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De Historia Clade 人魚姫   作者: 田鼈屋守
9/11

【九節】巡り集う絆

【九節】


これは異なる逸話。


改編された童話。


人間という生き物がどれほど醜く本能に忠実であるのか。


溢れ出た愛はやがて憎しみへ変貌する。


愛の形は様々だ。


決まった形状は存在しない。


似ているだけで違いは必ずある。


改編された人物達の魂は、愛は、どのような形を見つけ、その先の幕を終えるのだろうか。

―――――――――――――――――――――――


王子は眼前の少女の言葉に気を取り戻すように応える。

「海だよ。城から少し離れた海で見つけたんだ。ちょうど舞踏会の時間に波に流れる光りものが見えて、すくいあげたら鱗のようなものだったのさ。最初はここまでの輝きはなかったんだけど、磨けば磨くほどに煌めいていったのさ!これほど美しい物は見たことないよ」


王子は夢中になって教えてくれた。


よほど人魚の鱗と言われるそれに、心から魅了されているようだった。

「しかし、この鱗に勝るほどに君も美しい。この街の子なのかい?良かったら舞踏会に招きたいと思うんだけどいかがかな?」

「お誉めにあずかり光栄ですわ。今は教会にお世話になっているの。ぜひ舞踏会に参加させてもらいます」

姫には驚きもあったが同時に千載一遇の機会だと確信して、王子の招待を(こころよ)く承諾した。


周囲を囲む街の人々も、それに対して皆で喜ぶように拍手を捧げた。

「なるほど、ローレンスの教会だね。私もよく知っているよ。では、後日に迎えの馬車を用意しよう。

夕方には来るだろうから準備して待っていてほしい。ではこれにて失礼するよ」


そう告げると、膝をついて姫の手に口づけをした。

さすがの姫もこれには頬を赤らめていた。

「食べ物のもお酒もまだ沢山ある。今宵は大いに楽しんでくれ」


周囲に伝え終えると、早々に馬車へ乗り王子は城への道を戻っていった。

姫は一人残され、ぽつりと立ち呆けていた。

「よっ!お姫様候補だ!」

酔っ払いの男達はからかい声を投げかける。


肩を叩かれるように、はっとして姫は余計に恥ずかしくなり、すぐにその場から逃げるようにローレンスの元へ駆け寄った。

「おかえり、急に居なくなるから心配したが、おめでたいことじゃないか。舞踏会への招待だろう?行きたくても簡単には行けるものではないんだ。君は選ばれたんだ。祝福されるべきものさ」

