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バイク夜想  作者: ケイオス
12/21

12話 サイドカー『雪風』 4話

 サイドカーの側車からアルミスコップを取り出し、自動車の扉が開けられる様に掘り出し始めた。

 それなりの雪の量だけれど、積もりたての雪は軽く、手間は掛かるけど重労働では無い。

 さほど時間も掛からずに、車のドアの一枚の全てが雪から掘り出されて現れた。


 スコップを雪に突き刺し、側車の幌を開けて中から荷物を取り出し抱え、自動車へ。

 僕がドアノブを掴む前に、中の人が自分からドアを開けてくれた。

 僕は荷物を抱えたまま、車内へと頭をかがめて入って行き、シートへ身体を落とし片手で開いていたドアをバンッと閉めた。



「信じられない、バイクで来たの?!」

 車内に居た人、若い女性に行き成り言われた。

 冬用の軽装のコートの上から、剥がし取った車のシートカバーをグルグルに身に纏っている、何ともな格好をしている美人だった。


「まず着込むのが先、それからお婆さんに連絡」

 僕は車内のルームランプの小さな灯りの中、彼女の唇が色を失くし掛けているのを見て言った。

 ガタガタと震えている彼女の身体が、限界に近いのが見ただけで分かった。


 僕は風呂敷包みを解き、中からのセーターや防寒着の上下を隣のシートに座る彼女に渡していった。

 着込むために震えながら身動きを始めた彼女だったが――

「うわ、寒そう……」

 思わず漏れた僕の声。

 この真冬の季節に、短いタイトスカートにストッキング、ショート・ブーツを脱いだ長い両足が着込むために宙であらわに動いていた。

 ソレぢゃ幾ら何でも、何所へ行っても、寒いだろう。

 思ってしまった僕だった。


「外は寒いけれど、建物の中に入ったら丁度いいのよ」

 僕の驚きの表情に、彼女が着込みながらムッとして言い返す。

 まあ、それは確かだ。

 北海道の場合、冬になれば建物の中って寒くない、暖かい温度になっている。

 なので外から防寒着の格好で中へ入って時間が経つと、暑くなって来る事が良くある。

 有るのだけれど――

 その両足、太ももの出し具合は、さすがに限度問題だと思う……



「低温火傷になるから肌に直接は厳禁」

 そう言って僕は車のシートの上でゴソゴソと防寒着の上下を着込んだ彼女に、使い捨てカイロを袋から出し次々とひと束分を渡していった。

「うん、知ってる」

 返事を返す彼女に、次の風呂敷包みの毛布を三枚渡す。

 彼女がシートの上、毛糸の帽子を被り、グルグルのマフラー、そこへ渡した毛布でダルマさんの様になって居た。

「た、助かったあぁ――……」

 両手で使い捨てカイロを包み持ち、やっと温もりを感じたらしく、ホッとした顔になった彼女が吐息の様に言う。

「お婆さんに連絡を」

 そんな彼女に僕が言うと、ハッとなった顔でゴソゴソとスマホを探し取り出す彼女だった。

 僕は自分がヘルメットを被ったままなのに、今さらながら気が付いてメットを取り動いた。



 こんな天候でも繋がるスマホで、彼女がお婆さん相手に柔らかな表情で色々と話し込んでいた。

 僕はその彼女を横目に、お爺さんから手渡されていたブツを取り出した。

「ほい、オムスビ」

 スマホで片手が塞がっている彼女へと気を利かせて、包んでいるアルミホイルを食べ易い様に半分剥がして手渡す。

 手渡された彼女がオムスビを、眼が離せないって言う感じで見詰めて、ハムッと食らい付いていた。

「お婆ちゃん、オムスビ、美味しいーーーっ」

 モグモグしながら彼女はスマホの向こう、お婆さんに笑顔で言っていた。

 ん、でも、ソレ握ったのはお爺ちゃんだったよ、うん。


 次に保温ポットを揺すり動かし、中身を混ぜる。

 ポットの大きな蓋に、中の湯気の立つ味噌汁を彼女の視線を感じながら注ぎ、渡す――

 スマホとオムスビで両手が塞がって居たかぁ。

 でも彼女はオムスビの残りを口の中へと放り込み、空いた片手で味噌汁の蓋カップを受け取った。


 フーーー、フーーー

 ずず、ずうぅぅ

「美味しい……」

 熱い味噌汁を、ひと口、ふた口、すすり飲んだ彼女がホゥと吐息を付いて、素の表情でつぶやいていた。

「オムスビ、一個貰うよ」

 僕も今さらながら自分の空腹に気が付き、防寒グローブを脱いだ両手でオムスビのアルミホイルを剥がしに掛かった。



 外気と同じ温度の冷え切った車内。

 ルームランプのみ一個の明るさ。

 そんな車の中で――

 彼女は味噌汁をすすり飲みながらスマホで話し続け。

