佐山すずと桂木唯
昨日のことは忘れたい。桂木は自分の娘と共に悪口を言っているはずだ。陰キャが私たちに取り入ろうとしていたとか、優しさを見せて誘拐をする気だったで、根も葉もない噂で貶められる。
自分に自信が無いから自己嫌悪が止まらない。できれば、今日は桂木のクラスを避けて通る。そして、周回にも顔を出さない。そもそもスーシャは私が自在に操れるんだから。
「あ、佐山だ」
逃げろ。
体を半回転させ、登校する人の反対を進む。
「あ、待って!」
追いつかれたら殺される。指輪を奪われて願いを勝手に決められてしまう。
スーシャは相手に当てられる。いや、時間がかかるし敵意が増大してしまう。早く逃げて安全に行きたい。そもそもスーシャの操りが露見して、引きずり出す。
「嫌だ。サバイブ速報のつながりは残したい」
サバイブ速報は私のすがれる唯一の娯楽だ。何をしても兄貴のお下がりと印象付ける。習ったピアノも兄貴が早かった。兄貴がコンテンツの提供であると振舞っている。私は私で好きを見つけたのに決めつけられてしまう。言い返せない私が残せるのはサバイブ速報だ。寂しさを紛らわせるにはサバイブ速報しかない。
「佐山!」
肩を叩かれた。気づいたら学校から遠いところまで走っている。来たことない道に、老人が背中をおって横切った。
「逃げることないじゃん」
「ごめんなさい」
桂木は体力があるから捕まってしまった。肩から手を離して息を整えている。そして、そのまま周囲を見回した。
「いやー、こりゃ遅刻だね」
「ご、ごめ」
「いいよ。サボろう」
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この状況は予想つかなかった。
天井は扇風機みたいなプロペラが緩やかに回っている。証明は程よい明るさで眠気を誘った。店の人々は大学生がイヤホンをしてノートパソコンを操作している。
「ここは疲れたところに通うところ」
桂木の趣味は喫茶店通いだ。学校の周りで珈琲の美味しいお店を通い回ったらしい。時間がある時に限られるから、一年経った今でも行けてないようだ。
「は、はぁ……」
「飲んで飲んで」
学校に遅刻の連絡を入れた。二人とも午後から登校する。今は背徳的な自由が約束されていた。店主も干渉しないから心が休まっていく。
「私は佐山にありがとうと言いに来たの」
「怒りに来たんじゃないんですか?」
「怒る?」
予想外のところから指摘された。そんな顔は偽ることができない。桂木は俳優志望じゃない。
「私のお母さんは変な子供と遊ばせませんでした。貴方も同じで嫌悪すると勘違いしてた、みたいですね」
1ヶ月ぶりの炭酸を口につける。喉元に泡がひっついて幸福に包まれた。
「佐山って面白いね」
誤解してたよ。そう言いながら背もたれに体を預け、足を伸ばしてるみたいだ。
「私も桂木さんが意外でした。陰キャに厳しいイメージありましたから」
「陰キャとかどうとかどうでもいいかな。誰か私がそう判断するって言ってるの?」
「いや、沙織さんに強く当たるから」
「沙織が陰キャみたいじゃん」
私を嫌悪していない。余裕を持った態度て大人の対応を繰り広げている。
信じていいのかなとコップの側面を撫でながら、目の動きを観測した。
「沙織は自分のやったことに気づかないから嫌い。そう望んだとしても、発言の責任は持つべきだ」
「伊藤さんのこと?」
「アイツらの話はいいよ。それよりも次女のことありがとう。本当に助かった」
「鍵が見つかって良かったです」
「あの後、ちゃんと怒らなかったから!」
机に目を落とし、スカートの裾を摘んだ。
「出過ぎた真似をしました」
「謙遜しすぎ。まあ、構ってやれない私が悪いんだけどさー」
家族の愚痴が語られる。昨日は違う視点で桂木家の側面に触れた。キャラだと思っていた相手が受肉していく。それは人であり、家族という生きた証があるということ。生きている人間がいた。それを知ったら、私はもう何も出来なくなってしまう。いや、すでに何も出来ない。
「ごめんなさい。桂木さん」
「話つまんなかった?」
「桂木さんのところ、スーシャがやけに来ませんでしたか」
「うん」
「私はスーシャを操れます」
暴露したかった。もう桂木が私の株をあげていることを察知できる。だからこそ耐えられない。今なら嫌われて終わるだけだ。
「何で言ってくれたの」
「貴方を誤解してました。目立って、慕われてて、主人公のようなあなたを妬んでたんです」
泣いたらダメだと、ほほに筋肉を使って、集中した。
「私は主人公になれないから、物語の語り手になれないから、語れている貴方や三橋が嫌いでした」
心を開くって胸が痛い。受け入れられてほしい、そんな感情を捨てたから、なおさら終わりが見えなかった。
「だって、そうしないと何もなかったから! 何かを会得しようと努力なんてしたことないから……」
店内が1人でよかった。イヤホンを外していないし聞こえていないようだ。
「私も主役なんかじゃない」
陽縁が立場を結んでくれた。腕を擦りながらいう。
「家族の家事ばかりで誰とも遊べなかった。付き合いが悪いから亀裂が走るし、うちが貧乏だって同情されたくなかったの。でも」
「……」
「陽縁だけがまっすぐ見てくれた。それに応えているつもりだった。つもりだったんだけどね」
「桂木さんは何の願いを叶えたいんですか」
「五十嵐沙織の記憶が戻ることかな」
彼女は沙織の真実を教えてくれた。あまりの内容に唖然とし、喫茶店で聞く話なのか狼狽する。
「だから『伊藤』が引っ付いているんですか」
「私は五十嵐へ動こうと思う」
頷かれる。
「佐山。スーシャは止められないの」
「私はサバイブ速報の添付メールを受け取ってるだけなんです」
「サバイブ速報か……」
「何か?」
「いや、何でもないよ」
テーブルの半分に肘を置いた。
「サバイブ速報のスーシャを調整するのは辞めてくれ」
「はい」
「これで多少はマシになるかな。だとしてもわスーシャが作られているという事実は変わらないけど 」
桂木は前にも参加したことあるからと最後に付け足した。