9話 サイドカー『雪風』 1話
『サイドカー』
二輪の車体に側車を付けて、安直に三人を乗れる様にした代物。
自動車やバイクが左側通行の日本の場合、サイドカーの側車はバイクの左側にセットされるのが通例だ。
そのサイドカーには、ちょっとした格言じみたモノが有る。
『二輪の軽快さと、四輪の安定』
タイヤが三つ有るサイドカーなら、一見、なるほどと思わせる言葉だ。
だが、この言葉の裏返しの格言も存在する。
『二輪の不安定さと、四輪の鈍重さ』
だったりする。
説明するなら――
まずサイドカーはコーナーを曲がろうとする時、基本、フロント・タイヤのみで曲がる。
二輪のバイクの様にバンク出来ない、しない、サイドカーは四輪の様にフロント・タイヤのみで曲がる乗り物だ。
そこを踏まえつつ、サイドカーのもうひとつの特性での曲がり方が有る。
サイドカーが直線で加速しょうとする。
駆動輪はバイク側の後輪のみだ。
当然、側車のカー側は慣性の法則で中々スピードに乗ってこない。
どうなるか?と言うと、バイク側が側車側へと曲がって行くのだった。
ゆっくり、ジンワリ、加速すれば、そうは問題無く走ってくれるだろうが、急加速を行なえば行なうほど、コノ側車のカー側へバイクが引張られる現象が起きる。
そして、この場合の対処方法は、側車側へと引張られるバイクを直進させるために、ハンドルを右へ適量向け、フロントタイヤで対処する。
じゃあ減速はどうなるか?
加速時と真逆の事が起きる。
バイクは前後のタイヤのブレーキで減速をするが、側車のカー側はブレーキが無いので、そのまま進もうとする。
結果、減速時はバイク側へとサイドカーは曲がろうとするのだった。
これは特に、ハイスピード時に急ブレーキを掛けたなら――……
サイドカー初心者が事故る、一番の原因がコレだと言える。
だが、これらの特性を生かしてコーナーを走るなら、サイドカーは別物の乗り物となる。
キツイ左コーナーは、過剰気味にアクセルを開ければ加速して、側車を重しの様にバイクはクルッと回り、コーナーをクリア出来る。
そこでアクセルを戻しながら一発ブレーキを調節入れ、サイドカー全体をバランスさせてジンワリと加速する。
ただし左コーナーの場合、やり過ぎると側車が遠心力で浮いて、事故る。
キツイ右コーナーは、ブレーキを上手く使えば、まだ動こうとする側車がクルッと車体を回してくれる。
コーナーをクリアすればブレーキをリリース&アクセルを開けて加速、側車の慣性の動きを加速で打ち消し、前へ。
ただし、右コーナーをコレで行こうとするなら、バイクのエンジンがそれなりのパワー&トルクが無いと無理だし、やり過ぎると側車が暴走してその場でスピンをする。
これらがサイドカーの面白みで有り、危うさだ。
どんな乗り物とも違う、サイドカー独特の乗り味だと言われる。
ちなみに付け加えるなら、側車に人を乗せて居る時&その側車にシートベルトが無いなら。
急ブレーキを掛けてはいけない。
側車に乗って居る人が、前方へと急ブレーキで飛び投げ出される。
これは旧日本軍で、サイドカーの側車に乗って居る威張る上官へと、良く為された悪戯行為だったりする。
僕のサイドカー『雪風』は、例の色々なバイクを出している『変態』と言われるメーカーが作ったモノだ。
だからって、僕の雪風も変態サイドカーとは呼ばないで欲しい。
その呼び方って、物凄く理不尽だと納得出来ない。
雪風のエンジンは、水冷660CC、三気筒、DOHCの4バルブ、吸気側のみの可変バルブタイミング。
で、ターボの過給エンジン、インタークーラー付きだ。
コレ、実は、四輪の軽自動車の流用だったりする。
ターボーのサイズやEFIのセッティングETCは、二輪用に変えてはいるらしいが、基本はそのまんま軽自動車と同じだったりする。
たぶんメーカーの誰かが――
このエンジン、バイクに使えねべか?
どうせ使うなら面白いモノに使えねべか?
軽・自動車のエンジン、四輪、二輪、三輪……
ああ、日本のメーカーでサイドカー出している所、無かったべさ。
やってみるか?
