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De Historia Clade 人魚姫   作者: 田鼈屋守
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【四節】帰らざる帰路

【四節】

かつて古い伝承の中に、こんな話がある。


河の神アケローオス。

半神半人の英雄ヘラクレス。


求婚者のデーイアネイラを求め争い、その果てにアケローオスは豊穣を司る角を、ヘラクレスに折られてしまった。


その角から流れ出す血は無尽蔵に果実や財宝を生み出す魔法の角だった。


そしてもう一つ、ある生命を産み出すことにもなった。


その生命こそ、人魚であると伝えられる。



周囲は真っ暗な闇が広がり、その先に一筋の道が見えるように、海洋の森が見えた。

「さぁ、早くおいでなさい。時は一刻も争うのだろう?大事なお姉様達を救いたいなら、勇気を出して、私の屋敷まで来るんだ」


声に従い、姫様はあの森へと近付いて行く。

背筋が凍る、異様な空気を放つ森は近くなるにつれて、次第に恐ろしく感じた。

見たこともない不気味な生き物が漂っている。


姫様の直感は触れるべきでない感じた。きっと良くないことがある。

当たり触りのないように進み、ようやく森の前まで来た。


よく見ると、棘の生えたヒトデやらイソギンチャクでいっぱいの、大きな洞穴のようなものにも見えた。

所々で噴口から煙が吹き上がる岩などもあった。

その周りには無数の小さなカニやエビが張り付いていた。


これだけでも、薄気味悪く誰もが中に入って行こうなど考えもしないだろう。

たちまち棘で身体中に引っ掻き傷ができてしまう。


しかし、姫に後退はない。

今はそんなことよりも、お姉様達の行方を探らなければならないからだ。

臆することなく、姫は森の中へ進んだ。

思っていたよりも中は狭く、進む度に姫の体は棘や触手に引っ掛かり、痺れるような痛みや苦痛を生んでいた。


「痛い、なんて痛いの。こんな森がどれだけ続くのかしら」

姫の体を徐々に痛みが蝕んでゆく。

まだ、森を抜ける雰囲気は無かった。

すると、再び声が聞こえてきた。


「そいつは魔法で生み出した結界のようなものさ。普通に進んでいても屋敷まではたどり着くことはできないんだがね」

魔女らしき声は淡々とお喋りを続ける。

「だが、今のあんたは真っ直ぐな勇気があるだろう?それならきっとこの森も抜けられるだろうさね」


少し、意識がぼんやりとしてきた。

きっと何かの毒だろう、身体に力が入ってこなくなってきた。

「まだ、こんなところで餌になるつもりなんてないわ。私にはやらなければならないことがあるのだから」


姫は挫けなかった、決して進むことを止めず、朦朧とした意識の中でも先へ進み続けた。

もう、身体中が傷だらけだった。

普通なら、ここで朽ち果ててもおかしくなかった。


それでも、進むことを止めなかった。

強く意識を保ちながら、掻き分けるように前へ前へと進んでいく。

そんな時だった、急に森から開けた場所に出た。


やっとのことで、森を切り抜けたのだ。

ほっとしてしまったのも束の間、姫の意識はふとロウソクの火が消えるよう無くなり、その場でぐったりと倒れてしまった。

混濁する意識の中で僅かにだが、声が聞こえる。


「ーったねぇ。まぁ、ーというところさね。しかしーからーだが」

半分くらいしか聞き取ることができなかった。

視界は真っ暗になってきた。もう意識を保てなかった。


宮殿では兵士たちが辺りを泳ぎ回っていた。

突如として消えた、末っ子の姫様を草の根を分けるように探し回っていたからだ。


「どこにもいないぞ!見張りは何をやっていたんだ」

姫様を呼ぶがどこにも姿はなく、宮殿内は大きな混乱を招いていた。


「何が起きているんだ。私にも詳しく教えなさい」

王さまも面を食らったように驚きながら、兵士たちから話を聞く。

