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伊藤葵へ

 葵は連絡を拒絶している。一週間も経ったけど体の半分が欠けたように慣れない。だったら言及せず仲良しを続けていればよかった。黙ってられないから追求してしまい逃げられる。自業自得で、覚えてない記憶の欠片を拾い集めていた。


「ん? 連絡……」


 グループに桂木が書き込みをしていた。内容は桂木と佐山が世界を変えたという報告だ。どうやら、グループ内に初の成功者が現れた。残っているの私と翔の二人だ。翔はゲージが90も達成していた。

 私のゲージは80で留まっている。生活したら溜まっていくようだけど、具体的に動き方が掴めていない。


「ヨーク?」


 空き教室の扉を二回叩いた。中から声がしたから、扉を横にスライドする。


「やあ、君も来たんだ」


 ヨークは座りながら優雅に紅茶を嗜んでいた。マカロンのお菓子が机に置かれているから、上品さと机の庶民性が不釣り合いだ。

 そして、掃除箱に世界を変えたふたりが紙をめくっていた。彼らは心を穏やかに力を抜いている。


「聞きたいことがあってきた」

「出てった方がいい?」

「桂木たちは好きにしてもらっていいよ」

「なんでも答えてあげるよ」


 ヨークの被り物は口が上へ広がるようになっており、そこに飲料を注いでいた。


「私は覚えてないことがあるって本当?」


 ヨークはカップを持つ手が止まり、犬の瞳は掃除箱に移動した。暴露した桂木は知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

 彼はため息をついて、紅茶を手放す。


「当たり。君は前回の参加者だ」


 こうして確定する。

 以前に世界を変えた形跡があった。今回でスーシャに追いかけられるのも2度目ということだ。


「なんで私は記憶をなくす必要があったの」

「願った代償だ。その程度の強い願いだった」


 世界を変えるには代償で焚べる。強い願いは喪失の許容量を増大させるばかりだ。


「私は何を願ったの?」


 犬の頭に右手を当てている。答えまいかと、柔らかそうな毛並みが曲がっていた。


「君のイジメに関することだ。どうやら、陽縁と互いに穴を埋める願いを立てたものだね。不謹慎だけど感服したよ」


 喉が乾き、唾を飲んだ。手の中はびっしょりと汗をかいている。


「代償が、記憶の欠落?」

「それが正しいと決めた。少なくとも、人の生き死にを関わるのは子供にストレスを与える」


 だとしても、陽縁の自殺まで行き着かない。私は謝られたいと願ったから、彼女が死んだことと同じではなかった。


「ピンと来ない」

「記憶は戻らないからね」


 桂木は私の始めた物語と言った。そして、麻衣は世界を変える段階で陽縁と親睦を深め、空白の三日間を体験したことになる。


「葵の願いは教えてくれない?」

「それはダメだね。日本では仏さんとして扱われている」

「口を挟むけどいいか?」


 佐山と一緒に起き上がった。彼女も荷物をまとめていたことから、帰る意思を固めたようだ。


「もう葵と話したらどうだ。証拠は揃ってるだろ」

「それは、そうだけど」

「葵は幻想使いさんと一緒に行動している。家に行っても会えないかもしれない」

「幻想使い、かあ」


 配慮の届いてない場所に針を指して、愉快そうにしている凶悪だ。私はスーシャに感染しているから願いを叶えられないという優しさは所有している。


「そうだ。ヨーク、私についているスーシャを取り除いて」

「え?」


 彼は口元に手を当てて首をかしげた。


「君はスーシャに感染していないけど」

「騙された」

「幻想使いかな?」


 やれやれ、どれだけ自分が可愛いわけですかと、紅茶を手にし、口に中身を運んだ。


「五十嵐さん。これで残すところはふたりとなった。君らをスーシャは狙いをつけるはずだ。より一層の警戒をしてくれ」

「リッジに負けないよう踏みとどまる」

「彼らは増殖して切りがない。君たちが一足先に土俵から下ることを待ってるよ」

「もう少しで終わるんだね」


 三人と話して退席する。階段を降りたら、靴箱に美佳と麻衣が待ってくれた。


「おそいー」

「二人とも、ごめん」

「まあまあ、行こうぜ」


 この1週間は三人で下校するのが増えた。もう1人の騒がしい女子は登校して来ない。


「葵のこと知らないの?」

「連絡が来ない。美佳の方が詳しそうだけど」

「沙織と私じゃ対応が違うからね」


 愛した誰がいた。互いに分け合おうと提案してくれたから、心は涼しい風が吹いている。忘却の棚に閉まってはいけない。代償としても受け入れるべき痛みが影の中に落ちている。


「沙織?」

「あ、ごめんごめん。何の話だったっけ」


 三人の近くを後輩のグループが過ぎていく。彼氏の愚痴を甲高く話すものだから、周りの客も聞き耳を立てている。イケメンな彼氏と結婚したいと芸能人の写真を見せあっていた。


「そういえばさ、サバイブ速報が起訴されたって知ってる?」

「え、本当なの」


 麻衣の端末にニュース記事が掲載されていた。信ぴょう性の高い情報だからプラットホームを駆け巡る話題になる。これでリッジの理不尽な力が弱まったりしないだろうか。


「沙織、ポケット震えてる」

「あ、ほんとだ」


 相手は葵だった。一週間ぶりの返事は場所を指定したものだ。

 今日の夜7時に校舎裏の門に集合すること。そこで打ち明けたい話がある。


「葵から仲直りしようって連絡きた」

「電話したらいいのに」

「なんか恥ずかしい」


 麻衣は良かったと安息する。そのまゆの下がった顔が印象に強く残った。

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