おおおおおお、やってみるべえぇぇぇ。
――てな感じで作ったのだと思ふ、あのメーカーだものなあぁ……
TVのデジタル・ボタンでの天気予報が、これから天候が大荒れになると注意勧告をしていた。
僕はまずペナペナの中綿入りの防寒上下を着込み、上着のスソをズボンのウェストの中へと入れていた。
コレをするか、しないかで、暖かさがまったく違う。
この表面がツルツルの滑る素材の上下を着込み、それから本番の分厚くゴツイ防寒着の上下を着る。
この組み合わせで、真冬の北海道でもバイクに乗って寒いって事は、まあ無い。
さらに使い捨てカイロを数個、内ポケットに入れる。
どんなに防寒を完璧にしても、運動で発熱しないライダーは、やっぱり何所かで体温を持って行かれる。
その熱を補充しないと、気がつけば身体が時間を掛けて冷え切ってしまう事が有るから注意だ。
暑いのは脱げばいいが、寒いのは簡単には対処出来ない。
寒さを感じながらの長時間走行は、絶対止めた方がいい。
バイクを止めた時に凍えた身体で左足が動き出ずに、バイクごとバッタリ倒れる事だって有るんだ。
寒くて事故りましたなんて、ライダーとしてとても恥ずかしい事だと思う。
最後にネルのマフラーを首に巻き、マフラーを引張って顎をカバーする様にフルヘイスのヘルメットへと押し込む。
そして顎ベルトを締める。
これで身体の肌が剥き出しになった部分は無くなり、僕の防寒仕様は完了だ。
後は雪風で走り出すだけだ。
住宅街の生活道路から幹線道路へ、そこから郊外へと向かう国道へ。
真冬は自転車が居ないから気楽だけれど、それ以上に、行き成りの減速からの形だけウィンカー出しの車が厄介だ。
夏のアスファルト路面とは比べ物にならないグリップの路面、ブレーキも回避の曲がりも、『急』の付く動きは不可能だから。
真冬の雪道はたいていガタガタの路面だ。
降り積もった雪が四輪のタイヤに踏み固められて、氷の様に為る。
尚且つ、その氷路面がタイヤに削られて、砂利道じみた氷の路面になり、四輪のタイヤの浅いワダチまで有る。
冬道で、FRの後輪駆動の車に乗る人は、根性と気合が有ると尊敬する。
さて、僕の乗って居るサイドカーの『雪風』だけれど、変態と呼ばれるメーカーが作るだけ有って普通じゃない。
スリーホーイールドライブ、3WD、三輪駆動だったりする。
フロントはアールズフォークで電気モーター駆動。
リヤはチェーンでは無くシャフトドライブ、四輪と同じだ。
側車はミッションのリヤ駆動をするデフからパワーを分岐している。
そして、それらのタイヤ三つの外径は全て同じになっている。
サイドカーでの二輪駆動モデルは、実は普通に存在する。
その場合の二輪駆動は、シャフトドライブ・モデルのリヤタイヤ部分のデフから動力を取り出し、側車側へと真横にコレまたシャフトドライブを伸ばして、側車のタイヤを回す。
つまり、バイクのリアタイヤと側車側のタイヤが真横に並ぶ構造になって居る。
で、この二輪駆動のサイドカーはバイク用の免許では無く、四輪の普通免許が必要で、バイクの免許無しで乗れたりするのだった。
ナゼだ???
