14話 あの頃の、俺とバイクの他愛ない日々
思い付きと酔っ払い。
かなり適当執筆、適当に読み流しを^^;
地方のこんな三流大学にも、学生運動ってヤツが現れていた頃だった。
エルフにドワーフ、色々な獣人種、三流大学でもキャンバスは人種のルツボだ。
今の時代、ゴブリンにオークだって普通に市民している。
俺は今日ラスの講義が休講になったのを掲示板で見て、腹減ったなと駐輪場のバイクへと、帰るかと辿り着き跨った時だった。
メットを被りキック一発、アイドル回転でガラガラと鳴るエンジンからアクセルを開けて走り出そうとした時、まん前に立ち塞がるヤツが居た。
「君はバイクなんて乗って、大和の将来、集会に出ないのかっ」
魔族のアホが居た。
若い魔族ってのは頭の固いヤツが多くて、一度ハマルと果てしが無い。
俺はどうしょうか、ぶつけて轢くか? イヤそれは後が面倒だ。
話し合う? それこそ面倒だ。
見るからに言葉が通じそうにも無いバカ、誰か何とかしてくれ。
けれど誰も居なかった。
「あーーー、卑弥呼女帝殿下を敬愛し、国会の愚弄為る議員共へと反省を促し、苦学生の俺はバイクでの配達アルバイトに参じならねば、学費と食事も危ういのです」
どだーーーっ。
「む、それは済まなかった」
ヤツは素直に前を開けてくれたので、俺はさっさと走り出した。
「時間を作って是非とも集会に来てくれえ」
背後でヤツが怒鳴っていた。
行かんわっ、そんな暇有るかっ、だ。
中古を値切り買った350CCの空冷2スト二気筒。
今の時代なら2ストは水冷だが、コイツはもぅ旧時代の代物と為って、二本パイプのマフラーからの白煙が、普通に走っていて後続車に済まなく為るほどだった。
しかしなあぁ、走りながら俺は思う。
親のスネ齧っている学生が、集団でデモと騒乱、迷惑を撒き散らして世の中が変わるのか?
もし、そんな方法で変わったとして、ヤツラの言うとおりの社会が実現するのか?
あいつら、やからした後の事を本当にどうなるか、考えているのか?
普通に考えれば分かる事を、考えて居るのか居ないのか? 普通じゃ無いエネルギーで突進している姿。
有る意味、尊敬に値すると思う俺だった。
暴走族と、どっちが凄くて迷惑だろう? どっちも迷惑過ぎるな。
もっと違う方法が有るんぢゃ無いか?
バカな俺には分からないが。
考えても俺一人程度、どうにもならない事だと、俺は配達のバイト先へと走って行った。
シフトに飛び込みでも、人数が居れば割り当ては幾らでも来る。
2スト、ロードバイクなのに、おっさんポジションでガッチリなキャリアが有ると、山盛り詰まれた荷物で走り出す。
無理はしない、てか出来ない。
積載量を確実にオーバーしているだろうって言ったら、外人なら一人90キロ×二人=180キロに+荷物。
お前の体重なら、荷物100キロ程度、行ける行ける、つーーーて言われた。
行けるぢゃなく、往っちまうぜまったく。
後ろに背もたれの如く、固定した荷物が走りに重過ぎる。
それでも安全運転を心がけて走る。
このバイトも二年目と為れば、今だ馴れない都会でも必死に覚えた道は何とかなる。
早めのブレーキ、早めのウィンカー、しっかり確認、左巻き込まれ注意、信号の変わりばなが危ない。
白煙を撒き散らしながら辿り着いた支店に、ドサッと荷物を降ろし伝票にサインとハンコを貰う。
丸耳種のオバチャンのご苦労様、ありがとねの言葉が染みるぜ。
バイト先に戻った後はシフト通り、夜の10時まで文字通り便利に走らせ回される。
バイト代も悪くは無いが、ガソリン代もバカになら無い。
ああ、燃料オイル見ておかなくちゃ。
でもってバイト先に、何故かシャワーが有るのが、物凄く有り難い。
アパートへの帰り道、ちょい足を伸ばし、馴染みになった屋台の蕎麦屋で晩飯ソバをすする俺だった。
そばツユが染みる、油揚げが上手いぜぇ。
こんな俺だが、大学の授業は前の方の机で真面目に受ける、ノートもシッカリだ。
家での勉強時間が勿体無い俺は、小中高と学校の授業は集中する事にしている。
なので昔から先生達には受けが良かった、成績は大した事は無かったが。
コレは大学に為っても同じになっている。
