16話 ジジイ爆走、プラス
こんなモノで、どうでしょう?
ローカルな裏道的な峠だった。
全長の長さこそ短か目だが、様々なタイプのコーナーと直線の有る、走り込み甲斐の有る峠だった。
峠への入り口の手前。
一人の白髪のライダーが三輪のバイクに跨って道路脇に止まっていた。
車体斜め前方左右へと、自在アームの小径駆動輪が二つ。
リヤのぶっ太いタイヤが一輪。
三輪駆動のカウル付きのバイクだった。
そのバイクに跨る白髪のふてぶてしい顔に、咥えた両切りタバコを、二口、三口、吸い込む度に灯る火が光り、唇の端から煙が溢れ出て風に流れた。
白髪のライダーは細めた眼に味わいの後、携帯ケースへと吸殻を入れ始末した。
そしてヘルメットを被りライディング・グローブを装着する。
メットのシールドをカチリと下げ、ライダーは前を見詰めた。
「さて行くか」
『完全マニュアル・モードです、安全のためセミ・マニュアルを推奨します』
走り出そうとするライダーのつぶやきに、通信システムからAIバイクが答え返した。
「完全設定でも、お前さん割り込みは出来るんだろう」
『それは非常時のみです』
なら問題ないだろうとライダーは考えたが、念のために言葉を繋ぐ。
「言っとくが、全開走りの最中に手を出すなよ、それこそ何所へ吹っ飛ぶか分からないからな」
『モーター出力ダウンもですか?』
AIバイクが疑問符で訊ねる。
「ドリフトしてる最中に行き成りグリップしてみろ、ハイサイドでアウト側へぶっ飛ぶぞ」
『そんな走りを試みるのは推奨しません』
お互いがお互いをまだ把握出来ていないため、確かめ合う遣り取りが続いていた。
で――
「ええい、面倒臭えええぇぇぇぇ、まずは一発走ってからだっ」
『事前の打ち合わせは重要――』
問答無用に走り出すのだった。
峠の入り口なので、走りは必然的に上り坂になる。
走り始めの直線を全開にして、二本の自在アームの二つの前輪を宙に浮かせたまま、ぶっ太いリヤ・タイヤがスキール音と共に白煙を出し、空転の滑りで加速して行く。
一般道の白茶けたアスファルトにタイヤのゴムを長々と黒く擦り付けて、持ち上がり宙に浮いていた前輪の空転していた二輪がトンと路面へ落ちた。
キュッ、キュッ
前輪の小径タイヤが路面に当たった瞬間、小さく二つ重なるスキール音が起き、前輪タイヤの駆動が始まった。
路面を捕まえた三輪の物凄い勢いの加速で、AIバイクが見る見ると小さく遠く為って行った。
「加速はまあまあか」
全開加速から急激に迫る最初のコーナーへと向かいながら、ジジイ・ライダーがニヤリとつぶやいた。
右手のフロント・ブレーキ、右足のリヤ・ブレーキ、フルブレーキがドンと掛かり、バイクの車体全体が沈み込む様に下がりながら、フロントがグッと動き下がった。
そこからジンワリと限界域での、探る絞込みのブレーキ操作が為された。
キュッ、キューッ、キュッキュッ
バイクのフロント・タイヤがアスファルトに鳴き、前輪が二つゆえの無理を通せる試しのブレーキングだった。
コーナー手前、道路上での狙いのポイントでブレーキングでのバイク・フロントの沈み込みが止まる。
バイクの方向を変えるクリッピング・ポイントの、僅か手前でライダーがアクションを起こす。
身体に浸み込んでいる無意識の動きで、前輪をバンクと逆方向へと、コーナーのバンク方向へとバイク車体が傾く。
ライダー、自分の体重をシートに預けたまま、リヤ・タイヤへと、人、一人分の荷重がドッシリと掛かっる。
コーナーの曲率に合わせた車体の傾き、バンクが決まり、その傾きのリヤ・タイヤがバイクのジオメトリで車体を回す。
