桂木唯は教える
私と美佳は教室で登る太陽をうえに話していた。窓の手すりにつかまり、机を椅子代わりにする。
「ふたりきりって久しぶりだね」
「美佳は彼氏がいるから」
「そんな事言わないでよ」
麻衣は後輩がコンクールに出すから面倒を見ていた。といっても長居するわけじゃないから待機することにする。
今日は葵も早々と帰宅した。ずっと四人で行動していたから、いざ話してみると緊張する。
「伊藤さんの家でご飯作ったんでしょ」
「なんで知ってるの」
「伊藤さんから聞いた」
二人は連絡先を交換していた。互いにトークを飛ばしているようだ。仲が悪い印象だったから意外で顔を見つめてしまう。
「沙織のことばかり聞かれる」
彼女は罪の意識で行動していない。もっと黒い下心を感じ取ってしまう。美佳から私の何を引き出そうとしているのか。
「何かあったの」
「葵と?」
「うん」
幻想使いは私にスーシャが入っていると指摘した。自覚がないから否定したかったが、剣幕に気圧されて唾を飲んだ。屈辱的な気分になり病院を飛び出して、それから葵と話していない。幻想使いは対等に扱いたい欲望がある。でも危険な目に合わせてきたからじゃない。
「何もないよ」
「ねー、私だけ仲間はずれ」
「時期が来たら教えるよ」
「時期っていつー」
腕を伸ばして仰け反る。美佳の髪が重力に正直で、頭よりも長い髪が乱れた。
「私って二人のことなんも知らないよね」
仲間はずれが続いていた。そのせいか美佳の口調は責めるように語尾が強くなった。
「沙織は葵のこと詳しいかもしんないけど、何も教えてくれないから分からない。友達だと思ってるのに」
「私も葵のことなんて分からないよ。記憶喪失だし」
「いやいや、それ以外にもあるじゃん」
食堂でラーメンを頼んだら、スープから飲んでいく。カレーは食べ方が汚いから口が黄色くなる。私といたら手をつなごうとしたり寄り道を催促してきた。
「仲直りしな」
「別に喧嘩してないし」
「伊藤葵は沙織のこと好きだと思うよ」
「ワタシって好かれるね」
「いや、マジで」
朝練習の野球部がグラウンドを走っている。雲は太陽を隠した。影はふたりを暗くさせる。
「沙織は葵をどうしたいか分かってるんじゃないの。貴方って本当に嫌いなら話しかけもしないから」
「私は嫌いな人と話せるよ」
「伊藤が嫌いなんだね。なら、私が教えておくから」
やけに葵の肩を持つ。二人の履歴を知りたかった。
「記憶喪失が本当かわからない。私が嫌いならお節介をやめるよういえばいいのにって、怖くて」
「それで?」
私は過去を乗り越えていない。あれは言葉だけで格好つけてしまった。心で理解して行動していない。リッジの問いかけで新年が崩されてしまう。それほど繊細なものを守ってなんになる。
「本当に記憶喪失で、そして何も覚えてなきゃいいのに」
彼女のことがわからない。そして、世話を焼いてしまう自分に戸惑っている。目を離せなくて、些細な行動が焼き付いて、言葉の裏を汲み取れなくてもどかしい。あの虐めていた人間が中身が変貌していた。
「伊藤のことがわかるのが怖い。でも、離れているのは辛い」
「過去を探そう」
「え、でも……」
私は学校に電話をかける勇気がない。そのままでいてと言っても意思は固かった。
「沙織のために伊藤さんのことを知ろう。そうしたら分かるかもしれない。頭の中で相手の心を考えても、悪い方向に傾くだけだから」
「そう、なのかな」
葵は自らを知らないと言っていた。それは正しいと思うけど、何かを隠している。彼女を外側から観測してそうな人。関係の糸をたぐっていたら、一人にたどり着いた。
「ちょっと行ってくる」
「うん」
私は廊下に出て、あの人のクラスに来た。
彼女は既に登校していて、小説を読んでいる。中に入り、正面にたった。
「話があるんだけど」
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「で、私のところに来たのか」
桂木のクラスから離れ、自販機の設置される中庭にいた。彼女は葵の友達だけど繋がろうとしない。踏み込み、葵のこだわりに迫りたかった。
「私のことは嫌いなんだろ」
私は頭を下げる。
「おい、やめろって」
「どうしても知りたい」
ヨークは自分で見つけろと宣言してきた。葵は幻想使いが近づかないよう監視している。それに、昨日の葵が忘れられない。まるで刃物を自分の首に当てているような錯覚を覚えた。
葵の違和感に決着つけないといけない。
「分かったよ。なら、すべて教えてやる」
頭をあげ手を握った。桂木は振りほどく。
「伊藤葵は『伊藤葵』じゃない」
それは記憶喪失を難しく、考えさせようと言ったかもしれない。
「伊藤葵は別の街で暮らしていて、お前の前にいるのは『三橋陽縁』だ」
「は?」
「三橋陽縁、桂木唯、桜庭麻衣、五十嵐沙織は前回に指輪で世界を変えた」
頭が追いつかない。伊藤葵は中身が死んだはずの三橋陽縁で、私も前に参加していた。
そんな訳がない。前に参加していたら覚えているはずだ。
「なんで冗談をいうんだ」
「これは真実だ」
「三橋陽縁は死んだじゃないか!」
「陽縁は『別の人間になりたい』と願って死んだ」
それが伊藤葵になる理由にならない。なぜ、私のいじめていた人間に成り代わる。虐めた相手は母親と私しか名前を知らない。やはり桂木は私を馬鹿にしている可能性がある。
「やっぱり、信じられない」
「これは真実だ。覚えていないのはお前だけだ」
彼女は腕を組んだ。肘は机に固定し、顔をぶら下げる。その瞳は怯える私に宣告した。
「これはお前の始めた物語なんだ」