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バイク夜想  作者: ケイオス
3/21

3話 ディーゼル発動機バイク『エレファント』

 まず、始動時のみ使う専用のアクセル・レバーを半分くらいの位置まで動かし、レバーのノブを回して刻みに合わせロックする。

 寒い季節なら始動時に、エア・インテークに作り付けられて居る、ちっちゃな蓋を開けてガソリンを数滴落とすのだが、これくらいの気温が有れば大丈夫だろう。


 センタースタンドを立てたバイクの右側で、ガニマタに腰を曲げ落とす。

 片手に持った始動用のL型のレバー、鉄製の重い鈍器をバイクの右側、LPレコードほどの大きなフライホイール・カバーの中央に空いている穴へと差し込む。

 押しながら少々回して、フライホイール軸の出っ張りと、始動レバーの切り掛けを噛み込ませる。

 噛み込みが外れない様に注意しながら、左手でエンジンの後ろ、タンクの下に有るデコンプ・レバーを動かす。


 よしっ、さて始動だ。

 始動レバーを全身で動かすっ。

 この時、一番のコツは、レバーを上へと引張り上げる位置にセットする事だ。

 初動は途轍もなく重い。

 なにせ鉄の塊の様な外部フライホイールの重さと、ピストンとシリンダーの粘っこい手応えが有る。

 それを人力で回すのだ。


 ゆっくりと回り始めた始動レバーに気を抜かずに、さらに全身でレバーを回し回転のスピードを上げて行く。

 レバーの手応えにデコンプで圧縮を抜いているとは言え、ピストンの圧縮圧が、クンッ、クンッ、クンッ、と感じられる。

 全身で回し、回転をコレ以上は無理と言うほど上げた。

 そろそろ、イイか――

 デコンプ・レバーから左手指を離すと、バネで戻るレバーがカチと僅かな音をさせた。

 ここで一気に回す手応えに重みが掛かるが、勝負のしどころがココ。

 始動レバーへ、ふんぬっと力を掛けて回し続ける。


 ドッ

 一発目が爆発する。

 まだ回す。


 ドッ、ドッ

 起動レバーのひと回りの回転で、さらに一発、二発。


 ドッ、ドッ、ドッ

 エンジンを震わせて、二発、三発と爆発が起きる。

 が、まだまだ回す。


 ドッドッドッドッドッ

 自力で爆発を連発し始めた様子を見せながら、エンジン全体が爆発震動で震えている。


 ドドドーーーッ

 どうやら自力で回り始めたエンジンから、始動レバーが押し返され、抜き取る。

 発動機が掛かったからと言って、ココで気を抜いてレバーり保持を疎かにすると、勢いでブッ飛んだレバーで大事故も起き得る。

 実際、ノックバックで逆回転をした勢いでレバーがブッ飛び、顔面、顎を打って救急車になった人も居るくらいだ。


 ドドドドドーーーッ

 目覚めたバイクがマフラーから白煙を出し、車体全部を震わせてエンジンを動かしていた。

 毎度毎度のご苦労様なエンジン始動だった。




 たぶん250CCだと思う、単気筒ディーゼルの発動機。

 馬力はどれくらい有るかは不明だが、ネットで調べた所、似たような発動機が4.5馬力ほどだった。

 コイツは年式も分からないほど古い発動機で、なおかつ全バラのメンテナンスなぞした事が無い。

 きっと4馬力も出ていれば御の字だろう。


 そんな発動機をエンジンとして積んでいるのが、このバイクだ。


 ひと塊の様な鉄の発動機。

 水平の単気筒シリンダー、でかい外部フライホイール(鉄板のカバー付き)。

 そして水冷。

 一応、水冷。

 水冷だってよっ。

 水冷っつても、アレなのだ。

 エンジンの上部に冷却水のタンクが有り、エンジンの水冷回路と繋がっている。

 そのタンクの水の入口は円形の帯で、なんと蓋も無い解放型なのだ。

 寒い季節は、お湯を入れると始動が違うと言う代物。

 尚且つ、氷点下に為りそうなら、走行後は水を抜いておきましょうって代物だ。

 つまり――

 ラジエターなんて代物は無く、水タンクの水を循環させているだけの冷却方法。

 コレだけで何とかなっている、信じられない様だが本当に何とか為って居るのだった。



 温まって来た様子の発動機に、始動用のアクセル・レバーを右側へと、低回転のアイドル位置へと戻す。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ

