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桂木唯が語る数時間前に遡る

「私がスーシャに感染した?」


 沙織は明らかに動揺して、カーテンに手をつけた。

 スーシャは人の体を乗っ取り、以前の思考と繋がらなくなる。願いは屈服し、個人の心は社会的になるはずだ。沙織は変化する傾向がない。あのリッジはスーシャを製造していないし、彼女の心を揺さぶった。


「私はスーシャを倒してきた。だからお前が感染したって分かる」


 大人の気迫は子供に毒だ。ときに薬になるけれど、沙織の心が折れるには十分だった。スーシャに感染した傾向はない。だけど、スーシャの専門家が新しい概論を打ち立てた可能性はある。まさに口出しできなかった。


「とにかく、今は帰れ」


 命令に従った。看護師の心配も無視し、歩けない私を放置する。


「あ、沙織……」

「スーシャに感染なんてしてないけどな」

「やっぱり騙したんですか」

「アイツは感染する可能性がある」


 幻想使いは来客用のパイプ椅子を発見し、隣で目線を合わせてくれた。病室のベッドは私と彼女以外はいなくなっている。看護師も不審がって近寄らなくなった。


「リッジになにかされてるんですか?」

「されてない」

「性格の悪い人ですね」


 幻想使いはショッピングモールの事案から変わっていない。敵を迅速に退治し、私たちを弄る。身体を見えなくさせたり、気まぐれに実体化して老婆の荷物を持っていたりした。そして、決して顔を見せない魔法が不快にさせる。


「なら訂正してあげます」

「混乱するからやめておけ」


 台から、スマホのストラップが飛び出している。思い出の人形を掴んだら、するすると画面を起動させた。


「アイツはこれからお前を陽縁だって知る」


 携帯を台から落下させた。幻想使いが、画面にひびを作らせなかった。実体化したままで布団の上に乗せる。


「嫌われてしまう。止めないと」


 携帯は幻想使いの腕と布団に挟まれて抜き出せない。私と彼女を繋げないつもりだ。


「どいてよ」

「記憶喪失がバレていた。ごまかせても、次はない」

「なら、どうしたらいいんですか」

「私は全てを知っている。これからの展開も」


 私は元に幻想使いは人間として見ていなかった。ヨークの配置した守護霊と認識していたのだ。しかし、今回の役割は与えられた権限を逸脱している。参加者の扱いが平等ではない。


「未来が見えるなんて嘘つかないで」

「私は君たちのことがわかる。君が美術室で書いていた絵や沙織が過去に何を願ったのか」

「ただストーカーじゃないですか」

「君が沙織に求めていることがわかっていても、そう思うのか」


 した唇を悔しさ込めて噛んだ。捕まえようと質問しても、手のひらから逃げていく。


「お前は被害者になろうとしていた」

「ずるいです」

「それぐらいの理性はあったか」


 彼女の顔は光を吸収している。幻想使いの魔法が施されていて、人の目には届かない仕様だ。


「これから私と付き合え」

「どこに?」

「一人目のリッジを退治するまでだ」


 彼女のポケットが震える。空いている片手で自身のスマホをつまみあげた。その裏には幾何学模様のシールが貼られている。


「調子はどうだ。……こっちは片付いた」


 話は数秒で終わった。相手とはスーシャの発生について相談をされているようだ。


「それで、リッジを倒すまでについてくるか」

「それでも私は沙織の隣にいたい」


 沙織がリッジに目をつけられている。幻想使いは脅威を追い払うけれど、危険な目にあわせてきた。瀬戸際まで追い込まれてほしくないから、守ってあげなければいけない。


「お前が一緒にいても解決しない」

「それは、そうですけど」


 呆れてものも言えないなと愚痴った。その彼女が私の端末をうちに収め、ベッドに腰を下ろす。


「お前はハッピーエンドの向こう側にいて、葵のに変わってから楽しかったかもしれない。でもな、沙織の本質から逃げている」

「彼女のことも詳しいのですね」


 傷を癒すために変化し、終わるまで連れ添って、透明になりたかった。それが世話をされる日々だ。今日も彼女の優しさで成り立っている。


「彼女と縁がある」


 彼女は私が嘘つきだって落胆した。幻想使いの嘘で忘れていたが、解決せねばならない問題だ。


「私は一人目のリッジを倒したら消滅する。その間に、緩い嘘をつき続けるのか」

「消える?」

「つまり、私にも時間がない。例外な幻想使いだからな」


 リッジはスーシャを生産する者たちだ。彼らを倒せる幻想使いがいなくなる。ヨークは対抗策を打算しているのか。

 携帯は没収されたままで動けない。彼女と連絡が取れずにいた。


「それと未来で何があるのか教えてあげる」


 幻想使いはヨークほど利口じゃないから脅すと自傷した。その仕草が誰かに似ていた気がするけど、思いつけない。


「でも、貴方を信じられない」

「アイツはお前を疑っている。時間が解決するのを待つしかない」

「でも、伊藤葵を続けたいんです」

「分かったよ。でも、一つだけ覚えて」


 携帯は彼女から返却してくれた。


「何があっても、私は味方だ」


 考えがまとまらなかった。明日までに結果を話すことに決め、その日は退院する。

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