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バイク夜想  作者: ケイオス
11/22

11話 サイドカー『雪風』 3話

 まだ一応昼間なのに、走り出して見える全てが、真っ白く暗い。

 止む気配の無い大暴風雪は、見渡す限りの全てを埋め尽くして、まるで視界が利かなかった。



 あれは何年前だったろう――

 今と同じ様な真冬の台風、爆弾低気圧?に北海道中が飲み込まれた出来事だった。


 都市近郊はまだ何とかなったが、家屋もまばらなダダッ広い農業地帯で様々な事が起きた。

 当地の人の話しでは、まだ大丈夫と車で移動出来ていたのが、見る見ると荒れて行き、どうにも為らなくなったと言っていた。


 携帯が繋がっても、車は走れない。

 救助に行こうとしても、そのための除雪車両を動かす人が、家から動けない。

 車両を動かしたとしても、道の全てにまったく足りなかった。


 さらには余りの視界の悪さに、立ち往生している車を視認出来ず、雪に埋もれているかもとスピードに乗って一気に除雪出来ない。

 そして、空けたはずの道が、再び雪に埋まっていく。


 どうにも天候が治まるのを待つしかなく、自然が本気になった時、人間は無力だった。




 僕は、そんな天候が再現された中、サイドカーの『雪風』で走っていた。


 降っている雪の量が途轍もなく多い。

 その大量の雪が物凄い暴風で、途切れなく空間を一方向へと荒れ狂って走り、叩き付ける。

 事実、視界は数メートル先が見えるか見えないか。

 車とかで走るなら、その走るスピードでは視界ゼロに等しいだろう。

 真っ白で薄暗く、まるで見通しが利かない。

 こんな日に外へと出て動こうなんて、自殺行為に等しい。

 でも僕は走っていた。



 雪がいくら多く降っても、風が無ければ実際はさほど問題は無い。

 そう問題は風なんだ。

 風は雪を移動させる。

 それが雪の吹き溜まりを作り、暴風は物凄い雪山を繋がり作る。


 道路の路面が周りの地面よりも明らかに高いなら、道路上に雪山は出来にくい。

 それは風が吹き抜けて、雪が溜まらないからだ。

 それって別の状況、(すなわ)ち道路が周りの高さに近ければ近いほど、吹き溜まりの雪山が出来易いって事だ。


 吹き溜まりの雪山は、たぶん、ほんの些細(ささい)なモノを切っ掛けとする。

 風の中に立つ、電柱の後ろ側。

 ガードレールの風下。

 道路標識。

 そして、周りよりも確かに高い道路の路肩。

 それに今まで除雪して有った雪が道路脇の左右に有る。

 さらには、道路の路面が幾ら高くても、本当の物凄い大暴風雪に為ってしまえば、吹き溜まりの雪山の連なりは出来てしまう。

 道路の左右に、三角形の先っぽが道路の内側を向いたドデカイ雪山が出来て、その先っぽを互い違いにして道を塞いで行く。

 それは、車が突っ込んだら動けなく為るほどの、そんなデカさの見上げるほどの雪山だったりする。



 そんな三角雪山が左右に連なり、その雪山の間の谷間が唯一、何とか走る事が出来た。

 その谷間をサイドカーの『雪風』は、タイヤを半分以上、雪の中に埋めながら進んでいた。

 とても動力で動く乗り物のスピードでは無く、せいぜいが人が走る程度の早さだった。

 だけれど、止まる事無く走り続けていた。


 降り積もりたての雪は、深いけれど柔らかい、それが走れる理由だった。

 積もった雪の上側はふんわりと柔らかく、路面へ向かうにつれシッカリとした存在になる。

 タイヤの径が大きく、最低地上高が高いオフロード4WDなら、この状況でもまだ走れる。

 ただし踏み締める雪の深さが車の腹を越え出すと、それが限界になる。

 俗に言うカメになるんだ。


 オフロード4WDが走れる道も、乗用車の4WDは意外と限界が低く、無理をすると直ぐスタックする。

 車の腹の低さも有るれど、何よりもフロントのエアロパーツが雪に埋まり、走れば雪を押し集め、遂には止まってしまうからだ。

 さらには、いくら4WDでも四つのタイヤの内、一個のタイヤが滑って空回りすると、駆動系のパワーがその空回りの一輪に全て行ってしまって、4WDも何もかも無くなる。

 古臭い古典的な直結の4WD、デフ・ロックを持つ4WDが、本当の意味での走破性を持つ4WDだろう。

 もっとも、現代日本でごく普通の生活をしている人が、そんな道、状況に、煩雑に出会うなんて有り得ないけれど。




 何所から何所までが道路なのか?

