三橋翔の失敗
土曜が来る。
「やっぱり帰らない?」
「もうバスに乗ったし。遅いの言うのが」
「だってー」
私と葵は彼の口車に乗せられていた。2人とも、彼の条件を飲むために遠出する。行かない選択肢もあった。罠だったら伊藤が逃がしてくれるだろうと対面に踏んだ。
指輪の所有者は表面上のやり取りはするが、噂が流れてから交流も減っている。
「お、来たか」
彼は制服姿で出迎えた。教室は着崩してボタンを外している。しかし、今日は優等生みたいに眼鏡をかけて髪を固めていた。
「そんな畏まるの」
「俺にとって一大事だから」
駅からバスが出ているから、それで行くと案内される。
「そういえば、三橋くんはどうして幻想使いといたの」
「見てたのか」
「沙織が気づいたんだよね」
三橋翔は自分を強くしたいようだ。ショッピングモールで一方的に嬲られた。だから、幻想使いの身のこなし方を学び、スーシャから脱するつもりらしい。
「桂木さんは?」
「何でもスーシャに狙われる確率が増えたらしい。幻想使いは追い払えるからおんぶに抱っこだな」
「スーシャに狙われているってことかな」
「桂木は佐山に睨まれたって喚いてたな」
バスは到着し、三橋家の墓に参上する。
立派な面構えだった。前月に人が来たのか花が添えられている。
「やっぱ汚れているな」
「こんな綺麗なのに?」
「翔。掃除するよ」
「了解。……伊藤さん」
墓の掃除はふたりで手分けした。葵は墓の草むしりと枯れた花を取り替える。三橋は持ってきた水を開けて名前に頭からかけた。勝手の知らない私は私は箒で土を外に避ける。
「俺の願いは姉貴に謝ることだったけど、許してもらいたくなかった」
彼は墓の石を輝かせていく。その瞳は遠くを見つめて、この世を見ていない。
「姉貴は将来のために完璧を貫いた。家族は教育を過程だと軽視して、爆発させちまった」
彼は骨になった姉へ懺悔を語る。その耳は雲よりも高いところにあるから、言葉は風船のように固められない。
「姉貴は期待に答えようと頑張っていた。俺は媚びているように見えたから嫌悪してた。今にして思えば、プレッシャーに嫉妬していた」
線香を筒に通した。先に付けられた火が煙となり匂いが香り立つ。
「あの時手を伸ばしていれば変わったかもしれない。そんな後悔をしてるよ」
その腕の二つが感覚を狭くする。手のひらが胸の前で合わさった。彼は香りの中に祈る。
「姉貴を蘇らせたいわけじゃない。そんなのは俺の傲慢で、彼女をまた地獄に突き落としたくない」
彼は姉が死んでから1回忌にも顔を出せていないようだ。家の天井や庭に隠れていると錯覚していた。死んでいないと思えば心が開放されたようだ。しかし、その夢を自らの意思で断ち切った。
「だから、墓にさえいく勇気があればよかった」
「分からない。なんで私たちを誘ったの」
合掌は終わり、曲げていた膝を伸ばす。膝の砂を片手で払っている。まだ後ろを向いているから顔が読めない。
「伊藤さんは姉と深く関わっている。だから、来てほしかった。あんたがいれば俺は勇気が貰える気がした。だから、指輪で誘導した」
続いて、私は手を合わせた。彼女の魂は漂っているか転生している。どちらにしろ、報われる浄化を祈った。
学校の主人公を毛嫌いしていた。それは私にない輝きと完璧を両方保有していたからだ。でも、裏面を知ってしまった。悲しいと言わないが、当たる言葉は悲しいだ。同情だけが第三者の力だった。家族に完璧を求められる屈辱。選択肢がたくさんにあるようにみえて自由のなさ。その痛みは必ず共感できないし、それは無知ゆえの失礼になってしまう。だとしても、形式的な祈りに頼る。
「伊藤さんに言いたいことがあるんだ」
「なに?」
手を合わせた。身体を起こして、墓の階段を降りる。
「姉貴は俺のことをなんて言ってた?」
伊藤は即座に答えた。
「勉強しろ」
彼は腹を抱えた。歯の隙間から低い声が出ている。体を縮めても、笑顔だと判明した。
「沙織も手を合わせなくていいのに」
「何となく手を合わせた」
「そう」
さて、と彼はポケットをまさぐる。そうして、指輪を出した。
「本当にいいの?」
彼は手の甲を空に、顔の前に持ってこられる。針を胸に刺したような緊張が肌で感じる。
「もう少しで願いは叶うんでしょ」
「指輪を使わなくても叶った。あんたの願いはどうであれ、俺の指輪を使ってくれ」
指輪には重みがある。沙織が守ってくれた優しさと、三橋翔の決別。その二つを経験して、特別になれるだろうか。
「さあ、あげる」
指輪は私のところに落ちて、弾けた。
「え?」
三橋は手を戻し、手のひらに指輪があることを確認する。
2回も試してみた。しかし、彼の心から離れようとしない。
「俺はお前にあげる意思がある。なのに指輪は働かない」
「ヨークへ話を聞きに行こう」
葵は提案し、月曜日に問い詰めることを決めた。葵は三橋の家を拝むどころか掃除だけして関わろうとしない。咎めるのも距離が掴めていないし、隣で謎の種が心に植えられた。