 単発のエンジンは低回転の方が震動が大きく、身を震わせる様にブルブルと車体全体を震動させている。

 このまま放置して置くと、アスファルトの上なら震動だけでセンタースタンドの位置がズレ動いて、何時の間にかバイクが移動している、心霊現象が起きる。

 それぐらいの震動なので、動かす頻度にを見て、あちこちとボルト類の増し締めが絶対に必要なバイクだった。




 パイクに跨り、自転車の様なサドル・シートに一旦、尻を預ける。

 そこから左足のカカトでセンタースタンドのロックバーを後ろへと蹴り動かす。

 そして、ハンドルを両手に、全身でバイクを前へ。

 ゆっくりと動く車体に、ガタンとセンタースタンドが跳ね上がり、ドンとリアタイヤが柔らかく地面へと落ちる。


 さ・て・と。

 やっと走り出せる。


 ディーゼル発動機のエンジンとミッションは別体式だ。

 そのパワー連結は、なんとVベルトで為されている、それもダブルで。

 でもって、ミッションは四速だったりする。

 発進の一速。

 生活走りの二束。

 一般道の流れ用の三速目。

 ラス、高速?クルーズ用の四速。

 各ギアはお察しの通り、物凄く離れた設定になって居て、シフトアップはとも角、シフトダウンは少々コツが要る。

 常時噛み合い方式なので、四輪の様なダブル・クラッチとかは必要無いが、回転とスピードを有る程度合わせないと、タイヤが鳴るほどのショックが起きる。



 まあ、今は発車だ。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ

 アイドル域の回転からアクセルをちょこっと捻り、戻し、回転が僅か落ちた所を狙う。


 クラッチを切り、シフトペダルを踏み込む。

 ガコン

 車体全身に響くようにギアが一速に入る。


 アクセルを少々回す。

 ドドドドド

 アイドルから連続音となって、震動も繋がりすべらかに為る。

 クラッチレバーを粘っこく繋ぎながら、更にアクセルをホンの少々追加する。


 ドッ、ドッ

 連続していた排気音が負荷で下がり、爆発単発に為り掛けてから――

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ

 負荷を抱えた連続へと為り、車体が動き始め。

 ドドドドドーーーッ

 二本のタイヤの車体を安定して走らせ始めた。


 軽油で動き走るバイクが発車した。




 今の時代だと、こんなバイクは存在し得ない。

 けれども昔々の時代、木炭車が走り、様々なバイク・メーカーが乱立していた時代、とにかく手持ちの動力源で動く代物を作る。

 それは――

 実験でも物は試しでも、売れれば御の字。

 輸送手段が入手出来れば、人力を超えて仕事が出来る。

 双方の思惑一致で、手作りの妙な代物として生まれたのが、このバイクだったらしい。

 ディーゼル発動機のバイク、『エレファント』だ。

 そして、爺ちゃんの遺品だったりする。

 


 やや太目の鉄パイプ製、セミ・ダブルクレドールのフレーム。

 自転車の様なサドルタイプのシートと、その後ろのゴツイ荷台。

 Rサスは一応、ダンパー一体のコイルサスだ。

 ついでにFサスも同じパーツを使ったコイルサスだったりする。

 つまり、このバイク、アールズフォークと言うスイングアーム式に動くF構造になって居る。

 テレスコピックのFサスを作る、技術とかコスト面で問題が有ったのだろう。

 ゴツクて重い、ただし丈夫なFサスだ。


 ダダダダダダダ

 連続音からブレーキ。

 フロントのツーリーディング・ディスクブレーキを、握り締めたブレーキレバーで絞り込む様に使う。

 ドラムブレーキの効きが悪いってのは先入観だ。

 原理的にはディスクブレーキに引けは取らないって読んだ事が有る。

 ただし、熱。こればっかりはどうにもならなく、ドラムからディスクに変わって行った。


 ブレーキを掛けながらエンジンブレーキを併用する。

 ドラムブレーキだって効くとは言ったが、ソレは十分な外径、容量の有るドラムの場合だ。

 たいていドラムブレーキが効かないってのは、小さいドラムで絶対的なストッピング・パワーが足りないせいだと思う。

 事実、このバイクも貧弱って言っていい程度のブレーキで、無けりゃ困るが無いよりマシ、って程度だったりする。

 なので無理は出来ないし、無理の無い走りを心がける。

 ブレーキが間に合わない様な状況になったら、それはたぶん、目の前に突っ込んできた方が悪いと割り切るしか無い。

 危険回避の面では、出来れば効きのいいヤツに交換したいのだが、うーーーん。

 