なので、この雪風も普通免許で乗って居るのだった。
せっかくバイクの大型を取ったのにぃ……
珍しく天気予報の通りに、天候が荒れ気味になって来た。
横殴りの強風が郊外の国道を叩き抜ける。
北海道の郊外はたいていは見渡す限りの田んぼで、冬とも為れば白い雪原になっている。
降り積もった雪がまだ固まっていなくて、そこへ強風となると、起こる現象は地吹雪だ。
雪原から強風に吹き上げられた雪が、雪の嵐となって叩き付けられ、道を、視界を、真っ白に埋め尽くす。
普通に吹雪き、ソレともまた違った視界の利かない状況が現れる。
昼間なのに道路を走る車がライトを点けて走っている。
ただし地吹雪は吹雪きと違い、空間の全てを埋め尽くすのでは無く、埋める高さが乗用車を飲み込む程度が多い。
強風も吹く波が有り、時折、視界がそれなりに利く時も有るのが、吹雪きとの違いだろうか。
それら故に、ガソリン・スタンドの高い看板は見えたりするのだった。
僕は峠前、その農協の黄色い看板の、最後のガス・スタンドへと滑り込んだ。
今時のスタンドは農協でも無人に為って居る。
可愛い女の子は居ない、イヤ、居ても農協だからオッサンか、せめてイイ感じの等身大のポスターくらい欲しいっ。
季節感を無視していても、欲しいっ。
てな、アホな事を思いつつ満タンにする。
北海道は内地と広さが違う。
地図の縮尺を確かめて欲しい、桁がひとつ違うはずだ。
なのでガソリンの給油はチャンスを逃すな、だったりする。
場所によっては本当にスタンドが無く、リザーブで青くなりながら省エネ走行をする事も起こり得る。
特に、オフロードのタンクの小さいバイクは要注意だ。
時間で閉まっていたスタンドで野宿して、朝に開くまで寝ていた人間の経験なのだった。
トイレと水、有り難かったです。
再び走り出し、満タンの燃料が心強く走らせ続け、やっと峠へと入る。
峠まで入ってしまえば地吹雪の影響はさほどでも無く、視界が有る程度は利くのが有り難い。
ただし、前を走る車が居ると、その車が巻き上げる雪がバカにならない。
走る車の後ろは空気が薄くなる現象が起きる。
自然は平均化しようとするのが法則なので、負圧の空間に周囲の空気が流れ込む。
結果、路面に降り積もった雪が大量に舞い上がるのだった。
軽い雪は簡単には舞い降りず、そこそこの時間、走る車が作り出す空気の動きと共に舞い続ける。
そんな後ろを走ると、視界は悪い。
前方の車とそれなりの距離を取っても、悪い。
雪国ならではの、しょうも無さだけれど、悪いっ。
前方の車を見詰めつつ、お前が悪いと言い、自分も同じ事をしているのだった――
3WDの雪風は雪道の路面にも関わらず、グングンと前へと進む。
進むのだが、雪道ではアクセルを不用意に大開度で開けると、タイヤのグリップ力がパワーに負けて滑る。
バイクのエンジンは普通、大排気量でも無い限り、回してナンボ、回さないと何コレ、なのだが、雪風の場合はまったく違う。
元々が自動車用のエンジンでセッティングの狙いもそのままと為ると、トルクの出方がバイクのエンジンとは違っていたりする。
今の時代の重い、1トン近い軽の重量を動かすセッティングは、最大トルクが3500rpmくらいで最大と為る。
おまけにターボでトルクもパワーも割り増しされている。
その車に丁度良いエンジンがサイドカーに積まれているんだ。
660CCとは言え力不足なんて事はまったく無い。
さらにはフロントタイヤを駆動する電気モーターの存在も有る。
電気モーターの場合、低回転でもモーターの最大トルクが出ている。
雪風車載のCPUユニットが、センサーからの走行スピード、全てのタイヤの回転状況から、フロント・タイヤをモーターでどれくらい回すかを決めて、最適回転をさせる。
そのモーターの回し方も、常に一定電流を流すのでは無く、パルス的に電流を使い省エネをしつつ、鼓動の様な駆動の周期も付け加える。
路面へ対するタイヤのグリップは、定常で回転するよりも、鼓動の様な波が有った方がグリップが良かったりするのだった。
付け加えるなら、フロント・タイヤも駆動輪とする雪風は、通常のバイクのテレスコピック・フォークでは無い。
アールズフォーク、鋼管パイプワークの支持にショック・ユニットが二本の作りになって居る。
例えるなら、バイクのスイングアームのRサス周りを、フロントへ移植した作りと考えて欲しい。
峠の上がり、雪風はとにかくグイグイと雪道を駆け上がって行った。
全てのタイヤを駆動する車両の場合、前へと進む事に関してだけは路面にさほど影響されない。
