幻想使いは暇をつぶす
一週間たつ。その7日は自分の心と向き合った。桂木の怒りは表面だけ捉えているし、話しかける場所を用意しなくちゃいけない。
『桂木さんから聞きました。貴方は元気にしてますか?』
私は臆病だから返事出来ない。既読をつけた罪悪感から逃げるために暗転させる。
「五十嵐に返事しないのか」
「魔法ですか?」
幻想使いと長くいて判明したことがある。彼女は卵料理ばかり手を出す。惣菜コーナーで購入したら、自動ドア外に開封している。行儀悪かったけど、自発的に透明になれるから、周りの迷惑にはならない。
「幻想使いの魔法はいい。なんせ何でもできるからな」
「ずるいですね」
「人に力を渡すこともできるし、知りたいことはすべてわかる」
私と幻想使いはスーシャが発生しそうな箇所や削除したところを回って、指輪の持つ人たちが狙われないように励んだ。彼らは現れる様子がなく、買い食いばかりしていた。といっても、幻想使いの奢りだから財布は痛くない。
「もう全滅して、やることないんですか」
「リッジがスーシャを生産している。彼らを止めないと始まらない」
「思ったんですけど」右手で膝をかく。「最初からリッジが出たらいいですよね」
「アイツらは製造と配置を同時にできない。配置は裏切り者に任せた方が効率がいい」
「なるほど」
携帯の時間は7時を指している。夜に突入し、帰れるか不明だ。充電も20パーセントだけ残っていた。
「それでリッジの居所はわからないと」
「いや、リッジからアプローチしてくる。それは以前の行動でわかるだろ」
沙織の動揺に目元が緩んでいた。リッジは他人の苦悩だけで生きているのか。少なくとも、今回の彼は相手したくない。
「それに、サバイブ速報のリッジは決着がつく」
「また未来で見たんですか」
「通った道は記憶するほうなんだ」
レジ袋に空の容器を閉まっている。実体化し、食事を済ませたようだ。
彼女いわく、魔法は体力を使うからカロリーを欲しているらしい。次の日に飴でも携帯すると試みる。
「佐山と桂木は来ないらしいから、パトロールの翔に任せることにした」
「彼は信頼出来るんですか」
「信じてあげたらいい。弟だ」
私の弟は身体が大きくなるだけの子供だ。うまくいかない時はものに八つ当たりをするし、帰宅は朝の6時が平均だった。もし私の自殺が改心させたなら、この人生を小道具にするなと苦言を呈したい。
「私は兄弟がいない。自分に似た人間が生きているって気持ちが掴めないな」
「後ろについてくるから気味悪いです。そのくせ、願望通りに私が育たなかったら反抗期に逃げます」
「喧嘩別れしたのか」
墓で懺悔した。それを許すまでに時間が必要なだけだ。
「というか、幻想使いさんって何者なんですか」
「スーシャ退治を頼まれた役割だ」
「例外って言ってましたよね」
「私が望んで幻想使いになった」
「へえ」
幻想使いはシステムを暇つぶしに語る。
その魔法は一時的に付与される暴力だ。スーシャに有効なエネルギーを託し、内部から感染させる。その戦い方で指輪を持つ子供たちを守ってきた。前回の幻想使いは男性だったから、女性の強かさに感心する。
「幻想使いは土地に関係ない人が採用される。なのに、この時代から始めたいと願いを消費してしまった」
「土地に、関係ない?」
「私はこの街に住んでいた」
土地勘はある方だと思っていた。過去に来ていたなら納得できる。最近まで街に住んでいたかもしれない。
「四年前に来ていた。その頃は友達に助けられたものだ」
「その人は今もいるわけですか」
「結婚した。花嫁姿が印象的だったよ。色々あったから尚更ね」
思ったより普通の人だ。力の使い方で萎縮するけど、親切心は持っている善人らしかった。
「その頃の私は根暗だった」
幻想使いも遠いところから引っ越してきた。そこで友人が接近し、事情を話したようだ。そこから仲が良くなる。最終的に三人で青春時代を過ごしたらしい。
「意外ですね。なんでもけって試す人かと」
「口が悪いね。当時は気が付かなかったな」
「当時ってなんですか。私はここに居ますよ」
「だから来たんだよ」
携帯に着信の通知がくる。開閉したら幻想使いは目を細めた。
「そうか。今日だったな」
「え?」
「行こう」
二人で街を歩いていく。先頭を幻想使いで闊歩した。
「幻想使いって歩くだけなの」
「気配があるまで待機だ。後は佐山を守ったりした」
「そういえば、あの後は平気だった?」
「ああ……、あれは」
サバイブ速報は新聞の切り抜きと世間体の話題を提供するサイトだ。だから、何人も表舞台に立たせて指をさす。あの日、佐山の兄はサバイブ速報の毒牙にかかった。
彼は些細なマナー違反で炎上している。
「リッジはサバイブ速報と関連がない。リッジが一方的にサバイブ速報のヘイトを集め、スーシャに変換している」
「そうだったんですね」
「あー、その後は」
桂木が暴走する佐山を取り押さえた。その直後、二人の周りに霧が立ち込める。おびただしい数で逃げ道がなかった。そこを幻想使いと翔が風穴を開ける。
2人はスーシャの大軍を潰していた。幻想使いがとどめを刺すけれど、翔にも魔法がかかっている。
「幻想使い、翔も魔法使えるの?」
「仕返しさせるために貸してる。私が消えたら効力を失う」
スーシャは舞台装置だ。リッジこそ自身をメタファーと描写した。自分は指輪を持つものに対する敵として君臨している。
「スーシャって謎ですね」
「アイツは君らになれなかった亡霊だ。まあ、指輪が作られたのもスーシャ達だが」
暇だから話してやろう。そう言って、彼女は真実を切り出した。




