6話 二輪駆動・2WD『ドサンコ』 1話
書いてみたら、こぅ為ってしまった。
執筆者も想定外。
俺は今風じゃない、古典的な日本人だ。
胴長短足のガニマタ、農耕民族の体型で、背丈も高くない。
そんな人間が、自分が乗れるカッコイイ、オフロード用のバイクを探すとなると、少々選択肢の幅が狭く為る。
物凄く狭くなる。
ややこしい仕事の片付いたせっかくの日曜日なのに、俺は、悪友に馴染みのバイク屋へと呼び出され、憧れの250CCのオフロード・モデル、中古の掘り出し物に跨っていた。
『あ・し』が着かにゃいっ。
SMの三角木馬の如く、シート股間で両足バタバタ。
サイドスタンドを立てたままでえかった。
シートに体重を掛けてRサスを沈ませろと言われた。
今度は、サイドスタンドを上げてからやってみた。
筋肉太りのガッチリ体型のお陰で、確かにRサスは沈んだ。
でも、『あ・し』は届かにゃいっ。
絶対的な『あ・し』の長さが足りないのだ。
でもって、バイクごと横にバタっと倒れそうになった。
後ろ向いて、肩と背中で笑うんじゃねぇっっっ。
笑って、泣きたいのは、こっちの方だっ。
思い描いていた、颯爽とした、カックイイ、女の子にモテる俺が、消え去った瞬間だった。
しくしくしくしく……
「どんなバイクに乗っても、バイク乗りは女の子にはモテないぞ」
バイク屋のオッチャンに言われた。
長いバイク屋人生、バイクで彼女が出来たヤツは見た事無いそうだ。
うぐっ。
「バイク乗りには悪いヤツは居ないが、ロクなヤツも居ないからな」
ガキの頃からの悪友が、説得力を持って言う。
確かにっ、お前を見ていると物凄く説得力が有るっ。
「俺は、俺は、風になって走りたかっただけだ」
憧れのバイクに乗れない。
『あ・し』が短くて、乗れない。
俺はショックの余り、本心をつぶやいてしまっていた。
だ・か・らっ。
後ろ向いて、肩と背中で笑うんぢゃねえぇっっっ。
「確かに、俺の両足は短いっ、ソレは認めよう。ただしっ、真ん中の足は人並み以上だぞっ」
見せてやると俺はズボンのファスナーを下げ始めた。
ここで挽回しなくては男が廃るっ。
そんな俺の股間前に、悪友やら店のオッチャンや、居合わせた連中までがシャガミ、一斉にスマホ&携帯のレンズを向けていた。
「…………」
俺はズボンのファスナーを、黙って上へと引き上げ戻した。
傷心の俺は愛車を走らせ、俺の秘密の場所へと向かった。
農業地帯の小都市、その郊外に近いバイク屋からだと、山林はそう遠くない。
郊外へと向かう生活道路から馴染みの林道へと入り、片側に小川程度の清流の流れを見ながらトコトコと愛車を走らせる。
日曜日の林道なのだが人の気配は無い。
それは、この林道の入り口が見通しの利かないほどの、雑木と草ボウボウ+私道と看板のぶら下がっているガッチリゲートが有るからだ。
必然的に四輪は入って来れないし、もし入れたとしても、雑木の枝にゴリゴリと車体を擦るから入る気にもならないだろう。
バイクでゲート横をすり抜けて入って来るにしても、見通しが利かないほどの入り口の様子が様子だ。
トレッキング的に掻き分けて走るしか無いと見えるので、走り目的のバイクはまず入って来ない。
そう、この林道は、ワザと入り口をそんな風にして、人が入って来ない様にしているのだった。
こんな妙な林道が存在するか?だが、理由は簡単だ。
ここは個人所有の山で、個人が作った私道の林道だからだ。
なのでゲートのゴツイ南京錠の鍵も、普通の林道の様に野放図に広まっていないのだ。
そんな林道を俺はトコトコと走っていた。
俺の愛車は、エンジンは213.55CCの水冷4スト単気筒、DOHCの4バルブ。
