桂木唯
電車の通過すると音や隣で注意する駅員さんが話しかけてくる。しかし、頭は腕の細さで一杯になった。
彼女の形が弟の膨らんだ腕と差異がある。
「か、桂木さん」
「幻想使いさんから連絡が入った」
学校から帰ろうとして連絡が来た。幻想使いは佐山の様子が変で、手が離せないから尾行してくれないかと助けを求めたようだ。
葵に謝ろうと考えていたら、佐山が先頭に立っている。左右に揺らめくから目に意識を切り替えた。案の定、彼女は線路の下敷きになろうとする。
この片手に彼女の腕が握られていた。
「えっと、ごめん」
「謝るんなら、しないでよ!」
私は無意識に怒鳴っていた。佐山とは友達だけど深い仲じゃない。スーシャを操れたという裏切り行為を飲み込めたわけでもなかった。その信頼が半分の女子に、期待を寄せるのはなぜだ。
「とにかく、出るよ。いいね」
佐山は怒られることに慣れていない。痛みから逃げてきたから、感情任せの叱咤に対処法がないようだ。
怒られたことに後ろめたさはなく、殴られるかもと怯えているだけだった。彼女も私と同じように信頼していない。
やっぱり掴まれた腕を離そうとする。
「あ、ありがとう」
「いいから、外に行こう」
佐山は自分を責めるけれど自殺まで考えない。結局は自分の命が大切だと道徳が芽生えている。その煌めきでさえ曇ってしまった。
「兄貴のこと?」
「うん」
彼女の兄は炎上している。痴漢の冤罪を指摘したらしい。その会話に穴があり、多数の人間から針を通されている。アカウントは削除に追い込まれ、日頃からリテラシーが低いせいで、住所が特定されてしまった。繋がりである佐山も写真に収まるかもしれない。
彼らは自分の正義を信じて、自分から悪い行いを進行する。誰も反省しないし、助言はした者の毒になってしまう。だからといって、黙ることが正解じゃない。そして、死ぬことさえ間違いだ。
「私の家がめちゃくちゃになるかも」
「それはないよ。人を殺したわけじゃないからね」
「でも、分からないよ」
「分かるよ。私はそういうの調べたことあるから」
「調べる?」
その時だった。スマートフォンにバイブ音とフラッシュが焚かれる。通知は切っていたはずなのに、空いている手で携帯をとった。視界の隅で佐山も画面を閲覧する。
「ひゃく?」
私の画面も100パーセントを記録した。
指輪の願いが叶えられる。でも、唐突に振り落ちてしまった。
「ヨークのところに行こう」
以前も前触れもなく願いを叶えられた。陽縁に資料を渡す直前の出来事だ。私は、彼女とのやり取りを回想した。
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学校と幼稚園と家を行ったり来たりする。この三つをレールとして、わたしは転がされる歯車だった。父親は交通事故で人を殺し、裁判後は刑務所の中にいる。被害者はシングルマザーだったから、母親はパートで誹謗中傷に耐えながら働いていく。だから、長女の私が弟や妹の面倒を担当した。
桂木家は石を投げてもいい加害者になる。
高校生になり、ドラマの中にいた生活は送れなかった。友達と彼氏を作る努力を怠ってしまい、クラスではひとりだ。青春ごっこより家族が生きるために動いていた。幸いにも交通事故は話題にあげられず、虐められなかった。
その私にも趣味がある。それは喫茶店で自分の時間を持つことだ。高校生や長女という衣類を脱げる場所だった。
そこに、彼女はいた。
『あなた、ずっと1人だね』
『ほっといてくれないかな』
『来週はテストがあるよ。知ってた?』
『え?』
『ほら、ひとりは大変でしょ』
三橋陽縁は私を暗い沼から引っ張り出してくれた。ひどい言葉で傷つけようとしたけど、荒んだ心に取り入ろうとする。優しくされていないから、優しい彼女に溺れてしまった。
『陽縁。愚痴に乗ってくれてありがとう』
『私は構わないよ。弟さんのお世話お疲れ様ー』
気づいたら、私と陽縁がリア充と変貌する。陽縁は流行のアイテムや髪型も舐められないようセットしてくれた。形も覚えていたら認められるようになっていく。
『陽縁はモテるね』
『周りの評価で寄ってくるだけ』
『厳しいね』
陽縁はクラスで一目を置かれるほどの人気があった。三橋家は事業を掛け持ちして、資金も一人の人間では賄えない。彼女は長女にして正統な血族だった。
トイレで釣り合わないと吐いたこともある。それでも、彼女のことは好きだった。
『ねえ、ゆいゆいにも手紙きた?』
『うん。世界を変えられるーってやつだよね』
その日から陽縁は変わっていった。いや、仮面が口からヒビが入っていく。前回の世界は、自分がいかに愚かで、人を見ていないのかを痛感させられた。
結果的に、彼女は自殺する。
その後、三橋陽縁の苦悩は計り知れないと後悔した。
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私は佐山の自殺を止めた理由を自覚した。
「ついたよ」
手を繋いだままで入室する。ヨークは椅子の上で足を組んでいた。私たちを待っていたように、窓を背中にしている。
「100パーセントおめでとう。それで、二人の願いは何かな」
私の願いは一つだけだ。




