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麻衣

「沙織、こんなところに呼び出してどうしたの?」


 麻衣は放課後の教室で待っていた。私は今日の朝から約束を取り付けていたわけだ。


「ちょっと聞きたいことがあって」

「いいよいいよ。あ、もしかして葵のこと?」

「うん。メッセ送ったけど一週間も無視される」

「喧嘩したの?」

「違うよ」


 葵は既読だけをつけるから、心を激しく取り乱した。せめて恨み妬みでもいいから言葉が欲しい。


「麻衣も世界を変えたんだね」


 麻衣は右手の空き缶を潰した。その缶をゴミ箱に捨てる。


「桂木さんから聞いた」

「葵が言うわけないもんね」

「そこに座ろうよ」


 近くの椅子に座って、机を挟んだ。鞄の中に携帯を入れて、横に置いている。


「どこまで聞いたの」

「三橋陽縁が葵に成りすましているところ」


 腕を組み、前かがみの姿勢になっていた。


「それ信じたの」

「信じられないから聞きに来た」


 前髪が垂れてきたから、片耳にかけた。ピンが束ねるまで形を戻す。


「三橋陽縁は伊藤葵成りすましてるよ」


 桂木も衝撃を残した。でも、今回は信頼の取れる人間だ。笑いをとる麻衣はカバンの中に隠している。


「そう、なんだ」

「わかってることだけを教えるね」



 幼少期の麻衣は体が弱かったから、同年代と接する機会が少なかった。中学二年から身体が健康になってきたけど、人と話すのに臆してしまっている。

 その日もひとりで帰っていた。


『君が桜庭さんだね』

『貴方は?』

『私はヨークと呼ばれている。君に世界を変えられる手紙を渡したい』


 紹介された空き教室に四人も並んだ。桂木唯や三橋陽縁と、五十嵐沙織がヨークの話を聞いた。陽縁と唯は隣同士で囁きあっている。目立つ人間は配慮のなさを教室で発揮するが、指輪の交換も同じだ。

 麻衣は落胆した。

 リア充が主導で課題達成する。世界を変えるのはクラスの中心人物だ。先生は生徒の上っ面だけを拭って青春だって名前をつける。生徒が裏で蹴りあってることさえ知らない。その擦れは日常の狭間で爆発することが決まっている。


『じゃあ。みんな、がんばって生き延びるんだ』


 スーシャから逃げる。指輪のゲージを確認した。その中で、麻衣はグループ内の変化を察知する。指輪を持っているグループで矢印の方向が回転した。

 五十嵐沙織と三橋陽縁は時間を共にすることが増える。その意外性に目を見張り、既存の価値観が音を立てて壊れた。嫉妬する桂木唯に目もくれず、二人は共依存となっていく。

 そこで、麻衣には欲望が湧いてきた。


『五十嵐さんと友達になりたい』


 クラスの中心人物である三橋と、カースト下の五十嵐は異質な関係性だった。その輪っかはまぶしくて手を伸ばしたくなる。でも、三橋は桂木さえ中に入れず、五十嵐に入れ込んだ。外側の麻衣は五十嵐の優位な立場が恐ろしく羨ましかった。


『ねえ、何で五十嵐と仲良くしてるの』


 当時の桂木が正しさで麻衣に愚痴る。そうして、事件が起きた。

 三橋陽縁と五十嵐沙織は3日間も学校を休んだ。

 その3日後、三橋陽縁は自殺した。


『五十嵐、お前何を吹き込んだ!』


 掴みかかる桂木に目もくれず、五十嵐も指輪のゲージを百に貯めた。

 自殺の翌日に願いを叶えて、空き教室から立ち去る。ヨークは不服なふたりに通告した。


『五十嵐さんは三橋さんと過ごした記憶をなくした。それが願いの代償だよ』


 クラスの周囲も二人の関係性を忘れてしまう。覚えているのは参加者だけだった。だとしても、記憶は願いを達成したら消えることになる。次にゲージを貯めたのは桂木で、何も忘れないことを願った。

 最後が麻衣だ。そこで、最後の彼女は指輪に願いを込める。


『五十嵐さんと仲良くなりたいです』


 代償として、五十嵐沙織と三橋陽縁の関係性を記憶に残されてしまった。それに意味があると理解しながら、五十嵐と仲良くしたようだ。



「ごめんね。私は指輪の力で二人に近寄ったんだ」


 麻衣は私に冗談と笑わなかった。この大人びた視線に心がうろたえてしまう。


「沙織が羨ましかった。美佳に守られてクラスに通えることが」

「守られる?」


 腕が伸びてきて、手を握られた。振りほどくことも出来たけど、離したら大切なものも落としそうだ。


「彼氏がいるいないで発表権が決まり、弟か兄が格好いいかで評価が決まる。返事が遅かったら陰口言われるなんて、沙織は知らない。グループにとどまる苦労を知らない」


 美佳は麻衣にグループに対する普通を求めなかった。多数の人々と仲良くしながら、ルールを持ち込もうとしない。


「私はそこに入りたかった。その二人の輪を引き裂いたとしても、仲良くしたかったの。それは今の方が気持ちが強い。2人のことが好きだから」


 指輪で五十嵐沙織を知った。そして、願いに頼らず話したこともある。でも、私は薄い壁の向こうから空気穴を通して話してるような距離があったようだ。


「気持ち悪いよね。ごめん」

「気持ち悪くないよ。教えてくれてありがとう」

「私の話は信じた?」

「何も思い出せないから分かんない。次はヨークに聞こうと思う」


 手を放し、私は席を立った。次に彼のところへ進もうとする。


「沙織。記憶のことだけど」

「うん」

「幻想使いの魔法なら思い出せるんじゃない?」

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