車体は125CCとほぼ同じで、足回りは今の時代はしている。
リンク作動の一本サスのR周り。
幅の狭細いディスクプレートのブレーキ、フロント周り。
俺の両足が地面へとシッカリ着く、トレッキング・タイプのオフロード・バイク。
これが俺の愛車だ。
愛車はトレッキング・タイプはタイプだが、かなりガードは固い。
ガッチリとしたエンジン・ガードの、パネルとパイプ。
どう転んでもクランク周りとカバーは壊れないガード類。
ラジエターもガッチリパイプで縁取られてる。
パイプハンドルの両端から、細いパイプがレバーをグルリとカバーして居てガッチリと固定されてる。
コレもコケたからと言ってレバーが折れたりする事は無い様になっている。
バックミラーもウィンカーも、可動式でコケても壊れない様になって居る。
ライトなんぞもクロームのパイプで縁取られて、少々のコケ方では壊れない様になって居る。
さらに言えばリア・シートの位置にキャリアが有る。
デカイ、ゴツイ、丈夫なピカピカ・クロームのキャリア。
荷掛けフックも、ガッチリ、しっかり、数も有る。
二人乗りをしたければ、このキャリアに専用ののシートを持って来て固定すればイイ。
ついでにタンデム・ライダー用のステップはスイングアームでは無く、しっかりサブフレームで付いて居る。
で、つーーー事で、俺の愛車はオフロード・モデルなのだが、別名『オフロードの実用車』と言われている。
荷物を、シッカリ、ガッチリ、山盛り積めてイイじゃないか。
カッコイイ風には為れそうにも無いけれど。
まったりと何時ものペースで、土と砂利混じりの本物のオフロードをトコトコと走っていた俺だった。
その俺の後方、人けの有るはずの無いコノ林道に、甲高い排気音が響き聞こえて来た。
一発で分かる2ストの音。
それも125とかではなく、250CCの回しまくっている音質と音量だ。
その近寄ってくる走りの音に、俺は素早くコーナーの内側、道をハズレてバイクを寄せた。
パアァァァーーーーーンンンンン
回している2ストならではの、天へ抜ける様な快音。
物凄いスピードでドンッとブラインドの緩いコーナーからバイクが飛び出し――
僅かな直線を駆け抜けて、キツイ曲がりの、土と砂利の逆バンク・コーナーへと、俺の目の前で突っ込んだ。
ああ知らねぇぞ、そう思う俺の目の前で、想像通りソイツは――
宙を飛んだ。
つか、見事に大コケをした。
まぁ、ソイツは頑張ったと思う。
目の前の状況に、フルブレーキをカマシ、ブレーキを引きずりながらコーナーへと突っ込み倒し、アクセル・コントロールでパワースライド気味にクリアはしょうとした。
だが、いかんせん、コーナーの曲率に対してオーバースピード過ぎる。
アスファルトの路面なら何とかなったかも知れないが、土と砂利、逆バンクの曲がりのキツイ、コーナーだ。
飛ぶわな、誰だって。
鉄とプラスティクのバイクは、その重量でライダーよりも遠くへとブッ飛んでいた。
コケたライダーは慣性の法則で、摩擦係数の少ない路面を滑って滑った。
その全てが、俺の目の前で起こった。
ヤレヤレだぜ。
俺は溜め息を付いて、バイクのエンジンを止めてバイクから降り、歩き近寄って行った。
林道から外れた草むらに、ライダーが大の字に引っくり返っている。
無茶し過ぎだってぇの。
大の字のヤツはオフロード乗りにしては珍しい、膝パッド付きのピッチリ革のパンツに、プロテクターがフルに付くライディング・ジャケット姿だった。
装備としては悪くは無い。
ただし、コケるのは、身体にもサイフにも良く無い。
無い――
無い……
もっこりが無い?!
