手のひらに収めたくなった。

 なぜ自殺したの。


「四人で思い出を作ろう。もう死んでもいいと決意できるくらい」

「うん」

「五十嵐さん、伊藤さん!」


 教室の扉が開かれる。そこに立っていたのは息切れした翔だった。


「終わりました」



 翔はグラウンドまで案内してくれる。

 リッジは飴色の紐で手足を拘束されていた。辺りにはスーシャだったものが散乱しているところだ。


「クソが!」


 彼の悪態は途切れる。幻想使いが紐を口まで伸ばした。


「今回でリッジは討伐できる。しかし、別のリッジが君らを襲いに来る。それの対処を考えないといけない」


 翔は幻想使いの力を借りて尽力した。私は囮として役目を発揮したようだ。


「幻想使いさんの魔法って何でもできるんですか」


 手のひらを向け、花火のような閃光を散らした。その後、リッジを浮かせ、紐で丸め込む。魔法を使う横顔に傷一つない。


「人の記憶を取り戻すことって出来ますか」

「できる」

「沙織?」

「大丈夫だから」

「その前にリッジを消す」


 口に結ばれていた紐が解けた。猫の牙が白い。


「情報に踊らされてるくせに偉そうだな。私を消したところで、何も変わらない!」

「わかったから黙ってろ」


 リッジの腹部から右回りで回転した。やがて、その透明な身体は圧縮されていき、塵一つない静粛をもたらす。


「なんか可哀想」

「うるさいヤツは黙らせるほうが早い」


 葵と同じ列からはみ出た。幻想使いに記憶を取り戻してもらうために。すかさず袖を掴まれ、踏み出せなくなる。引っ張れば破けてしまいそうだ。


「どうしても知りたがるね」

「陽縁、私を信じてほしい」


 その瞳を重ねた。彼女に映る私は切羽詰まっている。


「私は愛してくれた誰かを知りたい」

「もう元に戻れなくなる」

「葵、沙織の意思を止めるなよ」


 彼女はパーカーのポケットに手を突っ込んで、片足に重心を置いている。


「決めるのは五十嵐沙織だ。葵は道を矯正できない。それは病院で分かったはずだ」

「……」

「私は記憶を戻せる。それをどうするかは五十嵐沙織だ。お前の見てきた五十嵐沙織は不誠実な人間だったか?」

「いや、そうじゃない」

「だろ」


 葵の体が浮遊した。透明なボールの中で声が届かなくなっている。


「記憶、取り戻すのか」


 彼女はガラス越しに訴えていた。頷いて、幻想使いに向き直る。


「何をなくしたのか知りたい。それが枷だと分かってるから」

「渡す記憶はお前の見たものだけだ。それで全てが判明するわけじゃないからな」


 幻想使いは距離を近づけて、額に手のひらを当ててくる。もう一つの左手は自身の前髪を盛り上げた。そうして、彼女は記憶を開通しようとする。


「今からお前の記憶を戻す」


 幻想使いは鼻から息を出した。不快に見上げると、泣き出しそうな顔をしていたから、言葉にしなかった。顔が読めないはずなのに、そう捉える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