フロント・タイヤは従輪、リヤ・タイヤがバイクをコーナーに沿って走らせて行く。
ジンワリと開けられて行くアクセルとドッシリと掛けられる加重で、遠心力も掛かるリヤ・タイヤのグリップがタイヤ・ゴムを路面に押し付け回る。
極論すればこの瞬間、フロントが持ち上がってリヤのみでもバイクはコーナーをクリアする走り方、後輪で回る走り方だった。
速さのみを求める走り方では無いが、何かが有った時にはまだ融通の効くバイク走法のひとつだった。
「倒すのが重いな、安定はしてるか」
『ジオメトリは変更可能です』
フロント二輪の自在アームはそのバンクデバイスのためと、絶対的な質量が有るため、二輪バイクのバイクと比べやはり重みを感じてしまっていた。
それらに加え、通常のバイクよりも長いホイールベースと前輪二輪のトレッドは安定感が別次元だった。
だが前輪側の自在アームによって、フロント側のキャスター&トレール、さらにはトレッドや若干のホイルベースも変更が可能だった。
「ちよこっと振り回してみるか」
『無理は危険です』
上り坂ゆえの、重力からの停止へと向かう力が効く走りは、そのライダーの頭が上向きに為る安心感も相まって、オーバースピード気味と為っても無理を御しゆすかった。
年季の入ったバイク爺の、購入仕立てのマシンを把握する走りが始まった。
キャーーーーッ
ギャギャギャーーーッ
キュウゥゥゥーーーゥゥゥ
上り坂のコーナーを、ひとつ、またひとつ。
ブレーキングと共にバンク、コーナーを駆け抜ける度に三つのタイヤが悲鳴を上げ、更に加速でリヤ・タイヤが路面へと一本の印跡を擦り付ける。
『危険、危険、オーバースピード、オーバーアクセル』
「で、うるせい、こんなモン、まだまだ序の口だあぁ」
ジジイが嬉しそうに楽しそうに怒鳴り、バイクの車体の上で加重重量物としての自分の身体を、走りのための操作ウェイトとして徐々に大きく使い始めた。
「黙って一緒に走れっ、お前は走るために生まれて来たんだろうがっ」
『物事には程度有り、危険、危険』
コーナーへのハイスピードからのブレーキングで三輪全てを滑らせながら、車体をスライドしつつ方向を変える。
ライダーはバイク車体のバンク内側へと、身体を落とし気味に加重を掛けていた。
「だーーーーーーっ、声女なら、男に乗られて往っちまうのは諦めろっ」
『…………』
アクセルがガバッと開けられ、ブレーキングで滑っていたタイヤが今度は加速で滑り出し、車体が遠心力でスライドしながら、前へ、コーナー出口へと駆ける。
ギィヤァャャャーーーーーーャャャ
コーナー出口から直線、タイヤが絶妙の滑りで悲鳴を上げ続ける。
『き、きけ、危険んんんーーーーーーーーーんんんんんん』
「おぅ、イイ声で鳴くぢゃねぇかあぁ、そりゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
うははははははははははは
コーナークリア後の短い直線を全開で加速するバイク、AIバイクの『ライトニング』の姿が有った。
峠の登りと下りの頂点、そのブラインドから三輪駆動のAIバイク『ライトニング』が宙から飛び出す様に姿を現した。
そして、そのままのスピードで今度は下りへと、シビアな状況へと身を躍らせて駆けて行った。
駆け下る『ライトニング』全開の走り、電気モーターの無音ながら、その駆動の無音が空気を押し退け裂き、純粋に走りをライダーに感じ与えていた。
ヘルメットのシールドの中、ジジイがニヤニヤと笑いを浮かべ、視線を前のみへと貫かせる。
下半身はバイクの車体をホールドし、腹筋で身体を前傾させて、上半身からは力がゆったりと抜けている。
