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まだ話したいことがある

 夜の学校は先入観から鳥肌が立つ。幽霊がトイレや音楽室から恐怖を刻もうとする。そう想像するだけで膝が震えてきた。


「沙織、大丈夫?」

「へ、平気」


 葵は心配そうに肩に手を回した。頷きながら校舎裏の門を押す。鉄は錆びた部分で鳴きながら、ひとりを通せるスペースを確保した。


「誰もいないの?」

「幻想使いの魔法で眠っている。彼女が起こすまで目を開けない」


 彼女の魔法は便利だ。


「久しぶりだね」

「ちょっと会えなかったからね」

「ご飯食べた?」

「食べてるよ」


 目元にクマができている。髪は遊びよりも手抜きしたものになっている。化粧も最低限で、自身も同じだから胸をなでおろした。


「一週間も何してたの」

「幻想使いのところにいた」

「なにか分かったことあるの」

「リッジのこととか」


 彼女はリッジの期限について解説した。丁寧な表現は違和感なく肌に馴染み、頭で理解していく。しかし、スーシャは沙織が象られるよりも早く生存していた。突拍子もなく、世界史の教科書をめくってるようだ。


「それで、今回はサバイブ速報のリッジを退治することになってる」


 彼は基礎問題から信頼関係が揺らいでいた。管理人のずさんな対応に業を煮やした外部ユーザーが声を上げた。知名度が低ければ発見されなかったけど、それも一つの運命かもしれない。

 リッジはスーシャの生産を打ち止めし、そう攻撃を仕掛けてくるようだ。2人も世界を変えたことから焦りを禁じ得ない。


「つまり、私は囮ってこと?」

「うん」

「大丈夫なのかな」

「翔もいるから平気じゃない?」


 幻想使いはヨークの力添えで二回の教室を開けていた。そこで、スーシャを破壊するまで待機の命令が出ている。


「窓から見てていいの」


 窓越しに翔と幻想使いが準備運動をしていた。夜のグラウンドは照明を切られたら暗黒に塗り染まる。グラウンドが明るいのは幻想使いの魔法からくるものらしい。


「飲み物やお菓子買ってきたよ」

「ありがとう」


 葵はポテトの袋をがま口のように開封した。二人で食べられるようにコーラを飲み物に決める。


「聞かないの?」

「聞いたら教えてくれるの」

「……」

「ごめんね、あの時は焦っていた。無理に言いたくないなら聞かない」

「うん。まだ正直に話せないかも。なんというか、覚悟ができてなくて」


 答えを急いでしまった。大切な欠落に触れそうだったから。


「それだけじゃダメだってわかってる。でも、時間はちょうだい」

「分かった。でも、なんで貴方なのかは聞いちゃった」

「幻滅した?」


 コーラの水滴を人差し指で大きくした。机に透明な色が塗られていく。沈黙は期待を抱えきれないほど膨らませる。


「驚いた。でも、納得したかな。虐めた相手と再開するってないない」

「……」


 虐めた相手に再開する。そして、数年後で謝罪してもらう。あまりにも理想の具現化だ。世の中は都合よく回っていないし、誰も望んでいない。


「麻衣と桂木さん。そして、ヨークの3人に教えてもらった」


 元から葵に記憶がなかった。伊藤葵として生きていないから、伊藤葵の人格なんて複製不可だ。面識のない第三者だった。


「葵になるのが、五十嵐沙織との約束だった」


 月が雲に隠れるから、教室の電気で二人の顎に影ができる。陽縁は私と目を合わせてるようで、私と景色を同一のものとして見ていた。


「私は約束を果たすために『伊藤葵』に変貌し、貴方は願いを叶えるはずだった」

「ごめん」

「謝ることじゃない。記憶がなくなったのは代償だから」

「でも、貴方のことを忘れてしまった。陽縁はスクールカーストの上位で、私には手が届かない人。そのつながりなんて想像出来ない。だからといって、貴方の心を無視している」

「優しいね」


 爆発音がして、窓の外に飛びつく。多数のスーシャが幻想使いを食わんとしていた。


「そこにいるんだろ。五十嵐!」


 叫び声が教室にまで届いた。リッジも幻想使いと似た魔法が使用できている。姿を消したり、スーシャを生産しているところなど。


「お前の指輪は俺が砕く」


 以前の比にならない。何十人もの透明な幽霊が迅速に突っかかる。

 ただ、幻想使いも負けていなかった。分散し、彼らがいたという世界の痕跡さえ砂に変えていく。


「うん。これなら幻想使いさんが勝つね」


 隣の陽縁は顔を離し、自分の机に戻った。冷たさを感じながらも自分の席につく。彼女に守ってもらうしかなかった。


「沙織は指輪を消費していないから、先に伝えることがある」

「何?」

「私は蘇らない」


 陽縁は自殺するために世界を変えたわけではない。願いを叶えた後に、自ら生命を絶った。満たされた世界で幸福な死を選んだ。


「指輪は三橋陽縁を蘇生させられるかもしれない」


 コーラを開封し、炭酸が空気に逃げていく。


「でも、沙織のエゴはいらない。これは変えられない意志だから」

「なんで、そんなに自分を粗末に扱うの」

「わたしは自分を粗末に扱いたい。ヨークに理解されなくとも、この道こそ行きたいところだったの」


 陽縁はポテトチップスを口に入れるから、会話が途切れてしまう。自分の過去は答えたくないと言わないで伝えようとしていた。

 外では激戦が繰り広げられている。


「わかった。過去のことは聞かない」

「え、いいの?」

「でも、私は知ることをやめない。それは陽縁も止めないでね」


 返事を言わさなかった。

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