 ガードレールは既に雪に埋もれて判別が付かなかった。

 けれども、その埋めている雪の盛り上がりの様子で、連なる雪の山が道路の存在を教えてくれていた。

 それと、時折見える道路標識と、道路の路肩を示すポール標識の存在が助けになって居た。

 そして、いくら降り積もっても道路の交差点は見間違え様は無い。

 僕はそうやって、走り進み続けた。


 吹き溜まりの雪山へ突っ込んだら手間と時間が掛かる。

 雪山連なりの低い所を縫う様にして走る、走り続ける。


 サイドカーの『雪風』のタイヤが半分以上、雪に埋まって動いている。

 焦ってはダメだ。

 僕はヘルメットのシールドを左手で拭き、そのシールドを細く開けて風の冷たさを感じながら、目視の確認を繰り返した。


 三輪駆動、3WD、フルホイール駆動の『雪風』だから何とか走っている。

 特に冬用のスタッドレス・タイヤは、トレッド・パターンが夏用のオフロード・タイヤに近いので、雪面を掴み噛む能力が有る。

 それに四輪と違うサイドカーの車体は、四輪の場合の腹がカメになったり、フロントが雪を溜め込む事も無い、その違いはかなり大きい。

 ただし、バイク側と側車側を繋いでいる部分に、雪が溜まって行くのだけはしょうが無い。

 路面に降り積もっている表層の柔らかい雪なので、繋がっている部分に溜まる傍から後ろへと、押されて落ちて行くので何とかなっている。


 ガソリンは満タンにしていたから問題は無い。

 走る速さがトロし、使い捨てカイロも入っている身体も寒くは無い。

 ただし雪ダルマの様にはなっている。

 風が吹き当たる側に雪がくっ付き溜まり、動く度にバラバラと剥がれ風に飛んで行く。

 バイクのシートに座る両足の股間に雪が、これまた溜まり、時々腰を持ち上げて左手で叩き払う。

 他の車両のタイヤ跡なんて有るはずも無く、有ったとしても、たちまち風雪に埋められるだろう。

 真っ白な薄暗い世界に、僕と『雪風』だけが居て、他にどんな命も無い雪だけの世界だった。


 そうやって走り続け、やっと雑木林のバイパス道路への交差点へと辿り着いた。




 この道路はこちらの方向から行くと、ゆるい登り坂から入って行き、片側に山すその雑木林を見て、反対側はガードレールだ。

 元々雑木林と畑の間に新設された道路なので、この道沿いには家屋がまったく無い。

 視界が利くなら、遠くにポツンポツンと農家の家が見えるのだけれど、今は白く何も見えない。

 そんな道を農地のガードレール側から、横殴りの風雪が雑木林の方向へと吹いていた。



 サイドカーの『雪風』のエンジンが問題なく動き続ける。

 元々が軽自動車用のエンジンはバイク用に手直しされたとは言え、低速トルクの有る四輪的なセッティングのままだ。

 それが今の状況には有り難い。


 僕は風雪の中でメットのシールドを細く開けたまま、焦らずにゆっくりと走る。

 そして走りながら時折、バイクのホーンを鳴らし続けた。

 ビィーーーーーーン

 ビィーーーーーーン

 ビィーーーーーーン

 甲高い音質で、やや耳障りだけれど遠くへと届き、ハッキリと識別出来る警告音だ。

 この暴風雪の風音の中でも(まぎ)れ打ち消されずに、人工的な音として届く音だ。

 この音に答えてくれと祈りながら、僕は進み続けた。



 プワアァーーーーーーッ

 プワアァーーーーーーッ

 プワアァーーーーーーッッッ


 何所か気が抜けた様な音が微かに、けれど確かに聞こえた。

 風雪の世界の中に、命の答えが有った。

 僕の意識がいっぺんに目覚めた様だった。


 ビィーーーーーーーーーン

 プワアァーーーーーーーーーッ


 ビィーーーーーーーーーン

 プワアァーーーーーーーーーッ


 ビィーーーーーーーーーン

 プワアァーーーーーーーーーッ


 風音に紛れながら、互いの存在を知らせるホーンの音が繰り返される。

 その音が走り進むと徐々に大きく確かなモノになって行き、気が付けば、目の前の雪の大きな塊の中から聞こえていた。


 ビィーーーーーーン

 プワアァーーーーーッ

 ここだっ、間違いない。

 僕はその手前に『雪風』を停車して、ニュートラを出すのももどかしく、エンジンを掛けたままのバイクから降りた。


 バイクのライトの明りが当たる雪の塊、背丈を越えるほどの雪山の吹き溜まりと一体化していた。

 僕はそこへ向かって、膝も埋まるほどの雪の中を全身で歩いて近付く。

 眼の高さへと両腕を雪の中へ突っ込む様にして、壁の様な雪を崩し、跳ね飛ばし掘り進む。

 ――と、両手にゴツンと硬いモノが当たった。

 有った。

 防寒グローブの両手でさらに雪を掻き分け除けると、車のサイドウィンド、ガラスが現れてきた。


 その車のガラスは人の呼吸の水分が凍り、内側の全面が白く霜と為っていた。

 けれど一部分だけ、扇の様に中の人の手で(ぬぐ)われて、白い霜が体温で溶けて半透明となっていた。

 僕はメットのシールドを全開に開けて、車内を確かめ見た。

 ガラスの半透明越しに、人の顔が有り、僕達は眼が合って見つめあって居た。

 よしっ、生きているっ。

 僕はホッとすると同時に、全身から力が湧き上がって来た。


「今、掘り出すからガンバレ、気を抜くな、ここでホッとして意識を手放したらヤバイぞっ」

 僕はガラスの向こうの人へと大声で怒鳴り、ガラスの向こうで人影が頷くのが分かった。

 よしっ、行動だ。

 僕はスコップを取り出すためにサイドカーの側車へと向かった。

 ジムニーがマイカーで無かったら、遭難していたな……

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