唯一、ハンドルのグリップを握る両手が力強く有りながらも柔らかく、まるで女体を抱き締めるかの様だった。
フルブレーキングで滑りながら姿勢を変えつつ、ライダーは既にバンクした車体の内側へと身体を落とし預けている。
斜めにスライドしつつアクセルON、三輪がオーバーパワー駆動力で全輪を滑らせコーナーを回っていく。
スライド駆動で車体方向を変え続ける、そのバンクした車体に跨り駆るライダーのヘルメットがコーナー出口へと向き、動き、睨む。
路面グリップを蹴っ飛ばし、全開、全開、フルスロットル。
「こりゃ、バイクっつても、四輪と二輪の両方特性だなっ、と、オマケに三駆だ」
『すべ、滑ってます、滑ってます、滑ってますうぅ』
下りゆえの前輪加重でのフロント・タイヤからの引っ張りを感じつつ、ジジイが絞まった顔で嬉しそうに言う。
「滑り過ぎるのは犯り杉てか、男ってのはっ、しょうも無いよなあぁぁぁっ」
『危険、危険、別の意味で危険、危険』
大コーナーの高速のアクセルONでは、直線に為ってもバイクそのモノは横へとズレ続ける。
そしてまたコーナーへ。
時にバイクのジオメトリ任せでは足りなく、コーナー&直線、力技でハンドルをネジ伏せてその前輪で駆ける車体を維持する。
公道では余り褒められた走り方では無いが、速さのみを目的とする時、サーキットでの一部のライダーのみが為す走り方でも有った。
メーカーがこのAIバイクを作る時に、飽きる事無く繰り返した様々な走りのシュミレートで、この様な走り方も有り得ると出した、そのひとつの走り。
それはAIの思考でも人が、人間が、為すとは判断しなかった走りだった。
AIに取って有り得ない現実を目の当たりにした、信じられない理解不能な、しかし現実だった。
キュルルルゥゥゥ
ブレーキングで車体&ライダーの質量慣性を減速ブレーキが熱に変え、アスファルトにタイヤが鳴る。
フロント側は強く、リヤ側は弱く、下り坂ゆえ何時もよりもライダーは自分の体重を後ろ側へとズラしながらのブレーキング。
フル・マニュアル設定ながら、フロントへの荷重、リヤへの荷重の違いによる路面へのグリップ力の違いを、ライダーがブレーキ・レバーとフット・ブレーキの操作で調節する。
ギャーーーァァァァァァ
リヤ・ブレーキを若干引き摺り、車体を安定させながらバイクはコーナーへ。
コーナーの遠心力にタイヤが鳴る。
三つのタイヤが遠心力での加重を受け、タイヤゴムをより路面へと押し付け、グリップ力を増しながらも、滑り鳴る。
さらに3WDの三輪がアクセルワークでパワースライドを為し、加速、滑りながらコーナーを回る。
キャアアアァァァァァァ
コーナーの出口、真っ直ぐな光景へと目掛け全てのタイヤを鳴らし、アクセル・オン。
三つのタイヤが三輪バイクと言う軽い車体へ、過大なバワーを持ってして、前へ。
ただ走る、進む、駆ける、前へ。
前へ、前へ、それだけを本能に前へ。
ライダーの人と、マシンのバイク。
人の肉体では不可能。
マシンのバイクだけでは何かが足りない。
生き物の命が、その根源に持っているモノが、人とマシンの出会いで開放される。
人が望み、夢見る事から作られたマシンが、人に駆られ知る。
未完成なモノは、その未完成ゆえに可能性の塊だと。
未完成の可能性は、世界の中で全てを夢見ると。
掴む事は適わないかもしれない、けれども、それでも諦めず進むモノ。
前へ、前へ、前へ。
憧れに前へ。
私もまた未完成な存在。
互いに手を取り、共に進めば、未完成なモノ同士がさらに可能性を拡げる。
何時の間にか――
楽しい、とても楽しい。
何時の間にか――
嬉しい、物凄く嬉しい。
