13話 サイドカー『雪風』 5話
「重し、はい、重しね、重くなくても重しよね」
ブツブツと言いながら車から出て来た彼女に、テントの中へ入ってもらった。
状況の寒さとは違った寒さが、僕の中で生まれていた。
と、とにかくだ――
彼女にテントの中へ入る時にお尻からテントに入って貰って、宙の両足からいったん靴を脱いでもらう。
僕は彼女の靴に着いていた雪を、丁寧に叩き取ってからテントの中の彼女に渡した。
「足が寒いわ、中で靴を履いてちゃダメ?」
「ちょっと待ってて、寒さ対策とまだ道具が有るから」
僕は彼女の声に返事を返し、側車へとまだ残る道具類の荷物を取りに行った。
まずテントの中用の防寒ソックス・シューズ。
テントの床いっぱいに敷くアルミの中綿・断熱マット。
薄手のウレタンマット(一人用)。
4シーズンの封筒型、2人用シュラフ一個。
LEDランタン。
手回し充電式のラジオ(スマホにも充電可能)。
カロリー補充用のチョコとフルツーバーの袋。
ゴミ袋とテッシュ一箱。
タオル一枚。
使い捨てカイロ一束。
(コンドームは置いてきた)
そして彼女が抱えて来た、オムスビ&保温ポット&毛布三枚。
「…………」
それらテントの中を見渡して彼女が無言になって居た。
「あーまーその、サイドカーでトランク4個だから、色々と積めるモノで……」
僕は言い訳の様に、アハハハハハと笑う。
彼女が呆れた様な顔を僕へと向ける。
「何時でも夜逃げ出来るわね」
「せめて駆け落ちとか言って欲しい」
ロマンは大切。
ロマンチストでも無ければ、サイドカーなんて代物には乗っていない。
でも自分で思って、自分で恥ずかしくなった僕だった。
「で、このシュラフなんだけれど――……」
彼女が毛布ダルマさんで、顔を幾ばくか赤らめて上目使いで僕を睨み見て言う。
「普通のシュラフって身動き出来ないから、どうも肩が凝って……」
事実なのに言い訳している僕が居た。
彼女がジト眼で僕を見る理由。
イヤ、確かに、ジト眼で見られても仕方ないかも知れない。
それは封筒型の、布団の様な二人用シュラフ。
恋人が二人で、夫婦が二人で、一緒に入れるシュラフだった。
さらには枕が二つ付きなのだった。
見ようによっては、艶めかしい代物なのだった。
「確かに、貴方が来てくれなかったら、私、危なかったけれど――
お礼を身体で払えなんて、イヤだからね」
彼女がそう言うのだけれど、ど、ど。
シュラフに既に入って居て、毛布を上下にぬくぬく状態で言われても……
「一人より、二人の方が暖かいだろうから、特別に入れて上げるわ」
そう言って封筒型のシュラフの中で、片側へと寄った彼女だった。
ゴツイ防寒着を脱いで、有り難くも彼女の隣へと潜り込んだ僕だった。
LEDランタンの灯りがテントの中で点る。
大暴風雪の風音が鳴り続ける。
夜の中で二人だけ、世界の中で二人だけ。
僕達、二人だけの、誰も居ない世界だった。
「私、死に掛けたのか――」
隣で唐突に彼女が言った。
うむぅ、あの時点で何とかしようと思ったら――
車のマフラー、排気口を掘り出してエンジンを掛けて高回転を維持。
車の暖房をガンガン効かす事くらいだけれど……
この天候では即、雪に埋もれてしまうだろう。
「携帯やスマホの普及で、人は危機感を持たなくなって安直になったからなぁ」
バイク乗りの僕は、普段から思っている事を言葉にしてしまった。
その僕の言葉に彼女が顔を僕の方へと向けたのが、身動きの気配で分かった。
身体ひとつでバイクに乗って居ると、命はリアルで、死とまでは言わないが本物のヤバさが隣に居る。
それは自分で全部、何とかしなければ為らないのがバイクだと僕は思っている。
走り出す、前。
準備は大切だ、日頃のメンテナンスをしっかりして置かないと、自分からトラブルを招くことになる。
体調も大切だ。
『明日は休日、走るぞ!』と思っても、当日の体調しだいで中止する勇気は絶対必要だと思う。
走っている、最中。
誰も頼りにならない、全部が自分に掛かっているのがバイクを走らせるって事だ。
スマホとかが幾ら有っても、ソレは事後だ。
