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次の日。
私は沙織の教室に通おうとした。クラスを見回しても、姿が見当たらない。
「五十嵐を探しているのか?」
横に桂木が立っていた。
「そうそう。どこにいるのか知らない?」
「電話で聞けばいいだろ」
「無視される」
彼女の左腕は拳を作り、顎に当てた。幻想使いの行動に裏があるのか頭を働かせているようだ。
「五十嵐はお前のことを聞いてきた」
「なんて答えたの」
「全部言った」
頭痛が始まった。
もう沙織に合わせる顔がない。伊藤葵を偽って、空っぽな罪悪感で謝罪したことも、すべて崩れさる。苦労や喜びが消えるのは一瞬だ。瞬き一つで手が届かなくなり、胸が苦しくなる。
「聞かれたから答えた」
「終わった」
「もっと嫌がると思った」
幻想使いが暴露してくれた。その耐性がついている。知らずに言われてしまえば、気が動転し、桂木を傷つけていた。
「五十嵐は受け止めきれていなかった」
私が同じ立場でも怒る。
ふつふつと血の血管が頭に回って、怒りという衝動が全身に渡った。
「ヨークや私が守ったことをすべて壊したわけ」
「私は五十嵐が嫌いだから優しく接しない。それは最初に宣言した」
グループは友達が傷つかないよう丸い円で囲む。でも、今回のグループは初めから歪な繋がりで結ばれていた。望まれない結束は嫌いという言葉が横行する。佐山みたく、互いに刃物を向けていた。
「どうして仲良くできないの」
「甘やかしてる」
「なに?」
沙織のクラスメイトが入口から入っている。私は出口で門番をしてしまったから、柱に身体を移動させた。その方が声が通る。
「五十嵐は自分が恵まれているって気付いていない。ずっと周りがいるわけじゃないのに」
「恵まれたって、そのグループのなかで幸せなら、悪口言われる筋合いはない」
「ずっと親や友達のなかにいられるわけじゃない。隣で手を繋いでいる友達が自殺することもある」
一歩あとずさる。その強い瞳が本能的に屈服させた。彼女の凄みは内で滾る怒りさえ包み込む。
「そんなこと言われたくないよね。でも、葵は『自殺した友人じゃない』って言ったの覚えてるかな。私がどれだけ傷ついたか分からないでしょ」
自殺した私に傷ついた。桂木の主張は勢いはあるけど腑に落ちない。あと1歩といったところで、なぜ死んだことがいけないのか、それに引っ張られる。
「葵は自分のことしかわからないから、自分がわからない」
「そ、そんなこと……」
父親と同じ目つきだ。期待していなかったと、口に出さないで伝える表現。見届けてしまえば心が伸縮する。動けなくなり、期待通りに演じないと行けない怖さに駆られた。
私は伊藤葵になりきって、沙織に虐められないといけない。なのに、三橋陽縁でカリスマ性を保持するべきだって声がする。
桂木は陽縁を求めている。なら、やるべき事は決まっていた。
「ゆいゆい、ひどいよーっ。友達でしょ?」
緑色の廊下、錆びた手すりが額にある。頬が痛い。視界の隅に女子の手がある。
私は桂木に殴られた。殴られて、頬が痛かった。
「それ痛いよ。必死すぎ」
周囲に人だかりができた。グループは変化を嫌うが、外部の変化は好物だ。他人のゴシップを暇つぶしに消費する。私が暇つぶしの的になってしまった。
顔は下劣な顔ばかり並んでいる。殴られた私を睨んでいた。また三橋だから詰られる。あのおっさんは私を誘拐しようとした。その顔の横にいる。
「さお、り」
沙織が帰ってきていた。
「見ないで」
三橋陽縁は人工物で醜くて、中身のない汚れ物だ。
その眩い瞳で透さないでください。
どうか、哀れみを自殺前と同じ優しさを恵んでほしい。
「見るな!」
学校から逃げ出した。登校する学生を避け、駅の奥まで走る。誰もいないところまで歩き続け、商店街に逃げた。
怖くて辛くて死にたい。でも、伊藤葵の身体は自殺を許されていなかった。有効期限まで生きる資格が与えられている。親も知らないし、沙織は中身を侮辱するはずだ。元から嫌っていたみたいだし。
逃げられるところがなかった。
「あ、そうか」
私は自殺しなくても死んだ生き物だ。既に世界から除外され、ヨークに甘やかされていた。
沙織という繋がりがなくなる。
惨めな願いにかけてしまった。
「私って、何がしたかったんだろう」
沙織の願いである伊藤葵から程遠かった。自殺は何も生み出せずに終わっている。桂木という友達も傷つけてしまった。
「学校はどうだった」
商店街は人通りが少なかった。訪問介護の窓口とシャッターだけ横並びされている。幻想使いは20代の風貌でパーカーを着ていた。彼女と私だけが空間に浮いている。
「葵。私の仕事についてくるか」
「……はい」
幻想使いは自分だけが味方だって優しさを見せた。それを信じられるほど純粋じゃない。でも、行くところなんてなかった。
「リッジは今ごろ力を貯めている。場所を割り出し、早急に叩きたい」
「協力、します」
「お前の足は期待している」
私と幻想使いで街の中を散策する。隣の道路から再開発反対というデモが飛び交っていた。