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五十嵐沙織の混乱

 親は虐められていることが発覚してから強く抱きしめるようになった。腕を背中まで回し、右肩を涙で濡らす。ごめんねごめんねって謝るたびに適応しなかった私が悪いんだって責めた。今にして思えば不思議なことがある。虐めっ子を憎まなかったことだ。むしろ、世界の常識は私を貶して回っていると勘違いしていた。

 小学生の頃は天真爛漫で男子と遊ぶ娘で、正しい人になれると自負していた気がする。私が誰かに盗まれたら、ホームルームを長引かせた。。つまり、伊藤葵は社交性のなさを嫌悪したわけだ。最初は周りを見た方がいいと忠告してくる。私の方が正しいと振舞っていたら、靴を盗まれた。犯人探しをしても口を割らない。次は教科書が濡らされた。親に心配をかけないよう森に捨てたりした。当時は中学に上がれば周りも変わる。淡い期待にすがってしまった。そんなことで変わらないのに。

 田舎の小学校は近くの子供を集めて、人間関係を中学に持ち越す。中学一年生の二学期前で不登校になる。不審に思った両親は私の鞄を強引に開いた。


「あの、違いました?」


 私と同じ高校の制服に青色のパーカーを羽織っている。右手は紐をつかみ、犬に繋がれていた。


「これ、定期みたいですけど」


 伊藤葵が私の持ち物を持っている。鞄を前にしたら、穴が空いていた。


「わ、私のです」


 受け取ってポケットに直す。そこで、相手の素っ気なさに違和感を抱いた。少なくとも、彼女は私を殺してやりたいはずだ。それなのに、他人の落し物を拾ったような違和感がある。


「私の顔になにかついてます?」

「な、何もついてないよ」

「……」


 その違和感に答えが出る。彼女は正面の女性が五十嵐沙織だって気づいていない。今なら学校で鉢合わせしないし、切り抜けることに専念しよう。そう決まれば行動は早い。


「そ、それじゃ」

「ワンワン!」

「あ、ごめんね。うちの犬がうるさくて」

「伊藤さんやめて」

「え、伊藤?」


 口を閉じた。


「なんで私の名前を知っているの? 五十嵐さん」


 名前を呼ばれて乖離した。気を失いそうになるが、定期に名前が書かれていたと振り返り、立ち直る。


「ちょっと話そうか」

「は、はい」


 私と伊藤は踏切を渡って、近くの公園を目指した。ベンチは雨で汚れている様子はない。伊藤は何も敷かずに座った後、ハンカチを抜き出し、私を手招きした。


「ありがとう」

「いえいえ」


 伊藤は右手を胸の前に掲げた。


「ちょっと犬を遊ばせるね」


 リールのボタンを押したら、犬の紐が輪になって広がる。犬は首の自由さを察知し、公園の芝生を蹴散らしていた。彼女の握っているリールは長さを調節できる機械のようだ。


「この犬は私の住むマンションの番犬なんだ」

「番犬?」


 彼女は親戚が経営するマンションに住んでいる。格安でマンションを借りるかわりに、犬の世話や草むしりの雑用を押し付けられた。本日も学校帰りに、犬を小屋から出して道路を歩いていたようだ。


「犬カワイイよね。前はボールで遊んでたんだけど可愛くて」


 呑気に人生を語られてしまった。自分の心に薄暗いものが湧き上がってくる。紐を取り上げたら怒るだろうか。心から彼女の軽蔑を受けたかった。なぜなら、もう私には友達と家族がいるからだ。虐めれて気付いたのは人の薄汚さだけで、教訓はない。前のようにいじめられるのを当たり前だと思えない。むしろ、虐めた人間に同じ仕返しをしたかった。憎しみが首元まで迫ってくる。


「五十嵐さんは?」

「へ?」

「帰り道?」


 家の場所を知られたくない。


「友達の見舞いに行きます」

「五十嵐さんは偉いなあ」


 さて、と伊藤は右ポケットから何かを取り出した。それは赤色を基調にした手紙のようなものだ。シールを剥がし、紙を広げた。裏返し、仲間を足に寝かせる。


「あ、その紙」


 裏を表に戻して、中に書かれた文字を読んでいるようだ。


「何か?」

「いや、何でもないです」

「朝起きたらポストに入った。それより、私のことを分かるんだよね」

「えっと、どうかな……」


 彼女は胸ポケットや何かを収納する場所をなでている。私はボールペンをペンケースから渡した。ありがとうと感謝される。


「私のことを教えてくれない?」

「おし、え?」

「私、記憶喪失なんだ」

「記憶?」


 伊藤葵は顛末を語る。ある日、自転車を漕いでいたら対向車線から車が飛び出した。彼女の身体は吹っ飛ばされて、手足がぶらさがる。そこから記憶をなくしているようだ。


「ほら、でこの怪我」


 前髪をかきあげる。私に嘘じゃないと紹介しているようなものだ。


「本当なの?」

「本当だよ。記憶をなくしたというか」


 私は立ち上がっていた。目線が彼女を見下す形になる。腹の中がマグマのように煮えていた。彼女は虫が良すぎる。


「何も知らないとか、何いってんの?」


 そこから逃げ出した。引き止める声を無視する。普段の帰り道に戻り、私は家へ直帰した。親の指摘を聞かないふりをする。手洗いウガイより確認したいことがあった。

 2階の自室へ入り、勉強机に立つ。2番目の鍵付き棚を開けた。

 中は赤色の手紙を入れており、中身を開封する。


『あなたは世界を変えられるでしょう。その意思があるなら3階の空き教室へ遊びに来て下さい』


 読み上げて紙をカバンに入れた。

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