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佐山すず

佐山すず編です。

「本当によかったんですか?」


 佐山は私が沙織たちと帰らなかったことに罪悪感を抱いている。


「うん。私が手伝いたいだけだから」


 私は沙織たちの三人で帰ろうとしていた。その時、佐山が授業で使われたであろう本を教員室まで持っていた。距離は一つの教室分で、佐山は自身で手一杯で、沙織も三人と話し込んでいる。外側にいる私は気づいて、体が勝手に動いていた。

 彼女の荷物を運ぶことにする。


「佐山さんと話したことなかったし」


 格好は規範的な生徒そのものだ。赤い眼鏡をかけて前髪は真っ直ぐに揃えてある。眉は押し込めたように中央へ寄るし、髪の毛も風紀検査に引っかからない長さだ。肌が白く不健康に骨の出た足が横切った。


「私の名前、わかるんですね」

「だって集会にいたもん」

「人気者は私のような人の名前も覚えなくちゃいけないんですね」

「え?」


 彼女の教室は沙織がいるクラスの横だ。授業の進行具合はあれど大方な差異はない。姿見の鏡は学生を右から左へ写していた。踵を踏むものや中に入れていたシャツを外に出すもの。服は他人の個性を出し切る。


「佐山さん」


 不健康な足が膝を見せる。


「あ、あの?」

「ちょっとだけ話をしてもいいかな」


 露骨に警戒されていた。おそらく私の名前と出会いを喪失している。残っているのは沙織の隣で歩いていることだけだ。


「なにかしましたか?」

「佐山さんは何もしてない。いや、なにかしたのかも」

「ごめんなさい」

「そんな切迫しないでよ」


 謝る癖がついていた。申し訳ないけど、必ず捕まえたいと気持ちが勝る。

 あの情報は偽物だった。ガセネタで心のゲージを貯められない人が増加した筈だ。心のゲージは明日を生きるための活力に変わり、膨らんで世界を変えられる力を保有する。世界を変えたければ自分を被るしかない。

 世界を変えられるとは、想像中の願いは叶うということだ。燃料として代償はいる。問題は指輪の保有者が実現性を先入観で狭め、可能性を解放できないことだ。願いに倫理観なんて度外視される。だからこそ、真の願いは慎重に選ぶ。私が選んだように、佐山も迫られる。


「着いたよ」


 そうこうしているうちに教員室へ到着する。先生に荷物を届けたら、次の課題を渡してきた。それは次の授業で使う機材だ。それを佐山や沙織たちと違うクラスに届けろというもの。


「先生。使い勝手が荒いですよ」

「伊藤は聞いてないのか。佐山は忘れ物の常習犯で、反省させているところなんだ」

「あ、そうなんですか……」

「伊藤さん。私は見た目の割に馬鹿だって思ったでしょ」

「い、いやいや……」


 勉強できそうな振る舞いを忘れていない。


 それでも話の本質に触れていない。先生は注意したが、そのまま協力することにした。


「それで、話とはなんですか?」

「えっと」


 ヨークみたいに切り出せない。と言っても、彼も仕事で動いているだけだけど。

 そもそもヨークの人柄を鑑みれば分かっていることだ。私たちを貶める扱いをしない。大人は円滑に回る10代のコミュニケーションを掌握することなんて絶対にできないからだ。


「指輪のゲージは溜まった?」

「それを答えなきゃダメですか」

「いやいや、深入りする事情じゃなかったね。ごめん」


 私は専門家じゃないから心の入り方が噛み合わない。関係の無いところから入って、本題に変わろうとした。でも、敵意がないことを知らせたかった。


「それよりも、佐山さんはガセネタのことを知ってる?」

「ガセネタ?」


 彼女が開示した偽の情報を思い出させる。すると、目線を合わせてくれなくなった。


「佐山さん?」

「ごめんなさい」


 そのまま微動だにしなくなった。ただ俯いてつむじが分かる。


「いや、その事で怒ってないよ。ただ誰から聞いたの?」


 ネットのニュースでとか細い声で囁いた。


「どこのサイトとかわかる?」

「分からない」

「履歴にも残ってない?」

「どうして、そんなことを気にするのですか?」


 沙織の願いを叶えるためだ。彼女は彼女のために願いを果たしてほしい。そのために私は関わっているわけだし、生きている理由だ。そのためには過剰にでもなって失敗の可能性を潰したい。

 前回は指輪を奪おうとスーシャは躍起になっていた。あのバケモノは私たちの願いが強いほど偶然に湧いてくる。大人には見えないバケモノを対処はない。


「サバイブ速報で情報を知りました。だから、そんな怖い顔しないでください」

「知ってるじゃん」


 携帯を取り出して調べた。サバイブ速報の存在は知っている。ただ願いを叶える障害かどうか判断したい。


「あっ」


 都市再開発計画の記事が出てきた。この街は世間の注目が集まっている。時代遅れのならず者を排除する動きと、正しさを全面に押す市役所。

 この内容を私は知っていた。今の状態に変わるまでの過去の記憶だ。

 この記事は自分を保てなくなってしまう。


「さいかいはつ……」

「三橋家は何やっているんですかね。やってることは最悪ですよ。みんな言ってます。生活をどうするんだって」


 彼女も被害者なのか。正しいと思っていることは理解されない。

 頭痛がする。 


「教えてくれてありがとう。でも、もう分かったから。いいよ」

「えっ」


 いけない。

 そう思って顔を上げる。

 佐山は目元を濡らし歯を食いしばっていた


「ごめん」


 佐山はそう言ったら逃げていく。

 後悔は泣き顔を見て知らされる。どうして我慢ができなかったのだろう。結局は私の残忍性を隠すことなんてできなかった。この残忍性をばらしたくないから正しいことを優先していたのに。

 人を傷つけてしまう。だから、伊藤葵なのに。

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