サバイブ速報
昼休みの月曜は休みたい気持ちを隠して過ごす。生徒は退屈そうに授業を受けるから怠惰が言葉とともに感染して停滞する。早く授業が終われと念じながら昼休みに救われていく。死んだ目をした学生を避けながら、空き教室に進んだ。隣には葵が険しい顔でついてきた。あの2人には用事があるとだけ伝えてきたけれど、今度埋め合わせしないといけない。自分のことばかりで友達をおろそかにしている。
「開けるよ」
葵は片手で扉を開ける。
中でヨークが紅茶を飲んでいた。彼の周りだけ洋風の飾り方がされていて、和風の教室に合わない。雰囲気が喧嘩する図中で、白いティーカップを手にして、昼を嗜んでいた。
「ご飯は食べたのですか?」
「その前に質問がしたい」
発言の機会に恵まれなかった。隣が勢いづけてまくし立てるから、頷く機械に徹する。
指輪を奪い合えば願いを叶えやすくなるということ。その情報はグループ全体に行き渡り、指輪の保有者が拮抗していた。指輪を譲渡できず、彼の手に戻ってきたこと。
「噂が出回ってるんだね」
ルールから語られていないことだ。だからこそ、問い詰めるのに勇気がいる。もし、噂が本当なら裏切られた気分になる。彼の人柄を信じた訳じゃないが、傾聴してくれた姿勢が嘘じゃないかと疑ってしまう。そう、勝手に試されたという裏切りだ。
「それガセだよ」
「そんなあっさり言うんだね」
カップを手放し、白手袋を再度装着する。いいかい、と人差し指と中指を上に立てた。
「情報は『誰が言ったのか』を知るべきだ。そして、わからないことは聞く。それをしれた教訓だね」
情報は誰が言ったら得をするのか。それも付け加えてねと言いつつ、昼ごはんを片付けている。
「カッコつけるのもいいけど、嘘なら先に言ってよ」
「ごめんね」
「そんなあっさり謝られたら困るよ」
これでガセネタは潰せた。指輪は奪い合う必要がないし、己と向き合ってゲージを貯めることに専念できる。張り詰めた心が弛緩した。と、同時に不快な思いが掛けてくる。
「ガセネタに騙されたんだね」
「ねえ、沙織。誰が言い出したのか見せて」
「まあいいけど」
葵は神経質になっていた。咎める理由がないから端末を開き、グループをたどっていく。他愛もない雑談を抜けたら、そこに道は開かれる。
「言い出したのは『佐山』さんか」
経緯はこうだ。佐山さんが情報をリークする。情報源は記事に乗っていたと書かれていた。
「佐山さんも騙されたんだね」
彼女も情報の被害者だ。
「ヨーク。この指輪はほかの場所でも起きているの?」
葵はガセだとわかって強く出ていた。彼女の言うとおりに頭を使うよう切り替える。
「起きている」
「隣の高校でも起きている?」
「不定期に開催されている。同時期や間隔の近い場所もあるね。必要な人間に指輪は選ばれる」
「葵。何を気にしてるの?」
「指輪を奪われることかな」
指輪は価値のあるものだから。そういう彼女は私のために指輪を酷使した。
「あ、グループに嘘だったって広めるね」
グループに情報を拡散した。反応したのは桂木と三橋だけ。
とりあえず、私たちは鐘の音とともに教室へ帰る。
▼
放課後になり、私たちは帰宅する。今日は麻衣と美佳と三人で帰っていた。どうやら葵は別件の用事があるらしい。
「なんか久しぶりじゃない?」と美佳。
主に私が離脱していた。彼女達に謝罪は求められていない。
「ねえ、沙織さ。伊藤さんと順調なの?」
「じゅん……? まあ、仲良いかな」
彼女とは波長が合う。個人的に決めつけて始末事柄を打破してくれた。今回だってガセだと披露してくれている。
「昨日も一緒に帰った?」
「麻衣、どうしたの?」
「いやね。ちょっと気になることがあってさ」
麻衣はカバンから携帯を取り出し、電源をつけた。なにかタップして、その文面を読み上げる。
「沙織の住む地域に通り魔が出たらしい。何かフードをかぶった人間には注意してってさ」
フードをかぶった人間に心当たりがあった。幻想使いはスーシャを蹴飛ばすから奇異に写る。
「そういえば、麻衣の体調は平気?」
「何のこと?」
「ほら、倒れたじゃん」
「ああ。何にもなかったよ」
あの霧は指輪を持っていないものに見えない。その確信が取れたとき、端末をそのまま渡してきた。読み上げろということか。
「これがサバイブ速報っていうやつね」
「いうやつって」
サバイブ速報は見やすいサイトだった。得たい情報を的確に提示してあり、収益も良さそうな場所だ。記事を目で追いかけつつ、下にスクロールしていく。
記事の終わりに記者の名前が書かれ、下に移動する。
「あれ?」
関連記事に『指輪の所有者たち』という中身がある。概要欄はヨークに説明されたことを歪曲して書かれていた。指輪を持つものを断罪しろという傾いた内容だ。上に戻す途中、記者の名前がまた目に入る。
「スーシャ?」
記者の名前はスーシャとされていた。
「ねえ、麻衣。記者の名前なんて書いてある?」
「美佳はどう見える?」
「え、私? えっと、戸川」
関連記事に飛ぶ。
グループに流れたガセネタが記されていた。彼女ら2人には見えていない。
サバイブ速報という形が角のある悪魔に幻視した。