学生が汚い格好をしているのは普通なので、俺の着くたびれた革ジャンパーでも目立つ事は無い。
ただし、やたら綺麗なビシッとしたファッションのヤツも居る。
ツヤツヤと白いヤツ。
日焼けした健康そうなヤツ。
金持ってそうな、持っている、不自由の無いヤツ。
ま、話しは合わない、てか、話掛けられもしない。
もし話しても噛み合わないだろうし、丁度いい。
昼は学食の安いCランチをオカズに、自前の海苔で真黒の麦飯オニギリ二個と、無料の番茶だ。
20才に為ればタバコを堂々と吸えるので、食後の一服が至福のひと時だったりする。
タバコを吹かしお茶をすすりながら、だだ広い学食を見渡す。
一応、女が居る。
背の高いの低いの。
髪の長いの短いの。
シッポの有るの角の有るの。
オッパイは一応に有るか無しか、ごくタマにでっかいのを見たら今日はイイ日だ。
ただしデブは勘弁して欲しい。
美人でスタイル良く巨乳ってのは滅多に居ないし、居ても既に男付きだ。
もっとも、こんな三流大学にそんなレアが居るはずも無く、せいぜいが顔が十人並み程度だろう。
俺個人は、スタイルは洋モノエロ本から身体は外人が好みだが、あの顔のゴツさはチョットと思う。
あ、うん、でだ、大学ってのはそんな女達でもモテる。
何せ大学生って男は精力が有り余っている。
犯れる相手、機会を求めて、脂ぎったギラギラした眼でメスを探し求めている。
高校の時は違う大学生だ、自由と解放、女だって性欲と好奇心が有る。
結果、色々と面倒臭い事や、信じられない事が、高校の時以上に起きる訳だ。
ま、降ろすからカンパしろってのは無いのはマシか。
俺は地方から遥か見知らぬ地方都市へ、大学は雪が降らない所を選んだ。
お陰で北国の人間には、こっちの夏は地獄だった。
ただし、女達が薄着になるのは天国だ。
でもって夏の海は灼熱だったが、こっちの海水浴の時期は長く、色々イイものを見られる。
ただし鉄板の熱に耐えながら、焼きソバのバイトだが。
バイト生活ってのは社会と世間、裏側の実態を見られて実に勉強になると、地方出の田舎者の俺は思った。
せちがらくも適当で、思いやりと自分勝手、平然とウソを付くヤツとお人好し過ぎる人。
バイト先も、来るお客も様々だった。
人間も仕事も、本当に色々だと思った。
大学とアパート、バイト先、その往復の代わり映えのしない日々。
せっかくの一人暮らしのアパートなのだから、彼女が欲しいと思う。
半畳の無いよりマシ、付いて居るってだけの風呂だって、付いて居る。
だからって隣のヤツ、どうやってこんな狭い所で延々と犯れるんだ?
筒抜けの音と声で、一度でイイからどんな事まで犯っているのか、見てみたいと思う俺だった。
もっともドアの外での鉢合わせで、見ちまった女の顔は――……
発情して思考力を失ってはダメだと、心底思った。
古いバイクのメンテナンスであそこへ行けと教えられ、何時の間にか馴染みに為ったバイク屋だった。
毎回、俺は鯛焼きを、タイヤ焼きと言って、店主のドワーフ、髭のオッチャンに差し入れと渡す。
けれど今日は、見かけない妙な二人が居た。
カッツン、カッツン、カッツン
ヒタすらキックペダルを踏み、エンジンを掛けようとしている若い女。
心配そうに見詰めるカメラを持った若い男。
そんな二人を面白そうに見ているオッチャン。
俺は出涸らし茶葉がミッチリ詰まった急須を掃除して洗い、自分とオッチャンにお茶を入れてから、小声で聞いた。
「アレ、何?」
「ああ、バイク雑誌のバイク・アイドルの取材だとさ」
ああなるほどと、俺は店内を見渡して思った。
このバイク屋は少々、イヤかなり変わっている。
ド古臭いバイクだらけで、俺も雑誌では見た事が有るが、実物はココで始めて、つーーーほどの年代物のバイクがゴロゴロしている。
クラッシックを通り越して骨董品だろと俺が言うと、オッチャンが全部走るぞと自慢げに言っていた。
裏の倉庫にはもっと有るぞって、それも全部、即走り出せるらしい。
信じられねえぇぇぇ。
――で。
カッツン、カッツン、カッツン
ゴーン、ゴーン、ゴーン
店の振り子時計が、キック音と一緒に鳴った。
