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佐山すず

 私と幻想使いは空き教室の入口付近で膝を曲げていた。彼女は耳の淵をなぞると、声が入ってくる。瞼の上を人差し指が通過した。そしたら、頭の中で映像が浮かんでくる。魔法で桂木たちとヨークの会話を盗聴した。


「ヨークには許可をとった。これを聞くことが教えたいことだ」


 桂木と佐山が何をしているのか頭で映像が浮かぶ。幻想使いの魔法は悪用可能だから、個人に持たせるのは危険だった。

 そして、桂木が喋る。


「ヨーク。私の叶えた願いはどうなる」

「願いが非現実的でなければ継続されるかな」


 佐山は手を離し、桂木よりも前進した。そして、指輪を右指に装着する。


「願いってなんでもいいんだよね」

「君の望むものは何でも叶う」


 指輪を嵌めた腕を前に出し、ヨークに捧げる。


「私の願いは死ぬ勇気をください」


 彼女は自殺を諦めていない。ネットに晒されて炎上している。それだけで自殺に走るのは不自然だ。常識が別の理由を求めている。でも、常識は個人の中にあって正当性はない。


「佐山!」

「理由を聞いていいかな」

「家族が嫌だからです」


 佐山は独白する。

 自分の家族が重荷になっていて、桂木という名前を消し去りたいこと。兄が佐山の繋がりを切り離したことだ。サバイブ速報の書き込みが彼女の生きる糧だった。それを奪われ、何も残っていないと主張する。


「電車の飛び込みも助けられるとわかっていて動きました」


 佐山の身体と心は違う方向を指していた。目標もなしに生還したいところや、家族を嫌えるまま死ぬ自分が欲しがる。


「桂木さん。助けてくれてありがとう。でも、私が家でなんて言われてるか知ってる?」

「死ぬなんてダメだ」

「お前は死ねって言われるんだ」


 制服の腹部をめくった。そこは青あざが三つあった。一つは新しい傷跡で、日常的に怪我を負っている。


「虐待……」

「私って死んだ方がいいのかな。だって家族がみんな死ねって言うんだよ。兄さんは蹴ってくるけど、母さんは仲良くしなさいっていう。仲良くできないのは私だけなの。彼らの中に何があったとしても、血が繋がってるからって仲良くできない」


 彼女は服を戻し、肩を抱いて目を合わせなくする。長い前髪が顔を隠した。


「ねえ、死にたくないよ。でも炎上してから兄は強く当たってくる。家族が一致団結しようとしてる。私は兄のことなんて許してないのに、許しなさいって空気で攻めてくる! 死にたくないのに、死ななくちゃいけない!」


 指輪は右手から離れ、輪が広まった。巨大化した輪っかは白く発光し、佐山の頭上に定着した。教室の空気が震えている。

 世界が変わろうとしていた。


「ヨーク! 私も一つの願いを叶えてもらう!」


 桂木は進んだ。震える空気の中で、怯える少女の方を抱いた。そして、指輪を装着する。


「佐山の願いを叶えるな」

「承知」

「え?」


 彼女も指輪が白く広まり、発光した。それが頭の上について天使になる。空間は二度も世界を変えようと動いていた。


「佐山。お前のおかげでわかったことがあるんだ」


 怪我だらけの腕に手を取った。身体の中に引き寄せて、二つの輪っかが重なっている。


「以前は『何も忘れませんように』と願った」

「忘れませんように?」

「陽縁が自殺した悔しさを忘れたくなかった。私は何も知らなかったんだ。彼女に助けられていながら、助けてくれた場面を切り取って、その尊さを陽縁に演じさせた。彼女のことなんて見てなかったんだ。でも、もう要らない」


 だから願った。以前は彼女が死んだ悔しさを忘れたくなかったわけだ。


「佐山を助けるのは私のエゴだ。理解者が欲しいんだ」

「なんで、酷いことするの」

「私は自殺した友人の葬式に行きたくない。気の迷いだと罵られても、手を伸ばしたい」

「何をされたかなんて、想像つかないくせに、私のことなんて、何も知らないくせに!」


 眼鏡に水滴がついている。目横から涙が流れて、桂木の肩を濡らしていた。

 佐山は愛されたくて許されようとする。誰かに見つけて欲しかった。孤独の中で生きるしかなかったのに、桂木を探し当てた。


「その辛さを教えてほしい」


 ヨークは白い手袋を外し、胸のポケットに入れる。


「佐山は『サバイブ速報との接点』。桂木は『以前の願いを喪失』を代償にくべる。もう発信するからね」

「またこの地獄を生きたくない!」

「佐山すずは生きていい。死ななくていい」

「ぐっ……」

「私の家まで来て。妹がお礼を言いたがってる」


 世界が変わった。



 佐山と桂木は掃除箱の横で地面に横たわっている。二人の手には紙が握られていた。両面印刷で、監視する私にも文字が読める。


「再開発は以前から告知されていたけど、ネットが取り上げるようになった」

「再開発されたら困る人たちが金を出して、住民を動かしてデモを起こした」

「三橋家は格好の的だった」


 二人は朗読を終え、プリントを胸に落下させる。


「そうだったんだ」

「再開発はメリットもデメリットもあるけど、殆どは根拠がなかったりするんだ」

「こんなに、調べてたんだね」

「見せたかった人がいたけど、もうそれはいいんだ」


 私は透視と盗聴を切り上げた。身体を起こし、背伸びをする。同時期に、幻想使いも撤退しようとした。


「幻想使いさん。なんの真似ですか」

「君はエゴに慣れておいた方がいい」


 幻想使いは身勝手な人間だ。彼らの過程は自らの意思で進む。でも、私の人生既に終了していて、掘り返されたくなかった。


「ふざけないでください。私は陽縁に戻ったら自殺しますよ」

「そうか。君は、そう捉えてしまうのか」


 幻想使いは端末を操作して、画面を見せてきた。


「世界を変えた影響だ。読んでみろ」


 サバイブ速報が起訴されていた。様々な嘘を風潮したとして訴えられている。この記事も信頼性が低いものだ。


「リッジは影響力で変化する。この記事は広まっているから、彼らに影響を及ぼすはずだ」

「つまり、どういうことですか」

「決戦の時は近い。その時は二人共協力してもらうからな」

佐山すず編終わり

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