事が為された、起こった後だ。
起きてしまった、自分の甘い考えで招いてしまってからのスマホなんだ。
なので幾ら連絡が着いても、即、助けが来るとは限らないし、何よりも助けを呼ばなくちゃダメな状況が覆る訳でも無い。
連絡が付かないと、助けを呼べないと、自分1人で全部対処しなくちゃならない、そう最初から考えていたなら、人はまったく別の行動を取ると思う。
走り終えて、それから今夜と明日。
まず寝床の確保。
それとバイクから降りた後、ホッとした時間に必ず訪れる走りの回想。
バイクでの走りって誤魔化しが利かないから、全部、分かる。
自分が今日、どんな走りをしたのか。
ヤバイかったってのは特にだ。
ヤバイ、事故、その類の代物は確かに避け様の無いモノも有る。
行き成り、こっち目掛けて突っ込んで来る、どうしょうも無いのも有るかもしれないが、大半は何となく予測出来ると僕は思う。
バイクで走っていると、車を見て、その走り方を捕らえ、運転しているドライバーがどんな人か何とか無く分かる。
危険察知、この車とは距離を取った方がイイ、ってのは本当に分かる。
実際、道端へとバイクを止めて、その車が見えなくなるまで止まっていた事も有る。
世の中って本当に色々な人が居る。
人の力を超えた動力で動く、鉄の乗り物。
それを個人一人だけで動かす、混在交通の中で走らせる。
実感として分かっている人は、どれくらい居るんだろう。
――話しがソレた。
何度も繰り返しになるけれど、今の時代はやっぱり携帯&スマホが、その存在が、人を危機感無しにしていると思う。
イザと為れば助けを呼べばイイ。
安直な考えが、安直な行動に為って、最悪な結果に為る。
その行動の尻拭いに巻き込まれた人は、仕事とは言え大変だ。
バイクって代物に乗って、走っていると。
世界と、自分1人だけ。
それだけだ。
一人だけで向き合って、今だけの走りの連続。
それだけだ。
物凄くシンプル、だから誤魔化し無し。
この世の中で、これほどリアルなモノは無い。
この世界で、こんな世界が有ったのかって、それがバイクで走るって事だ。
僕は、ポツポツとそんな事を話していた。
普段なら、絶対に人には言わない事。
こんな状況だからか――
誰に言うとも無く、心の何所かで思って居た事を、彼女へと言葉にしていた。
二人、テント、シュラフの中――
気が付いたら、彼女が僕にくっ付いていた。
彼女の息の暖かさを感じる。
僕は彼女の身体の暖かさを抱き締めて居た。
言葉は無く、何時の間にか、まあ、その。
あの毛布ダルマさんの中身、凄かった。
寝不足気味の僕達二人は、重い轟き、重低音のエンジン音の唸りで眼を覚まされた。
「おい、生きてるかーーーっ?!」
テントの外からの大声。
テントの布地越しの、陽の光が有った。
「生きてるーーーっ、服、着るから時間、待ってくれっ!」
目覚めのボケた頭で言ってしまっている僕。
「あっ、もぅ」
ひとつのシュラフで二人、彼女が引張り寄せた毛布で胸元を隠しながら、しょうが無いって顔をしていた。
「おおう、無事ならイイ。道は開けたから走れるぞっ!」
重低音は除雪車のエンジン音で、外で怒鳴っているのは除雪車の男の人だった。
その後――
彼女の軽自動車を、除雪車の牽引で雪山から引っ張り出し。
僕はキャンピング一式を仕舞い、収納した。
彼女の乗る軽自動車と、僕のサイドカーが、お爺さんとお婆さんのお店へと走って行った。
一夜明けての、自然の猛威の去った、ピーーーカンの空が高い晴天だった。
昨夜までの、あの天候が信じられないほどの、穏やかな風景世界が有った。
で――
僕がソノ後、ナニをしているかと言うと。
「お兄さん、ラーメン屋、やってみないかい」
お爺さんと、お婆さんの、ニコニコ微笑みの押しに、白旗を上げた僕だった。
ナゼかバレていた。
イヤ、その、まぁ、なんです。
僕も男、逃げません。
ラーメン大好きだし。
色々と暖め合った、僕達二人。
「タロちゃん、醤油大盛と味噌大盛ぃーーーっ」
エプロン彼女が、膨らみが目立ち始めたお腹で、厨房の僕へと言う。