女の子は上半身、白いTシャツ一枚に為って、全身汗だくになっている。
ブラジャー透けている……
しかたない、さすがに可哀想に為って、俺は見物から立ち上がった。
俺は無言で近寄り、女の子へデカイ湯のみのヌルイお茶を差し出した。
女の子が俺の気配に気付き、差し出されたデカイ湯のみを、汗だらけの顔で呆けた様に見詰める。
女の子は震える手で受け取り、湯のみのぬるいお茶を飲み干し、大きく息を付いた。
俺はその女の子へ、目線と気配で代われと促した。
やっと何所か諦めた様に、ゆるゆるとした動きで女の子がバイクから降りて、コンクリの床へと座り込んでしまった。
「君、掛けれるの?」
カメラを首からぶら下げたヤツが言う。
「わからないなぁ、これだけカラキックしてると、プラグがガソリンでベシャベシャだろうしな」
実際、ベシャベシャのベシャベシャだと思う。
普通なら、まず掛からないな。
普通なら、まずプラグを外して、何かの火でアブルくらの事はしないとダメだろうな。
でも俺は、物は試しに試してみる事にした。
まずメーター類を見る。
こりゃアカン、ランプ類が無いのでバッテリィの調子が分からない。
なのでウィンカーを点けて、点滅の勢いでバッテリィをチェックする。
よしOK、でも、んっと考える。
そういや、これだけ古いバイクだと、セルも無けりゃ始動にバッテリィは関係ないかと気が付き、苦笑いを浮かべた。
チョークを引く、て引いて有るか。
左ハンドルの付け根に有るクロームのレバーを……
オッチャンようぅ、アンタ意地悪だなあぁ。
俺はオッチャンの方へ顔を問う様に向けると、オッチャンがニヤリと笑った。
そして、デコンプ、ちょい待ち。
ガソリンのコックはOK、タンクの中は? キャップへ片手を伸ばした時。
「ガソリンなら入ってる」
オッチャンがダミ声の、基本ドデカイ声で言った。
若い男がその声にビクッとしたのが面白かった。
メインスタンドを立てたバイクのステップの上に立つ。
ハンドルを両手にキックペダルを何度か小刻みに踏み込み、ピストンを圧縮上死点へと持ってゆく。
デコンプレバーで圧縮を抜いて――
ベシャベシャの時はアクセルはフル開度、コレが俺のやり方だ。
キックペダルへ体重を乗せて、一気に踏み抜く。
ドッ
ドッ、ドッ、ドッ
ドダダダダダダーーーーーーッッッ
行き成りに回りだしたエンジンに、アクセルを半分ほど目安戻して行く。
ドドド、ドドドドドーーーッ
チョークを戻し、エンジンが妙な息付きぽく止まらないか、様子を見つつアクセルをゆっくりと戻して行く。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
重低音の鼓動が安定して打ち、メインスタンドで立つバイクが全身を震わせていた。
「掛かったか」
俺は一発で掛かった事にホッとした。
「どうして……」
コンクリ床に座っている女の子が驚きの顔で、バイクに跨る俺を見上げて言っていた。
さて、こーゆー場合は、だな。
「アンタ、バイク雑誌の正式な人なのか?」
俺はカメラを持った若い男へと顔を向けて聞く。
「あ、ああ、ちゃんと出版社の社員だ、下請けじゃない」
男が何だか自慢そうに、俺へと見下す様にアゴで返してきた。
「エンジンが掛からないって、会社のベテランの人へ電話しなかったのか?」
俺は顔をポリポリしつつ重ねて聞いた。
俺の言葉に、若い男が何だか無言に為ってヘンな顔をしやがった。
俺はその顔へ、ああプライドってヤツかとゲンナリと思った。
それと――
ドワーフはドワーフでオッチャンはオッチャンだから、聞かれたって教えないだろうなあぁ。
何せバイク雑誌って言っているんだから、なおさらだと思った。
「あ、あの、私が自分だけでエンジンを掛けるって、我がまま言ったんです」
コンクリの床から、フラフラと立ち上がった女の子が、気配りフォローを入れた。
偉いなあぁ。
ブラ透けてるなあぁ。
意外とオッパイがでかいなあぁ。
若いのに珍しく、ええ娘やぁ。
俺も若いけど。
俺はエンジンを動かしたままガソリン・コックを閉じ、シートから降りて何も言わずに元の定位置へと戻り、二人に顔を向けずにタバコに火を点けた。
