表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/43

????

 次の日。

 私は沙織の教室に通おうとした。クラスを見回しても、姿が見当たらない。


「五十嵐を探しているのか?」


 横に桂木が立っていた。


「そうそう。どこにいるのか知らない?」

「電話で聞けばいいだろ」

「無視される」


 彼女の左腕は拳を作り、顎に当てた。幻想使いの行動に裏があるのか頭を働かせているようだ。


「五十嵐はお前のことを聞いてきた」

「なんて答えたの」

「全部言った」


 頭痛が始まった。

 もう沙織に合わせる顔がない。伊藤葵を偽って、空っぽな罪悪感で謝罪したことも、すべて崩れさる。苦労や喜びが消えるのは一瞬だ。瞬き一つで手が届かなくなり、胸が苦しくなる。


「聞かれたから答えた」

「終わった」

「もっと嫌がると思った」


 幻想使いが暴露してくれた。その耐性がついている。知らずに言われてしまえば、気が動転し、桂木を傷つけていた。


「五十嵐は受け止めきれていなかった」


 私が同じ立場でも怒る。

 ふつふつと血の血管が頭に回って、怒りという衝動が全身に渡った。


「ヨークや私が守ったことをすべて壊したわけ」

「私は五十嵐が嫌いだから優しく接しない。それは最初に宣言した」


 グループは友達が傷つかないよう丸い円で囲む。でも、今回のグループは初めから歪な繋がりで結ばれていた。望まれない結束は嫌いという言葉が横行する。佐山みたく、互いに刃物を向けていた。


「どうして仲良くできないの」

「甘やかしてる」

「なに?」


 沙織のクラスメイトが入口から入っている。私は出口で門番をしてしまったから、柱に身体を移動させた。その方が声が通る。


「五十嵐は自分が恵まれているって気付いていない。ずっと周りがいるわけじゃないのに」

「恵まれたって、そのグループのなかで幸せなら、悪口言われる筋合いはない」

「ずっと親や友達のなかにいられるわけじゃない。隣で手を繋いでいる友達が自殺することもある」


 一歩あとずさる。その強い瞳が本能的に屈服させた。彼女の凄みは内で滾る怒りさえ包み込む。


「そんなこと言われたくないよね。でも、葵は『自殺した友人じゃない』って言ったの覚えてるかな。私がどれだけ傷ついたか分からないでしょ」


 自殺した私に傷ついた。桂木の主張は勢いはあるけど腑に落ちない。あと1歩といったところで、なぜ死んだことがいけないのか、それに引っ張られる。


「葵は自分のことしかわからないから、自分がわからない」

「そ、そんなこと……」


 父親と同じ目つきだ。期待していなかったと、口に出さないで伝える表現。見届けてしまえば心が伸縮する。動けなくなり、期待通りに演じないと行けない怖さに駆られた。

 私は伊藤葵になりきって、沙織に虐められないといけない。なのに、三橋陽縁でカリスマ性を保持するべきだって声がする。

 桂木は陽縁を求めている。なら、やるべき事は決まっていた。


「ゆいゆい、ひどいよーっ。友達でしょ?」


 緑色の廊下、錆びた手すりが額にある。頬が痛い。視界の隅に女子の手がある。

 私は桂木に殴られた。殴られて、頬が痛かった。


「それ痛いよ。必死すぎ」


 周囲に人だかりができた。グループは変化を嫌うが、外部の変化は好物だ。他人のゴシップを暇つぶしに消費する。私が暇つぶしの的になってしまった。

 顔は下劣な顔ばかり並んでいる。殴られた私を睨んでいた。また三橋だから詰られる。あのおっさんは私を誘拐しようとした。その顔の横にいる。


「さお、り」


 沙織が帰ってきていた。


「見ないで」


 三橋陽縁は人工物で醜くて、中身のない汚れ物だ。

 その眩い瞳で透さないでください。

 どうか、哀れみを自殺前と同じ優しさを恵んでほしい。


「見るな!」


 学校から逃げ出した。登校する学生を避け、駅の奥まで走る。誰もいないところまで歩き続け、商店街に逃げた。

 怖くて辛くて死にたい。でも、伊藤葵の身体は自殺を許されていなかった。有効期限まで生きる資格が与えられている。親も知らないし、沙織は中身を侮辱するはずだ。元から嫌っていたみたいだし。

 逃げられるところがなかった。


「あ、そうか」


 私は自殺しなくても死んだ生き物だ。既に世界から除外され、ヨークに甘やかされていた。

 沙織という繋がりがなくなる。

 惨めな願いにかけてしまった。


「私って、何がしたかったんだろう」


 沙織の願いである伊藤葵から程遠かった。自殺は何も生み出せずに終わっている。桂木という友達も傷つけてしまった。


「学校はどうだった」


 商店街は人通りが少なかった。訪問介護の窓口とシャッターだけ横並びされている。幻想使いは20代の風貌でパーカーを着ていた。彼女と私だけが空間に浮いている。


「葵。私の仕事についてくるか」

「……はい」


 幻想使いは自分だけが味方だって優しさを見せた。それを信じられるほど純粋じゃない。でも、行くところなんてなかった。


「リッジは今ごろ力を貯めている。場所を割り出し、早急に叩きたい」

「協力、します」

「お前の足は期待している」


 私と幻想使いで街の中を散策する。隣の道路から再開発反対というデモが飛び交っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