「そうなのかしら...それより早くこの場所から出たいのだけど」


街の人はにこやかに彼女を見つめていたので、それに耐えられないようだった。

「そうだね。今日はもう帰ろう」

二人は足早にもと来た道へ戻り、馬車に乗って帰ることにした。


月明かりに進む暗がりの草原は寂しくも清々しい風が吹いていて、心地よかった。

「明日は朝から少し手伝ってもらいたい。放牧している牛の乳を集めるのが、難儀なものでね。それで朝食の用意をしよう」


ローレンスは帰りの道中で呟く。

「舞踏会ってどのようなものなのかしら?私、あまり知らなくて」

姫にとって海の国で言う舞踏会とは、国を挙げたお祭りのようなものだ。


人間の世界における舞踏会についてはさすがの博識な姫でも未知の世界ゆえ、実際にどのようなものなのか知らなかった。

「王室の舞踏会はそりゃ豪華絢爛の一言だろうね。貴族や王室の人間が集まって華やかな演舞を楽しむ場だよ。きっと楽しいと思うがね。エラ、君はどう思うんだい?」


月を見つめながら喋るローレンスはどこか寂しげだった。

「私はわからないわ。舞踏会が素敵な場所なのは想像できるのだけれど、初めてのことだから...」

「まぁ、深く考える必要はないさ。自分の目で見て楽しめばそれで良いんだよ」


ローレンスはにこやかな顔でそう姫に喋りかける。

何か意味深にも感じる部分はあったが、先ほどの祝祭からほとほと疲れきっていた姫は頷き、笑顔で返した。


あと五日、刻々と約束された日は近づいていた。



遠く暗い海の底、宮殿では騒ぎが収まらなかった。

末っ子の姫様に続き王様と、二人がいたくなり、気づけば三女の姫様すら姿をくらますではないか。

「いかん、どこにも見当たらないぞ。きっと海の上へ向かったんだ」


衛兵達は血眼になって宮殿を探し回ったが、とうとう見つけ出すことができなかった。

「この状況で見当たらないのならば、もはや海の上へ向かったのは間違いなかろうて。あの臆病な子が自分で動くほどじゃ、きっと止めることもできなかったろうさね」


婆様は三女の心情をよく理解していた。

それほど、三女の姫様が動くことによほどの驚きと勇気を感じたのだろう。

「しかし、そのまま野放しにもできませぬぞ!海の上へまでは決して楽な道のりではないのですから。あそこまで向かうのは強い意思と体力なくしては向かうことができない」


海の上へ向かうという行為は一見すると夢見心地のような事にも思えるが、その実、それなりの時間がかかる。


昔はそれを武勇として、衛兵立ちは果敢に海の上へへと上がることを自慢し合っていたほどだ。

「我々も姫様達の救出に準備をしましょう。このまま何もしないのは我々の魂が許せませぬ。婆様、よろしいですかな?」

「わかっておる。お前達も止めることはできなかろうが。じゃが、万全の準備をしてからじゃ。海の魔女の動きも気になる。よくないことが起きるやもしれぬ」

「承知しました。では早速仕度に取りかかります」

衛兵達は海の上へと向かう準備を始めた。


そんな深い海の底から遥か上方、深く青い広大な海はどこまででも続く。


どれほど泳いだのだろうか、慣れない距離に不安と挫けそうな心が浮き彫りになりそうだった。


三女の姫は海の上へ向かった末っ子の姫を追いかけ、どこかもわからない海中を必死に上り続けていた。


最初は真っ暗な海も次第に青く色が薄れていく。

その色合いの変わり様に、末っ子の姫様は海の上が近づいてる証明だと自身を勇気づけ、泳ぐことを諦めずにいた。


やがて、青い海に光が指すように明るさが増してくる。

「あぁ、きっと海の上だわ。やっとたどり着いたのね」

光はより強く眩しいとさえ思うほど強くなった。

体に伝わる海の重みを切り開くように上へ、上へと上がり続ける。


やがて、重たい殻を破る様に海を切り開き、その先へ飛び出した。

見渡す限りの地平線、果てまで続く広大な空と、一輪に輝く太陽の光。

「眩しいわ。相変わらず海とは違う素敵な景色で溢れているわね」


三女の姫様が海の上へと来たのは二度目で、一度目は暗い夜更けのことであった。


今度は太陽も昇った日中に顔を出したのだ。

「おかしいわ、この前は陸が見えたのだけど」

急ぎ必死に上がった三女の姫様はどうやら陸地が見える辺りとは離れた場所に上がった様子だった。


だが、よく目をこしらえると陸地のような海とは違う色をした大きな広がりが見えた。

「あそこね、早速、向かわなくちゃ」


体は自然と陸へと向かって進んで行く。

少しばかし頑張れば、たどり着けない距離でもなかった。


三女の姫様が進むにつれ、陸は鮮明になり、徐々に大きくなってゆく。

だが、次第に妙な感覚が彼女に起きていた。


陸以外に小さい何かが、やけに近いように見えるのだ。

「変ね、あれは陸ではないわ。何かしら」


明らかにおかしいと感じた三女の姫様は警戒を始める。

波に揺られゆっくりと、少しずつだけどそれは接近していた。

「小さいけど、船かしら?陸の色に似ているからよく分からなかったわ」

木造の小さな小舟、陸地の岩場は土黄色だったのですぐにそれが船だとは分からなかったのだ。

「誰か乗っているわ、船の下を潜れば平気かしら」


三女の姫様は自信の存在を悟られるわけにはいかなかった。

そもそも、人間と人魚が出会うことは神秘に近いものだ。


襲われて捕まるかもしれないし、おいそれと姿を晒して対話するなんてことは絶対にできない。

しかし、船に乗っている人影らしきものは三女の姫様へ向かって手を振っていた。

既に向こうからは気づかれていたらしい。

咄嗟に海中へと潜り込み、身を潜める。

船はすぐ近くまで来ていた。

「まずいわ、見られてしまったのね。このまま潜ったままでいればなんとかなりそうだわ」


潜り込んだ頭上に船影が漂う。

完全にこちらを探している様子だった。

「おーい、下にいるんだろ?顔を出してくれないか?君に用があるんだ」

声が聞こえる。海中に響く感じはなかった。

直接頭のなかに響くような感覚がして、三女の姫様は驚いた。

「妹の姫さん救いたいんだろ?怖がらないで上まで来てくれないか?」


また、変な感じだ。

やはり頭の中に語りかけてきている。

何者なのだろうか。

気持ちが驚きから恐怖へと変わっていく。

「なぁ、そこにいたら話もできないだろう?こっちだけ喋ってても退屈じゃないかい?まぁ、驚いてるだろうし、仕方ないかねぇ。あたしはそうだな...旅の占い師いとでも名乗っておこうか」

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