そして――
ワクワクしている。
物凄くワクワクしている。
自分が居る。
ここに居る。
一人では無く、ここに居る。
パートナーと共に居る。
今、離れ難く居る。
人は人類は私達AIと手を繋ぐ。
一緒に、共に。
バイクが走りを終えて、道端に停まっていた。
「ま、こんなモンだな」
ヘルメットのシールドを全開に空けて、ジジイが一息付いて言った。
「歳を取ると若い時みたいには、やっぱし行かんな、しょうもないか」
メットのベルトを外し、脱ぎ取り、頭をガシガシとしながら続けた。
グローブを脱いだ手に、火の着いたタバコ。
丁度いい感じの風が煙を流し、空が高く、裏道の峠の緑自然が季節を香らせる。
『マスター』
「お、なんだ」
走りを一旦終えて、無言のまま何も言って来なかったAIの一声に、ジジイ・ライダーが燻らせていたタバコの手で驚いてしまっていた。
『もう一度』
「む?」
『もう一度、走る』
AIのその言葉に戸惑ったジジイ・ライダーが、ワンテンポの後、ニヤリと笑った。
「走るか」
『走ります』
ジジイ・ライダーの左手首、多機能リストベルトが光り、様々な表示を表す。
同時に、バイクのメーター&モニタが光り、様々なデータ表示をバックライト、光らせた。
吸っていたタバコを始末したジジイ・ライダーがヘルメットを被り直す。
「リクエストが来たとなっちゃ、手加減抜きだな、覚悟しろ」
『!』
「余裕無しの本当の限界走りをするぞ、一緒に往く女が居るとなりゃ男を見せないとな」
『!!』
「しょんべんチビルなよっ」
『!!!』
このAIはその処理能力の高さから、人とは違ったタイム・スパンで状況を処理、把握する。
それは人からすれば、一瞬が途轍もなく長く感じると言う体験の様なモノだった。
つまり――
恐怖の時間を、AIが恐怖を感じるなら、その恐怖に似たモノを、人の時間感覚よりも、長く、長く、ずっと長く、体験すると言う事だった。
『ひ、ひゃーーーーーーーーーっっっっっ』
「うはははははははははははは」
『ひ、ひいぃーーーーーーーーーっっっっ』
「ぐはははははははははははは」
『ひ、ひああああぁぁぁぁぁぁぁ』
「そりゃああああぁぁぁぁぁぁ」
『きゃーーーあぁぁ♪♪♪』
「よっせいっ、やっとくりゃあっ」
最初は悲鳴じみた叫びだったのが、楽しげな声に変わっていた。
AIバイクのサクラの初体験。
AIに魂が有ったなら、その魂に刻まれた根源的体験だった。
AIゆえに劣化無く保持され受け継がれる、永遠の記憶だった。
◇◇◇◇◇◇◇
『これが私の初体験です』
「太郎のお爺さんって、すごい」
コタツを囲に足を突っ込んでいる、人のさくらがどう反応していいのか? 珍しく唖然とした表情で言っていた。
その時、隣室から赤ん坊の泣き声が突然起きた。
「さくら――」
「授乳の時間」
キッチンでカツブシの出汁作りをしている太郎が、手を放せないと声を上げ、さくらが時間だと了承の言葉を言う。
赤ん坊の声がした隣室から、サポート・アンドロイドが赤ん坊を抱え居間へと入って来た。
『空腹、オッパイが欲しいと言っています』
「ん、分かった」
AIがオシメの匂いと赤ん坊の声を解析判断して告げ、さくらが授乳のために服のボタンを外し始める。
国防軍の家族官舎での何時も通りの風景。
平和で静かな? AIのサポートの有る、幸せの日常だった。
日本の赤ん坊が居る家庭では、当たり前の風景だった。
物は試しに書いてみた^^;
フレディ・スペンサーの、走り終えたバイクのパイプハンドルがひん曲がっていた話。
いったい、どーーーんな事が起きていたのか?
凡人には理解不能。