 僕はその彼女の隣で、オムスビの塩加減が絶妙、海苔が美味しいと、たちまちオムスビ一個を食べ尽くした。


「ほぐしシャケが旨い」

 保温ポットの中蓋、小さ目のカップの味噌汁を飲みながら、片手に二個目のオムスビを持って僕はつぶやいた。

「え゛っ、シャケの具のが有ったの?! ズルイっ!!」

 ズルイと言われても、ソレは理不尽。

 ああ、でも、女性って理不尽な生き物だったなと僕は思い返した。

「お爺さんだから、具は、梅にオカカにシャケの三種類が有ったのね」

 彼女が何だか悔しそうに僕を睨んで言っていた。

「イヤ、ソノ、僕は無実、当たり外れは時の運だと思う」

 どうして言い訳をしなくちゃいけないんだ?

 若い美人に睨まれるほどの事だろうか?

 だいたい、どの具も美味しいし外れなんて無い。

 言ってしまってから思う僕だった。


 彼女が怒った様な顔で、ポット蓋のカップを僕へと差し出した。

 はい、お代わりですね、はい。

 保温ポットからカップへと味噌汁を注ぐ僕だった。



「うん、大丈夫、暖かくなってるから、うん、うん、分かった。また連絡するね」

 通話を終えた彼女がスマホを仕舞い込み、僕へと顔を向ける。

「除雪車がこっちへ向かおうとしたら――

 私みたいに動けなくなった車から、救援の要請が押し寄せ始めたんだって」

 そう言って苦笑いしている彼女が居た。

「あ――……」

 僕は何となく、どうなっているか想像出来てしまって、ソレしか言えなく為っていた。


 たぶん、立ち往生した車から――

 警察、消防へと次々と連絡が行く。

 役場は災害対策室を立ち上げて、あちこち連絡をしまくりながら様々準備を。

 除排雪を受け持ち、除雪車を持つ業者はテンテコ舞い。


 この時代だからスマホや携帯からGPSで位置情報は取れる。

 けれど、ひよっとしたら電池切れで連絡出来ない人だって居るかもしれない。

 視界の利かなさも有るけれど、諸々の理由で、一気にスピードに乗って除雪は無理だ。


 道を開ける除雪車の後ろに付いて、救助隊が動くにしても――

 車を掘り出す、突っ込んでいる車を引張り出す。

 イヤ、とにかく寒さに震える人を先に何とかするのが重要で、車は放置して天気が収まってからか。

 どこかに助け出した人達を収めて、暖かくして食事とかも必要だし、場合によってはそれこそ病院かも。

 どちらにしても、この天候と、この道路状況だと、簡単には行かない仕事だ。


「凍えたりせずに暖かく出来ているなら、こっちの救助は後回しでもいいかって言われたらしいわ」

「まぁ、そうなるか……」

 僕達は二人そろって、何だか溜め息を付いていた。




「となると―― さて、どうするかだな……」

 やっと人心地が着いたらしい彼女の様子を見て、僕はつぶやいていた。

「車の中で待つ?」

 毛布でダルマさん状態の彼女が、僕が掘り出したドア、その細く開けている窓ガラスを見て言った。

 ドアのガラスはもう雪が張り付き、開けていたはずの隙間も雪で埋まり、ガラスの白い霜越しの外光が無くなり暗くなって居た。

 その暗さは外光が遮られているだけじゃなく、さらには時間がもう夜が近い事を教えてもいた。


「時間が時間か」

 暴風雪で昼なお暗いと言っても、その暗さは太陽を遮っている白い暗さで、本当の闇では無かった。

 陽が落ちだしたコノ時間帯、走り出して暗くなれば、夜の闇の中での暴風雪は本当に何も見え無くなる。

 これで走ったら、たぶん、どっかで必ず身動きが取れなくなる。

 サイドカーの『雪風』が走れなくなるんじゃ無く、どこをどう走っているのか分からなくなる、絶対に。


「よしっ、ビバークだ」

 やっぱりソレしか無い、僕は決意の声を出した。

「えーーーと?」

 僕の言葉に、彼女が疑問符の顔を向ける。

「テントを張る」

「!!!」

 僕は彼女の驚き顔を見て、真冬に雪の中にテントって、まあ普通はそうだろうなと思った。


「雪を被っていても車の中だと外気温と同じだし、窓を細く開けて空気の入れ替えも有る。同じ様な状況ならテントの方がまだマシだと思う」

 僕は白く霜が全面に付いて居る車のガラスを片手で擦り、白い霜を擦り取りながら言った。

 それから僕は彼女に少し時間が掛かると言って、脱いでいたヘルメットを被り直し車の外へと向かった。

 開けて行く車のドアが、僅かな時間で積もった雪を押し、重い手応えが有った。




 雪に突き刺していたアルミ・スコップを引き抜いて手に取った。

 そしてヘルメットのシールドを上げた視線で、暴風雪の中、周りを見渡した。

 もう暗くなって来ている、視界が全然利かない、場所をどこにするか?