ついさっきまで部屋に居た筈の姫がいないのだ、さすがの王様も冷静でいられなかった。


「確かに部屋に居たはずなのです、壁を叩いて叫んでいたのが急に静まって、気になって部屋を見れば、いなくなっていたのです」

見張りを任された伝令は、驚きを隠せないまま起きた出来事を洗いざらい話してみせた。


「だから、なぜ消えたのだ!どこかへ抜け出た姿は見なかったのか?」

伝令の話に納得のいかない王様は話を突き詰めていく。


当然、部屋に居た姫様が消えたなどと到底理解はできなかった。

「私もわかりません。しかし部屋から消えたのは事実なのです、私はずっと王の命令で部屋を見張っていたのです」

伝令は同じ話を繰り返すことしか出来ない。

姫様が部屋から消える、その事実しか伝令には分からなかった。


「他に何かに変わったことはなかったのか?」

王様は質問を切り替えた。

部屋から消えた事以外に何かあるのか伝令に尋ねた。

その質問に伝令は気付かされるように口を開いた。


「そういえば、部屋が静まる前に誰かと会話をしていたように聞こえました、私に助けを求めていたようにも聞こえたので、なだめていたのですが」

王様は少し考えた。何か気になることを思い出そうとするように肘を抱えた。

「まさか、それは考えにくいかもしれぬ、もしそれが事実ならまずいことだ、婆様はどこだ!一刻も話がしたい」


王様は何かを悟った。

不安な面持ちの中で、婆様を探した。

すると、兵士と共に婆様が現れた。

「姫様は見つかりましたか?わたくしも見当のあるところは探したのですが、見つけられませぬ。」


ひどく疲れた様子で、王様に尋ねた。

「婆様、魔女は全てを透視する力を持っていると昔話に聞いた。それは本当だろうか」

王様は婆様の質問を無視し、問いを投げ掛けた。

「なぜ今その話を、まさか王よ、姫様は魔女にさらわれたとでもお考えなのですか?まさか、そんなことが…」


婆様は王様の質問に最初は理解が追い付かなかったが、すぐにその真意に気付いた。

「その口ぶりからすれば、可能性はあるということだな。そうか、もうそれ以外考えられん」


王様は全てを悟ったように、一人で喋り続ける。

「まだ魔女の仕業と決まったわけではありませぬぞ、考えが早急に過ぎます」

婆様は王様の肩を叩くように言葉をかけた。

「しかしだな、それ以外に説明がつかんのだ。これが魔女の仕業でないならば、一体娘は何処に消えようものか」


王様も言葉を返す。

確かに、この状況で姫様が消えるのは魔法でもない限り無理な話なのだ。

「ともかくだ、海洋の森へ向けて出発の準備をせよ、手が空いている兵士も全員呼び出せ」

「お待ちくだされ、たとえ魔女のもとに姫様がいたとして、どうお助けになるのです?魔女は何の躊躇いも無く、姫様をその手にかけましょう」

王様を引き留めんと、婆様は語りかけた。


「その前に私が魔女を葬るまで、私の槍を持ってこい!森の海魔なぞ、この槍で薙ぎ払うのみ」

王に迷いは無かった。しかして、王は本気だった。

いつもの優しい顔は無く、荒ぶる海の神が如く、それは恐ろしい面持ちで、神の槍を背に携えた。


その威光は誰にも妨げることは敵わない。

今の王は圧政を成す力の体現そのものに近かった。


それは王であって王にあらず、一人の戦士としての姿。

「婆様はここで待っておれ、すぐに戻る、娘も無事に助け出す」

「わかりました、ですが王よ、用心下さい。魔女は心を惑わせます。今の王は非常に危険です。気をしっかりお持ちくだされ」


婆様の話を背中で受け取ったのか、大波の如く圧倒的な力で海中を泳ぎ進んだ。

海中は空間が湾曲し、王に引っ張られるように動き出す。

「すぐに助けに向かうぞ、待っていてくれ。必ず救い出す」

王は兵士を引き連れて海の闇へと向かっていった。

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