第一の覚醒者
スーシャの発祥は諸説ある。一説によると当時の産業革命で変貌する国が最初と見られた。スーシャの対象は若者ばかり標的にされて、大人たちは観測できない。
彼らは精神を患った患者のノートから発見された。同時期に記録され、不審がって調査される。
スーシャとは透明な体を持つ。スーシャに狙われたら身体を乗っ取られるが、意識を取り戻せる。その後、何事もなく生活するだけだ。ただ、スーシャは標的から何かを奪う。その何かは夢だったり勇敢さだったり様々だ。その不確かな存在は形が変わり、都市伝説として日本で流行した。
「学校は顕著に出現した。狙われる人間はランダムで対処のしようがない。そこで、ヨークたちが対策した」
「ヨークたち?」
「指輪を作った」
指輪はスーシャ関連で唯一成功した代物だ。リッジは指輪を共通意識で判別し、敵視した。この指輪は所有するだけで、スーシャから死守できる。だとしても、数に圧されたら砕かれてしまう。そして、指輪は世界を変えられる。
「指輪をスーシャは狙うわけじゃない。スーシャから指輪は人を守っていた」
私は知らなかった。スーシャの透明な身体は歴史と隣合わせだったようだ。都市伝説としてネットで拡散されている。だとしても、目にしたことがない。そもそも、陽縁時代でも苦手だった。
「そんなことが……」
「リッジが佐山を選んだが、気に病むことじゃない。彼らは断れない状況に世界を変える。そうして、人の何かを持ち去って消える」
「気持ち、悪い」
「リッジは標的をかぎわける能力がある」
「それは何ですか」
「対象者が”孤独”を感じていたら狙われる。友人や恋人に恵まれても、そのマイナスを見出してしまう」
リッジは人の感情がたまるところに居着く。透明な身体で、ヘイトを掻き集め、スーシャに変換する。今回はサバイブ速報だから形がない。しかし、ヘイトは他の企業より収集が楽だ。
そして、リッジはスーシャを生み出し、マイナスの音を聞き分ける。葵になった私や、サバイブ速報を見た佐山に届いた。
「あいつらの抵抗手段は増加している。私だってそうだ」
「幻想使いさん以外にも何か?」
「これから解消される。だとしても、何度でも指輪で自分の世界を変えてもらう必要がある。彼らは個を認識せず、初対面のフリで砕いていくから」
交差点は車のクラクションがなっていた。灰色の車が信号が赤になっても発信している。視覚障害者向けのアナウンスが耳に入った。三人は渡りきって、学校側の道路に到着する。
「リッジを倒せるわけですか?」
「サバイブ速報は倒せる。だが、他は駆逐できないし、そこで私は消える運命だ」
「前に言ってましたね」
幻想使いは携帯から時間を目指する。まるで、何かを待っていた。
「これ以上の改変は望めない。沙織の分岐点に間に合った。それだけで満足だ」
「分岐点?」
「言ったろ。指輪の願いで幻想使いになっていると」
「はい」
「葵と同じで限度がある。元の時代に帰らなきゃいけないからな」
幻想使いの携帯が鳴った。彼女は立ち止まり、誰かに連絡している。
「何かありました」
「お前に守るすべを教えると言ったな」
「え、はい」
「どうやら今から見られそうだ」
そのまま駅まで徒歩で向かう。彼女は説明してくれるけど、行動は身体で示す。それについていける人は少ない。不器用で見覚えのある背中だ。
「あの、幻想使いさん」
「何だ」
「どうして、リッジとスーシャを教えてくれたんですか」
「私はヨークほど甘くない。聞かれたら答える」
道の真ん中で止まった。顔は斜め上を向いていたから、横に並んだ。その先は電車の線路が敷かれていて、電車の通過を告げるベルが騒がしい。
「葵。左の方を見ろ」
目が暑くなった。瞬きしたら、視界が広まって、遠くが鮮明に映る。
幻想使いが視力向上の魔法をかけた。覗いていないのに、並んでいる人の憂鬱が頭に残る。そして、左に首を動かした。
「佐山さん……」
左側の先頭列に佐山が立っていた。携帯に飲まれそうなほど背中を丸めている。線路までの間隔が近いから注意したくなってきた。
「何をしているの?」
「いいから、そこで見ていろよ」
佐山は携帯をポケットに直し、駅のホームで来る方向を眺めている。周囲の求める善良な客になっていた。そして、彼女は目を瞑る。
身体が前に傾いていく。膝から落下しそうになった。電車は指定通りの時刻を滑っている。
「危ない!」
身体が動かなかった。幻想使いの魔法で足場を固めてしまったようだ。眼球も電車の線路か佐山しか移動できない。彼女は何を考えているのか。
「おい!」
「まあ見てて」
魔法は残酷にも時の流れを緩やかにした。電車の頭が彼女の頭蓋を破壊するまで時間がない。硬直した体が助けられないと叫んでいる。虚しさが胸から吐きそうになった。
「来た」
電車は通過する。ブレーキと悲鳴は線路の鉄が消音にした。
「あ、し、死んで」
「よく見ろ」
電車は人を乗せて発進する。緑が左に流れていき、佐山は女性に手を握られていた。間一髪で助かったみたいだ。
「桂木?」
「これで二人は百パーセントになった」
「え?」
「学校に向かう。そこにお前の求めるのがある」
桂木が一方的に詰めている。佐山だけ掴まれたまま微動だにしない。そうして、桂木は肩を抱いて、ホームから離れていく。