飲み残しの冷めたお茶が旨いって飲みきった。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
重低音の鼓動が、キャブの中のガス切れで止まるまで続いていた。
二人はさっきまでエンジンが動いていたバイクを無言で見詰め、それからオッチャンに頭を下げてから出て行こうとした。
「娘っ子、アンタだけに教えてやる」
行き成りオッチャンがダミ声のドデカイ声で言った。
そして若い男に眼を向けて、片手でシッシッと追い払った。
男は何か言いたそうに、でも何も言わずに、店の外の自分のバイクに乗って去って行った。
残った女の子へと、オッチャンがノソリの立ち上がって、跨がれと顔で指図をしていた。
あのバイクは本当に古い。
どれくらい古いかって言うと、走りながらエンジン回転数に合わせて、点火タイミングを自分でレバー調節しつつ走らないとダメなほど古い。
俺が始動の時に触ったクロームのレバー、アレが点火タイミングの調節レバーなんだ。
なのでエンジンの高回転、そのタイミング位置にフルに動かして有ると、エンジン始動なんて絶対に掛からない。
どんだけ汗だらけになるほどキックしても、無理。
たぶん無理だと思ふ。
きっと無理。
なのであの娘、根性有るわ、本当に。
ドッ、ドッ、ドッ、ドドドドーーーッ
店の中に再び爆音が響きわたる。
「か、掛かったあああああああああ」
女の子が物凄い声で叫んでいた。
オッチャンようぅ、ニヤニヤしているけれど、あんな意地悪していると絶対女の子から嫌われるぞ。
しかし――
バイク雑誌の編集者だっつーーーのに、アイツ知らなかったのか……
俺でさえ知っていて、あれだけ骨董品みたいなバイクで、左側に妙なレバーが有れば気付きそうなモノなんだが。
ちなみにだが、ものすごーーーーーーくうぅド古いバイク、黎明期の様なバイクだと。
エンジンへのオイル供給を、手動でオイル・ポンプを突きながら走る、つーーーのも有ったりする。
信じられないけれど。
「ハーレーの大和版、陸王の古いヤツもそうだ、裏の倉庫に有るぞ」
オッチャンが信じられない―― この店なら有っても不思議ぢゃないか……
コトを言っていた。
「売らんぞ」
あ―― はいはい、バイク屋がバイク売らないで、どうするちゅの。
女の子が眼をキラキラさせてオッチャンを見つめていた。
バイクが本当に好きみたいだな、この娘。
コレがこの店に、またまた妙な常連が一人増えた日の出来事だった。
――で、懐かれた。
あの日からしばらく経って、俺の部屋が妙に小奇麗になっていた。
風呂もトイレもピカピカ、台所のステンレスもピカピカ、ニコチン曇りの窓もピカピカ。
ちゃんと脱いだ物を片付けないと、怒られる俺だった。
「タロウちゃん、海行きたいっ」
あの女の子、サクラが両手握りこぶしを振って、日曜昼メシのちゃぶ台の向こうで、行きたい行きたいと騒ぐ。
あの暑さの中、あの熱射の中、あの密集イモ転がしの中、へ、行きたいのかっ。
「うん、行きたい」
女子高校生は我がままだった。
どこの誰だ、女子高生バイク・アイドルなんて考えたヤツはっ。
妊娠させるぞっコノヤロウ。
「えーーーーーーっ、せめて卒業してから……」
俺に逃げ場はにゃかった。
家に金が有るなら、せめて短大くらいは行けと、手に職を付けろと、ガラにも無く俺はナゼか説得しているのだった。
で、再びナゼか、今夜の晩飯を、サクラの家へ食べに行く事に何時の間にか為って居た。
ナゼだ。
どうしてだ。
ロクな服しか持って無いぞっっっ。
これがあの頃の、俺とバイクだけの他愛ない日々に、一人の女の子がずっと加わった始まりだった。
運命って有るのか――
俺の腕の中でサクラが極上の笑顔で幸せをくれていた。
昔々のバイクは今の常識で見ると、本当に信じられない代物が有ったりします。
ハーレーのコンロッドが、V字一体、そのまんまの代物だったと知った時の驚き……
シフト・チェンジが、ガス・タンク横のレバーで変速するとか――
いったい、どーーーやって乗って走っていたのか?
まあ、現代の道路交通状況とは、まったく違っていたんだろうなと思うのですが。