女だった。
胸が有った。
ジャケットの上からでも分かるほど、胸が有った。
「おい、どっかケガしたか? まさか骨往ってるか?」
焦り気味に俺は聞いていた。
俺の問い掛けに、女がやっとこさ、ユルユルと片手を上げた。
「バイク」
一言、いいやがった。
ああ、コイツもバイク馬鹿だ。
何故だか、これだけの事なのに分かってしまったのだった。
バイクのミッションはクラッチを切れなくても、無理矢理気味にシフトチェンジは可能だ。
その時、エンジンが止まっているバイクの車体を前へとホンの少し動かし、リアタイヤからのチェーン・ミッションと少しでいいから動かしてやると、ミッションはさらに切り替わり易くなる。
俺はそうやってニュートラを出し、ぶっ飛んだバイクを道へと何とか戻した。
サイドスタンドで佇んでいるバイクは傷だらけに見えて、何だか可哀想に見えた。
ナックル・ガードの内側、クラッチ・レバーが見事に折れていた。
左のミラーがヒビ往っている。
サイドカバーとクランク・カバー、左側が傷だらけだ。
ああ、シフト・ペタルも付け根から歪んでるな。
さらには、フロント・フォークの二本が微妙にズレ歪んでいる。
今は両足にFタイヤを挟んで直したとしても、これは、バラしてキチンと直さないとダメだな。
ウィンカーが壊れていないのはサスガだ。
幸いラジエターは無事ぽい。
修理に金はさほど掛からないが、手間の方がチョット掛かる程度だ。
走れるが走れないのは、クラッチ・レバーだな。
さて、どうするか……
「圏外に為ってる」
メットを脱いだ女が、胸の谷間から取り出したスマホを見詰め言っていた。
キツイ顔をした美人だ。
背丈は俺よりも高く、スタイルも狩猟民族で日本人離れしている。
こーゆー女は苦手だ。
我が道を行き過ぎて、傍に居たら跳ね飛ばされ、アラ居たのって、虫けらを見る様に言いやがるからだ。
ま、ガンバレ。
五体満足、動けるなら何とかなるだろう。
俺の人生経験、人が振り向くほどの美人と関わって、ロクな事は無い。
薄情な様だが、俺は逃げに掛かっていた。
「ちょっと待ちなさいよ、女の子をこんな所に放置して行くツモリっ」
ああ、だから、若くて美人で巨乳はイヤなんだ。
俺の好みは、可愛く小柄で、料理上手の家庭的な女の子だ。
「繋がる所までは乗せる」
しかたない、ライダー同士、助け合いだ。
「何よコレ、シート無いじゃない」
ふん、どおせ俺は後ろに乗せる彼女なんて居ない、文句有るなら乗るなってヤツだ。
女はブツブツ言いながらキャリアに座った。
愛車を走らせる俺に、女が背後でワメク。
「ちょっ、何で、入り口、逆よ逆」
ウルサイ女だ。
ココって本当に山間の谷間の、繋がらない場所なんだ。
こんな所で繋げ様と思ったら――
「繋がる場所まで行く、シッカリつかまってろ」
俺は背後の女に大声で言った。
少々走って辿り着いた、人、一人分ほどの踏み分け道、獣道じみた登り道へとバイクを向ける。
「え゜っ、あ゛っ、ウソ」
バイクのハンドルへと眼いっぱい覆い被さる様に、俺は身体全部でフロントへと加重を掛ける。
普通のバイクなら、無理か手こずるほどの傾斜と道だ。
そこを俺の愛車はスルスルと登って行った。
『ドサンコ』
俺のバイクの名前だ、センスの無いネーミングだが、理由が有る。
このバイク、リアは普通に、チェーンでのエンジン駆動だ。
そしてフロントはセンターハブ・ユニットでの、電動モーターの駆動になって居る。
つまりコイツは二輪なのに二駆、2WDなのだ。
で、『ドサンコ』ってのは、北海道の農耕馬の名前だ。
でかいガタイで、開拓時代の農地や山林で人の相棒となって、働きまくった馬の名前なんだ。
バイクってのは四輪と違って、二駆のフル・ホイール駆動は難しい。
左右に切り動くフロント周りをクリアして、前輪を動かす。
そんな動きをするフロント周りを駆動させようとすると、メカ・ギミックがどうしても複雑、ややこしく為る。
それは、フロント周りの重量増加と駆動ロス、フロント周りのフィーリングの違和感が付きまとう。
普通のメーカーは二輪ってヤツに、そこまでの機能は、コストと重量増で考えた時、必要無いと結論する。
もし作ったとしても高額になるだろうし、複雑なメカはトラブルや信頼性に問題が出る。
第一、どれだけ売れるかも分からない代物、メーカーも数が売れないとやっていけない。
まぁ、仕方が無い話だと思う。
だが、そんな所へ現れたマシンが有った。
例の色々と作る変態メーカーだ。
フロントに駆動が欲しいなら、メカ的に、面倒臭い事をせずにモーターを使えばイイんじゃない。
ソレは確かに間違っちゃいない。
ただし、だ、じゃあ、ソレのモーターの電源はどうするんだ?