 なるべくなら暴風がモロ当たりしないのが理想だ。

 僕は車が突っ込んでいる雪山を見上げて溜め息をついた。

 まあ、ここしか無いだろうな――

 そう思いながら僕は雪山へとスコップを振りかざした。


 雑木林側の雪山に突っ込んでいる、彼女のワゴンタイプの軽自動車の風下側の雪山へ向かって、アルミ・スコップを動かし続ける。


 暴風雪で出来上がりたての雪の山は以外に柔らかい。

 比較的に短時間で出来た風で集められた雪山は、日にちを掛けて積もり締まった雪とは別物だ。

 柔いのはイイのだけれど、その代わりと言ってはナンだが、屋根の雪下ろしの様にシッカリとスコップには乗ってくれない。

 シッカリと手応えの有るモノを掘るとか、切り出すとか、そんな感じでは無く、掻き動かす。

 とにかく体力任せに、延々(えんえん)と同じ動作で雪を移動させる感じだ。


 スコップのひと動作で動かした雪を、さらに遠くへ動かすのに、またスコップを繰り返し延々と動かす。

 ただし、汗を掻かないペースで動く。

 この状況で汗を掻くと乾かないから、汗で濡れた身体と下着は体温を奪うから。

 僕はそうやって雪を移動させ続けた。




 雑木林側と軽自動車の間に、四畳半ほどの空間をやっとこさ作り出した。

 その作り出した空間の下、地面、じゃない、雪面を出来るだけ踏み固める。

 よしっ、次はテントだ。


 アイドルを続け、ライトで照らし続けていたサイドカーへと向かう。

 側車の幌を開けて、床の片側へ固定して有った長い包みを取り出した。

 ウィンター・シーズン対応の3人用のドーム・テントだ。


 僕がサイドカーでは無く普通のバイクに乗って居るなら、荷物になら無い様に、寝るだけの一人用くらいのテントにしただろう。

 けれど僕はサイドカー乗りで、サイドカーはバイクに比べれば収納量が本当に余裕が有る。

 なのでテントも、3人用の長さ大きさの有るモノを余裕で積める。

 ただし、テントって代物は3人と言っても実質2人なのが実情だ。

 確かにくっ付いてすし詰めで寝るなら3人は入れるけれど、登山でも無い限り普通のキャンピングでは実情は2人だろうと思う。

 この辺りが実際に使ってみないと分からない、キャンピング用品の注意点だ。



 4シーズン対応、冬でも使えるドームテントは色々と特徴が有る。


 テント本体とその上へフライシートが有る二重構造になって居る。

 そのテント本体を支えるポールは外側に有り、テントとポールを繋ぐスリーブは長めで、テント本体とフライシートの間がシッカリと空いている(特に天頂部分)。


 ベンチレーション部分がシッカリしている事。

 ここが適当な作りだと使っている間に自立しなくなり、ベンチレーションの機能が無くなってしまう。


 後はテントの出入り口とフライシートの間部分に、若干のスペースが有ると便利だ。

 このスペースが有ると夏なら脱いだ靴を置けるし、出入りする時に風除け的になるからだ。


 テントは夏用なら極論で、どんなテントでも何とかは為る。

 ただし冬用の場合は、自分の使用シュチェーションを信頼出来るお店で相談するのが間違いがない。

 ひと口にテントと言っても、寝るのみのテント使用と、ベースキャンプのテントとしてタープも張り、雨の中でも火を使うとか、様々な姿が有るのだから。




 僕はアイドルを続けるバイクのライトの中、ドームテントをフライシート込みで張り終えた。

 本当ならペグを打つのだが、この雪面では打っても利かないので諦めた。

 テントは車の陰で風下になり、その車と雪山の間に掘られた空間なので、風に対しては何とかなって居る。

 それでも念のため――

「テントが飛ばされない様に、中へ入って重しになってくれーーーっ」

 さっきから、車の中、白い霜を手で溶かして窓ガラス越しにこっちを見ていた彼女へと、大声で怒鳴った僕だった。


 僕のその怒鳴り声に、車の中から何だか不機嫌そうに出て来た彼女が居た。

 冬用のシュラフを使わないと寒いです^^;

 でもって冬用のシュラフは夏は暑い……

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