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バイク夜想  作者: ケイオス
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4話 V12『メデューサ』

 かつて、250CCの水冷4気筒のバイクが有った。

 で、そのエンジンを見て、メーカーが妄想したらしい。


 250CCの4気筒を、倍にしたら――

 500CCの8気筒に、なるんでないかい。


 で、そのバイク・メーカーは、かなりなバイク乗り(馬鹿、大馬鹿)だったらしい。

 おめ、普通ーーーにぃ、倍でなんて有り来たりだろ。

 せっかくスルなら、せめて三倍だべ。

 おおおおおおおおお。


 その結果。

 750CC

 12気筒

 V型、水冷、DOHC4バルブ

 つーーーーーーうぅ、エンジンのバイクが出来上がったのだった。

 本当に、馬鹿、大馬鹿。


 でもって、ソノ、大馬鹿バイクに乗って居るのが俺だったりする。

 つまり――

 馬鹿、大馬鹿、を超えた、途轍もない変態バカ。

 なのが俺だっ。

 あふぅん、馬鹿と言われて快感。

 まぁバイク乗りってヤツは、ロクデモ無い代物だ。




 変態は快楽だ。

 どれくらい快感かと言うと――

 他者の眼なんぞ気にしないで、己の快楽のみに没頭する。

 結果、広がる世界は広大で果て無く、無限の可能性が溢れている。

 その世界で一人、道を究めんと為す者。

 つまり変態とは孤独な哲学者なのだ。

 うん、うんうん。

 うん?

 アレ、確かバイクの話しをしていた様な……



 てな事で、深夜のライディングだ。


 地方都市に環状線なんぞ有りゃしない。

 それでも街を無駄に走り周って、身体が道を覚えている。

 その道をチョイスして、コースを繋ぐ。


 曲がりながら、ウネリ上がり登るアスファルト。

 2速のエンジンが唸って駆け上がる。


 左バンクのイイ感じにスピードを乗せていく特大カーブ。

 12気筒がハーモニィを奏で、最高の瞬間。


 小さな複合の右左。

 何気ない道が、気の抜けない道で、綺麗に走れたら何も言う事がない。


 真っ直ぐのアンダーパスで笑う。

 ジャンプって程では無いけれど、暗闇の中へ突っ込み、底無しの落下は瞬間終る。


 人気の無い商業ビルの間をゆっくりと流す。

 ちょっと一休みをしながら、今の時間は魔法の時間だと思う。


 ちょい足を伸ばし高台へ、街の灯りをバイクを止めてタバコ一本分、ボンヤリと見詰める。

 何やっているんだろうと思い、何をしなくちゃなんて考え、何も持っていない自分が立ち尽くしている。

 セル一発、バイクを走らせ出す。


 メデューサの12本のエキパイが、夜の闇の中で光り輝く。

 星の夜空に、魂の叫びを響かせる。

 今だけ、今だけは自由だ。

 それだけは間違いは無い。

 俺とコイツ、それだけの世界。

 誤魔化し無しのライディングは命そのもの。

 生きている、その手応えが俺の中に満ちて、生き返る。

 ただ、それだけのために、深夜に一人、走る。

 今の俺は、ソレが有るから生きて行けてる。

 メデューサの12音がハモり、深夜に遠吠えを繰り返す。



 ウオォォォォォ、オォォォォ、オン、オン、オン、フォン。


 幹線道路からスピードを落とし、シフトダウンで左バンク。

 こんな夜中でも開いている、ファースト・フード・ショップへとバイクを付ける。

 止めたバイクを広げた両足で支え、メットのシールドを上げて一息。

 気の抜けた身体はヘロ気味でシートから降りて、センタースタンドを全身で掛けた。



 メットをブラ下げてゆっくり歩き、ガラガラの店内の、バイクが見えるテーブルに座った。

 店内の灯りの窓ガラス越し、相棒がたたずんでいる。

 何時も、ありがとうな、お前は最高の相棒だぜ。

 お前が居なくちゃ、俺は抜け殻みたいなモノだ。


 そんな事をテーブル、シートに座ってボケっとしていると――

「ご注文は、お決まりですか?」

 行き成りの、現実に戻された。

 女の子の声で。


 その声に、顔を、視線を、向ける。

 天使が居た。


 夜の闇の中で、ナイフ・エッジ・ダンシング。

 一歩間違うと、馬鹿が、馬鹿な事をして、馬鹿な結果に為る。

 そんな馬鹿をして、ここに居る俺の目の前に――

 天使が居た。


「あ、う、何時もの」

 馬鹿、バカ、バカ、バカ、バカ、大馬鹿。

 心底、馬鹿。

 後悔ってヤツは、やり直しが効かないから後悔って言うんだ。

 俺は、瞬間、身体の体温がドバッと上がったのが分かった。


「はい、スタンダード・バガーとチリ・ドッグ、それとコーヒー、ブラックですね」

 天使が救いの女神になって居た。

 その女神様に、言葉無くコクコクと頷く俺。


 オーダーを取り、スカートの丸い腰周りで立ち去ろうとした女神の天使が、足を止めてエプロンの膨らみを座る俺に見せた。

 ためらいと、赤らむ頬。

「あ、あの、バイク、凄くイイですね」

 そう、それだけ言って、パタパタと走り去った。


 ややしばらくの後、彼女が放心している俺の目の前に、食い物をテーブルへと置いてチラチラ視線で戻っていった。

「有難う」

 やっとソレだけ言えた俺だった。



 半端な生き方をして、覚悟無しでフワフワと今な俺。

 何一つ、コレって言えない自分だ。

 そんな人間が、もう一人、物凄く可愛い女の子をどうにか出来る、シテいいんだろうか?

 俺がずっと一人で居たのは、責任ってヤツを取りきれない自信の無い自分だった。


 でも――

 でも。

 女は男を一人前にする。

 女の偉大さだ。

 男が敵わない、女って存在だ。



『メデューサ』

 750CC

 V型、12気筒。


 フリクション・ロスばかりのエンジン。

 回すと天国の門が開かれて、何モノにも替え難い。


 そのお前に跨る俺の背中に、彼女が居る。

 お前が連れて来てくれた女。

 お前と彼女、どちらを選ぶと問われたなら、今の俺は答え様が無い。


 俺の、今までの俺の、カラッポの世界を別のモノにしてくれた彼女。


『メデューサ』の排気音、エクゾーストノートが控え目に轟く。


 もう、一人じゃない。


 こんな大馬鹿に惚れてくれて、俺は生きていて良かった。

 未来ってヤツが幸せに思えた、初めての経験だった。


 ああ、安全運転しなくちゃな。

 うん。

 

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