「ほい、醤油大盛、味噌大盛っ。サクラさん無理しないでね」
手を止めずにオーダーを繰り返し確認。
今は僕の奥さんに為った、サクラさんへと返事をする。
お爺さんと、お婆さんには、まだまだサポートとして引退なんてさせないっ。
「ひ孫の顔が見れますねぇ、お爺さん」
「おおうぅ、めでたいなぁ、婆さん」
ニコニコと、まったりしている二人。
「お爺ちゃんっ、お婆ちゃんっ、手が足りないの、手伝ってーーーっ」
奥さんのサクラさんが二人へと言っていた。
僕はとにかくオーダーのラーメンを作るのみっ。
人生って、何がどうなるのか想定も出来ない。
僕があの日、ここに居なかったなら――
彼女、サクラさんの命も危うかったはず。
さらには、サクラさんのお腹の中の命。
人生って、不可思議。
「タロちゃん、買出しのリストだよ」
彼女が渡して来たリスト・メモ、分量が半端ない書き込み指示が有った。
「さすがにコレ、車でないと無理か」
買出しにサイドカーで行けると、ヘルメットを抱えた僕はつぶやいていた。
サイドカーの『雪風』、家族が三人を越えたらどうしょう。
「左右に側車を付けたら?」
「さすがにソレ、もぅサイドカーぢゃないよ……」
彼女がニシシシと笑い言う、その何ともな『雪風』の姿を想像してしまった僕だった。
あ゛っ、でも、あの変態メーカーなら似たような代物を作るかも――……
僕がそんな風に思っていると――
「タロちゃん、早く帰って来てね」
片腕を取られて押し当てられ柔らかい、そう言われた。
僕は彼女が、二人、一緒に居られるのが幸せと、そう言ったのを思い出した。
男と女は理屈なんてモノじゃない。
何だか色々と相性がイイ、そんな僕達だった。
でも――
完全把握されて、実は彼女に操られている。
そんな僕だった。
『雪風』、たまには二人で走ろうか。
な。
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サイドカー『雪風』
エンジン
軽自動車の流用、ターボサイズ&EFIのセッティングは変更。
トルクの出方が自動車的
660CC 水冷 並列三気筒
DOHC4バルブ(吸気側のみ可変バルブタイミング)
インタークーラー・ターボ
*真冬に走ろうと思ったら、たぶんラジエターにフルカバードが必用?
ミッション&駆動系
6速+バックギア&センターデフにLSD
フロント センターハブに電気モーター
リア ドライブシャフト
側車 ミッションのセンターデフ側から駆動取り出し、ドライブシャフト
*作中には出て来ないが、側車側への駆動カットも可能。
サイドカー本来の走り方が出来る、出来るが、時、免許が二輪大型となる。
フロント アルールズフォーク
フロントも駆動輪となったため、テレスコでは剛性が?
リヤ 二本サス
大型バッテリィを積むための空間確保のため
側車 サス有り
(車のサスは調べたが、細かい所が分からなかった……)
車高調節の機能有り。
車体の水平化は始動時にオート。
最大6センチ。
ダンパー内へのオイルでは無い(これをするとコイルスプリングが)
(体的なメカは執筆者の能力を超える(泣))
アンチ・ロック・ブレーキ
バイクのリヤタイヤと側車タイヤのみ。
(リヤタイヤのみの駆動時、側車のブレーキをどうするか……)
収納
側車に小型トランク、計二個。
バイクサイドに大型トランク、計二個。
側車のシート後部に少々の収納スペース&外部にサブタイヤ。
その他
発電機はクランクシャフト軸上、直結タイプでは無い、はず?
側車側にも夜間安全のため、ヘッドライト並みの照明あり。
側車に暖房用のヒーター有り(冷却水を回してぇ……)
タイヤを四輪用のフラットなのにしようか、最後まで迷い、ウヤムヤに……
何だか、色々と力尽きて終了。
物は試しで書いてみたサイドカーのお話が、ここまで長くなるとは……
サイドカー独特の走りを、普通のサイドカーで書くべきだったか?
色々と反省の多い事に為ったのでした。
次話、アイディアは有るものの、どう形にしようか悩み中です。