カレー
レジ袋を手のひらからぶら下げた。中の食材が重みで揺れている。中の肉が傾いてないか不安だ。
夕方のスーパーは主婦たちの戦場だった。彼女らは安売りされた惣菜や野菜を俊敏に手にする。その選ばれた食材から献立を立てていた。台所の連勝者が移動し、借り尽くされた畑で食べ物をかごに入れる。この熾烈な戦いを葵は目撃しない。というか、お菓子を勝手と催促されてしまった。板チョコと細長のお菓子を購入する。お金は彼女が払ってくれた。
「カレー食べたい」
「今から作るって」
「やったー。美佳に自慢しよ」
「本当に仲いいね」
結局、彼女の提案を受託した。彼女の晩飯は管理人さんが作ってくれている。なら、管理人が作ってなかったら飯抜きということだ。それを由とする空気があるから、栄養失調で倒れそうで怖い。
「そんなに日雇いしてるの?」
「うん。生きるにはお金がいるから」
金が生活を回すという、社会常識は持ち合わせている。少なくとも、お小遣い制度の私よりも働いているから偉い。
食材だって彼女の奢りだ。
「自分の生活で働いているから格好いいよ」
「えへへ、そうかな」
スーパーから彼女の家は近かった。5分もかからないで見えてくる。その指差す方向は寂れた二階建てのマンションだ。二回の廊下は足を通せそうな間隔で手すりがある。2階に上がって奥はゴミがあり、彼女の家じゃないことを祈った。
1階は自転車と植木鉢が放置されている。
「ここに住んでるの?」
「2階にあがるね」
上がる階段が工事現場で使われてそうな赤色の鉄だった。黄土色の壁を横に登り切る。そのまま迷うことなくゴミの家で立ち止まった。
「掃除から始めようか」
「中は綺麗だよ」
「掃除しないなら帰る」
「あーっ、待って」
入口は整頓されていた。台所は荷物置き場に使用されている。布団は床の定位置に設置され、シーツを洗っていない。
「冷蔵庫借りるよ」
食事の前に運動をした。
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彼女は不要物をタンスの中やベランダ前に追いやっている。それだけを掃除とは呼ばないから、新品の掃除機や雑巾で床を輝かせた。
もう夕方だから布団は干せない。休みの日は自分でやるように指示した。
「はあ、疲れた」
「お疲れ様」
冷凍庫から棒アイスを引っ張り出す。食事前だし、肌寒い季節に適していない。でも、彼女が美味しそうに食べているから、ヨダレが出てきた。
「ありがと」
アイスは甘いみかんの味がする。
「沙織ってお母さんから料理を学んでるの?」
食事の栄養が一日の活動を決める。何も食べないことの万能感も楽しいけれど、高校に入ってから体力がなくなるだけだった。
「一人暮らしに必要かなって思ってる」
「一人暮らしするの!?」
「高校を卒業したら」
母親は一人暮らしに気を揉むが、高校で迷惑は終えたい。私の弟が入れ替わりで高校生になるから、金銭面の負担は減らしたい。
「葵は一人暮らししてるよね。羨ましいよ」
「えへへ」
「ここまで生活が死んでいるとは思わなかったけど」
部屋の喚起は行っていて、食事は用意を済ませている。
彼女は食材を切ってくれた。味付は私の手腕で完成させる。
カレーの鍋はルーを煮込んでくれている。揃っているのに使わない。これでは道具の持ち腐れだ。
「ねえ、沙織」
「なに?」
窓を閉めたい葵は横を通って戸に手をかける。汗ばんだ匂いがした。
「どうして私をご飯に誘ってくれたの? 今日もわがままに付き合ってくれたりとかして」
「ご飯も今日も罪悪感」と、いうことにした。
「罪悪感か」
「あと一緒にいたらなにか思い出すかも」
「優しいね」
アイスが終わり、ゴミ袋に収める。
ふたりは御飯を注ぎに台所へ行った。皿を借りて食事する。
「いただきます」
「うん」
そういえば初めてだ。友達にご飯を振舞ったこと。今までのふたりとは距離があるから家で遊ばない。むしろ、私が麻衣の家へ泊まりに行くぐらいだ。母さんは美味しいと褒めてくれるけど、友達はなんていうだろう。
「おいしい!」
「ほんとう?」
彼女はスプーンを口と皿で交互に動かす。作った料理を食べてもらえる。これは癖になるかもしれない。
「いつも作って欲しいなー」
「いや、今度からは自分で作ってね」
「かなしい」
「SNSにレシピ送るから覚えようか」
納得いかない顔でカレーを混ぜている。明日さえ台所に立たない気だ。また監視に通えばいい。
「ねえ、沙織。時間は大丈夫?」
「あ、そうだ」
携帯で母親の電話にかけた。対面する葵に断りを入れて廊下に出る。母は私の帰りに叱ってきたけれど、友達といると打ち明けた。引っ越してから長い間も遊んでいない。そのことも含めて気が気でないはずだ。それでも、今の環境は楽しいから持続させたい。このまま宿泊したいぐらいだ。
「うん。わかったじゃあね」
「大丈夫?」
「うん」
ついでに携帯の通知を確認した。すると、三橋から連絡が来ている。
「あ、三橋くんから連絡だ」
「ナンパの誘いだよ。逃げて」
「葵うるさい」
彼の内容を押す。すると、こう書かれていた。
『お前に指輪を渡したい』
そのまま葵に見せる。凝視する姿勢と生活力皆無の彼女が同一視できない。
「怪しい」
「探りを入れるね」
スマホで文字を打つ。
『理由がわからない』
『二人には助けられた。指輪はお礼として受け取ってほしい。その代わり、俺にも願いがある。その手伝いを伊藤と共に参加してくれ』
『何するの』
『姉の墓参りだ』