変態メーカーは、やっぱり変態だった。
発電用にスターリング・エンジンを付けやがったのだ。
普通のエンジンは内熱機関で、ガソリンやら何やらをシリンダーの中で爆発させて動く。
スターリング・エンジンは外熱機関と呼ばれ、シリンダーの外側からの熱源で動く。
詳しい作動に付いてはネットででも調べれば直ぐ出て来る。
この俺の愛車は、エキパイからの排気を外部の熱源として使用している。
捨てちまうモノを使って発電するのだから、バイクのエンジンには負担は掛からない。
掛からないハズなのだが……
重量面で負担が掛かっている。
フロントの駆動モーター、スターリング・エンジンと発電機、大容量のバッテリィ、それに通常の発電機も容量アップしている。
これだけのモノが余分に乗っかるって事は、モトクロッサー的なモデルには無理だ。
なので、2WDはトレッキング・タイプのモデルになったんだろう。
さらに言えば、エンジンのクランク以外に、それなりに高速で回転する発電機は、微妙な慣性質量を乗り手に感じさせた。
バイクをバンクさせる時、直線へ向かって起こす時、微妙な粘りを感じさせるんだ。
慣れれば、こんなモノかとも思うんだけれど、他のバイクとは違った感触が有る。
だが俺は、直進安定性が有ってイイと単純に思っている。
てな事で森の中をスルスルと上がって行く。
ふと気が付くと、後ろの女が俺の身体に両腕を回し、背中にピタッとくっ付いて居た。
そうやって俺の体重移動に合わせる様にしていた。
有り難い、人一人分の重さってヤツはバカにならないから、こうやって合わせてくれるのは走り易い。
そして――
…………
背中の感触、オッパイって本当に柔らかかった。
背後からピッタリくっ付いている女体、エエ感じ過ぎた。
その感触に気を取られ、思わずコケそうになった俺だった。
しかし……
オッパイの感触に気を取られていたが、この女、俺に回した両腕で、俺の身体を触ってない?
何だか、どうも、筋肉を確かめられている様な気がする……
まあ股間を触られなきゃイイか。
今、触られたらヤバイぜっ。
そんな走りを結構続けて、斜面を真っ直ぐ、キツ過ぎる場所は斜め、大木の木々を潜り抜け、時に迂回も必要と走った。
上へ上へ、後ろの女がメットのシールドを上げて、周りを見渡しているのが分かる。
松とか檜ばっかりの山と違って、この山は本当の森が有って物珍しいんだろう。
そんな森の中を俺のバイクはスルスルと走り続けた。
普通のリヤ駆動のバイクの場合、キツイ登りは後ろから、リヤタイヤに滑り気味に力任せに押され、その押される不安定な車体をライダーがバランスを取って何とか前へって感じだ。
だが、この二駆のバイクは前後の重量配分にさえ気を付けていれば、バイク自体が勝手にスルスル登っていく感じで走る。
213.55CCの小排気量に区分されるエンジンでも、無理に回して進むって感じはまったく無い。
それだけ二駆ってのは画期的に凄いんだと実感する。
走り慣れた獣道の様なルートを登り進み続ける。
そして草むらと雑木の茂みを突っ切って、最後の傾斜を登り切り、広々と視界を見渡せる場所に出た。
手入れをしたちょっとした広場と、その真ん中に有る一本の大木、四方は空と山並み。
この山の頂上だった。
俺はその広場でやっと、二人乗りのバイクのエンジンを止めた。