 エンブレとドラムブレーキの併用でスピードを落としながら。

 ダダダダダダーーーーーーッ


 アクセルのひと吹かし、ふた吹かしでシフトダウン。

 ダダッ、ダダッ

 ガコンッ


 フロント・サスが加重で沈み切った所がクリッピングポイント、バンク。

 そこからジンワリとアクセルを開けて行く。

 ダッダッダッダッダッ


 コーナーをリア過重でバンクしつつ、直線出口が見える。

 ダッダッダッ


 車体が起きつつアクセル全開。

 ダダダダダーーーーーーッ


 コレ、を、レッドゾーンの3500rpmまでの間でするのだった。

 そう、このディーゼル発動機のレッドゾーンは3500rpmなのだ。

 丸いガラスのメカニカル・タコメーター、その針は盛大に元気良く動き回るが、レッドの3500から少々しか無い。

 3500も回すと、音と震動でバラケそうな気がして、ソレ以上回す気にならないのが現実だったりする。



 ダダダダダダダダダーーーーーーーーーッ

 排気音、エキゾーストノートは物凄い。

 なんたって直管とほぼ変わらないからだ。

 パンチングの小孔の中パイプが有る程度で、他には何も無く、音は直抜けだったりする。

 正直、乗って居る人間に取ってもウルサイくらいだ。


 何時だったか、余りの音量にどうにかしようと工夫した事が有った。

 特大モモ缶詰の空き缶を、マフラーの排気口へとハリガネで固定したのだ。

 空き缶の開けた方へと排気が当たる様にした音は――

 ポンポンポンポンポン

 ポポポポポーーーーーーッ

 ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ

 ポポン、ポポン、ポポン

 ポポポポ

 ポーーーーッ

(以下、メルヘン)

 何ともな、何ともの、何も言えない、気の抜けた音に鳴った。

 モモ缶、侮り難しっ。


 その後、どうなったかと言うと――

 排気の勢いからの震動に負けて、ハリガネが千切れ切れ、モモ缶は旅立った。

 モモ缶っ、君の事は忘れないっ。

 ヨーグルトを乗せて、蜜液は美味かったっ。

 ああ、青春の1ページ、甘い記憶だった。

 色気皆無だったけれど。


 モモ缶の白いモモを見て、しばしフォークを持つ手を止めて、お尻を連想してしまったのは男の秘密だ。

 海苔を切ってスカートに見立てようかと、瞬間、衝動を抑えたのは極秘で有る。

 偉いぞ自分と、モモの甘さにホロ苦さを感じたのは、きっと若者(バカ者)の特権なのだと思ふ。



 ダッダッダッダッダッ

 スピードを落とし、ガソリン・スタンドへと滑り込む。

 今時、珍しく従業員が居て、色々と世話をしてくれるスタンドだ。

 ここで水曜日、この時間帯、バイトの女の子が居る。

 非常---------にぃ、珍しく、ガス・スタンドでバイトする若い女の子が居るっ。

 巨乳で美人の女の子が居るっ。


 そして――

 その女の子は、にゃんと、バイク乗りだったりするっっっっっ。


 夢見てもイイよね。


 コーナーを限界突っ込み走りするよりも、勇気が必要なモノがこの世には存在する。

 そう知った、夏の日。


 ああ、花火は儚いから綺麗……


 で、友人いわく。

 まず、行動してから始めろ、何も起きて無いダロ、この馬鹿者めっ。

 ソレ、お前にだけは言われたく無かった。


 夢を現実にスルには――


「このバイク、変わってますね。あの、今度――」

 女の子の方が、男よりも、絶対、勇気と実行力が有ると思う。

 爺ちゃん、俺にエレファントを残してくれて、有難う。

 子孫繁栄、俺、ガンバルっ。


 その前に、バイク乗りは紳士有れだな。

 無理ぽいけど……

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