グリップの低い路面の方が、少々の滑りが返ってなめらかな走りに為るくらいだ。
ただし、それは平地や登りに対した時に限る。
下りの道は、ちょっと話しが変わってくる。
重力に引張られて止まり難い状況。
尚且つ、車両は前下がりとなる形。
そんな状況のブレーキング時は、二輪駆動も四輪駆動もさほど関係が無かったりする。
タイヤのグリップ力がブレーキ力を左右するなら、タイヤに有る程度の荷重・重量が掛かっていた方が効き良い。
実例として、真冬の北海道でミッドシップの車はブレーキの利きが弱い。
四輪のタイヤへと均等に重さが掛かっているのは、ドライなアスファルトなら限界は高いけれど、雪道となると、とたんにブレーキの利き方が体感で分かるほど悪い。
タイヤには有る程度の重さが掛かっている方が、雪道ではグリップが良い。
ミッドシップの車はフロントが軽すぎて雪道では、例えブレーキで荷重をタイヤに掛けたとしても基本の重しが軽く、スケートリンクの氷の上の様に滑るのだった。
雪風の場合はタイヤが三つ有る。
フロント・タイヤは、右手のブレーキ・レバー。
リヤ・タイヤと側車のタイヤは、右足のブレーキ・ペダル。
そう、雪風は側車側にもブレーキが付いて居る。
そして、その側車側と後輪のブレーキは、アンチ・ロック・ブレーキだったりする。
変態と呼ばれるメーカーは、フロントのブレーキには、あえてアンチ・ロック・ブレーキをナゼか付けていなかった。
これはバイクって言う乗り物を作っているメーカーの、譲れない一線なのだと思う。
サイドカーと言えど、その基本はやっぱり二輪の体重移動を基本とする部分が大きい。
人車一体、人が居て、人が操り、人が走らせる。
人無くして有り得ない乗り物、それがバイクだ。
そのバイクの操作で、一番重要なひとつがブレーキングだ。
アンチ・ロック・ブレーキは確かにイージーで、かつ効率が良く、安全だ。
けれども、バイクのブレーキでのフロントまでCPU任せにしてしまったら?
わざわざ剥き出しの身体で乗る代物は、建前の理屈は不要だと思う。
そこには身体全部で操る快感の体験世界、それがバイクならば、ブレーキングも重要な手応えだ。
その手応えをスポイルしてしまうのを、この変態メーカーは良しとしなかったのだと思う。
己の技量を知れ。
バイクを走らせていると、ソレが誤魔化し無く分かる。
分からないヤツは死ぬ。
馬鹿なヤツも死ぬ。
運の悪いヤツも死ぬ。
それがバイクだったりする。
幾ら綺麗事を言っても、バイクの実態はコレが現実だ。
そして、ソレが分かっていても、自分だけは大丈夫と、バイクに乗って走り続けるのがバイク乗りだったりする。
魔性の女がマシンに為った姿、それがバイクだと思う。
峠を走りぬけ、平地へと辿り着く。
再び暴風が地吹雪を叩き付けて、真っ白な世界の中に居た。
もうすぐ。
目的地は近い。
国道沿いに有るけれど、走りの中で見落としてしまいそうに為る小さな店。
お食事処の一軒のお店だった。
僕はその店の駐車スペースへと雪風を入れた。
頭から走り入った雪風をグルリと回し止める。
一旦、ギアをニュートラルに入れて、クラッチ・レバーを握りながら左側のグリップに有るボタンを押した。
ガコン
ミッションがバック・ギアに入った。
アクセルに気遣いしながらサイドカーの雪風をバックさせて、お店の駐車スペースへとキッチリと動かし止めた。
そして、ギアを再びニュートラに入れて、キーを回す。
エンジンが止まった。
着いた。
目的地のラーメン屋だ。
僕を虜に、中毒に、食べずに来ずに居られなくした、ラーメン屋だ。
くうぅぅぅぅ。
ラーメン恐るべし。
こんな天候でも、食べに来てしまう魔性の食べ物っ。
ラーメンは永遠だ。
ラーメンは無限だ。
ラーメンは、ああ、罪な食べ物、もぅ戻れにゃい。
僕はギシギシと雪を踏み、ラーメン屋の暖簾を潜りながら、ガラガラと扉を開けた。
店内の匂いに、思わず喉が鳴った僕だった。
「いらっしゃい」
その声に、何時の間にか入って居た身体の力が抜けて、微笑んでいる僕が居た。
よっしっ、ラーメン食べるぞっ。
サイドカーは乗った事は正直、有りませぬ。
で、調べてみた。
……
奥が深い。
昔々、パネルタイプのフレームに、Fが、ダブル・ウイッシュ・ボーンのサイドカーを考えた。
でも、ソレだけの金属を使うなら、絶対パイプの方が軽く作れると……
没になったのでした^^;
若くって金が有れば、サイドカーは一度は乗ってみたかった。