【二節】探り得ぬ行方
【二節】
人魚の死は体が泡となって消え失せるという。
その魂は広大な海の一片として、なだらかな波へ溶け込み、静寂の終わりを迎える。
姉が消息を絶ってから、長い時が流れた。
そんな間に次女の姉が誕生日を迎え、海の上へ出られるようになった。
「海の上へ行くのはとても待ち遠しかった。だけれども、お姉さまの行方も気になってしかたがないわ」
姉はいつまでも経っても帰ってくることのがなかった。
もしかしたら海の上で何かあったのかもしれない。
そんな事を考えつつ、次女は今日、海の上へ向かう。
既に次女が誕生日を迎えるほどに時は流れていた。
「もしお姉さまを見つけたら無理矢理にでも連れ戻すわ。お父様にも叱っていただかなくては」
次女は長女と比べしっかり者の性格だったので、姉妹の細かいお世話も行き届くできた次女だった。
「お姉さまが戻れば晴れて一石二鳥、またみんなでの時間だって戻ってくるの。だから、少し時間もかけて海の上を探してくるわね」
残す二人の妹を置いて、小波のように早く泳いでみせた。
その姿は瞬く間に夜空の星のように小さく、やがて消えていく。
「行ってしまったわ。無事にお姉さまも見つけて帰ってこられると良いのだけど」
三女が心配な気持ちいっぱいの表情で頭上を見渡す。
「きっと戻ってきてくれるわ。いつも面倒を沢山みてくれた姉さんですもの。次に会うのはお姉さまと二人揃ってに決まってるわ」
末っ子の妹は期待を込めつつ、気持ちを凛として答えてみせた。
海の上にどれだけ、美しい風景が広がっているのかも気にはなるが、何より姉が心配なのだ。
できるならば私も一緒にお姉さまを探すことに協力したいと誰よりも強く思い、込み上げる気持ちを抑え込んでいた。
これで戻ってくれば、いつもの楽しい時間が帰ってくる。
姉妹は誰一として人欠けることなく、いつまでも一緒に暮らしていける。
その時はそんな期待を抱いていた。
「街から海洋の森まで探していないとなれば、やはり、海の上にいる可能性が高いかもしれぬ」
婆様と王様は帰らぬ長女のことで相談をしていた。
「海洋の森に住む魔女ならば何か知っているかもしれん。いっそのこと彼女に聞いてみるのはどうだろうか」
「それは同意しかねます。素性も知れぬ怪しい海の魔女などに相談しては、きっと合わぬ対価を求められるというものです」
海底の街から遥か遠くに、海洋の森がと名付けられた場所がある。
そこは不気味な海草が漂い、残忍な魚たちが跋扈する恐ろしい場所として永らく誰も近づくことがない場所だった。
そんな森の中に、いつから居るのかわからないが、魔女が住んでいるという。
人魚のように腰から下に尾ヒレはなく、その姿は人間に近いものと伝えられていた。
そんな魔女が、様々な薬や魔法を生み出した結果として、海洋の森というものができたと、婆様は昔話として聞いていた事があるという。
「あれは人でも人魚でもない。禍々しい何かを感じます。とても街や宮殿に招いてよい輩ではありませぬ」
何かを知っているように、婆様は歯切れ悪く答えた。
「婆様がそこまで言うのなら、招くべきではないな。しかし、最悪の場合として彼女の協力を仰ぐことは心しておいて欲しい。私もそれは避けたいが、もしものことがある」
王様も暗い表情で、言葉を濁した。
「ひとまずは伝令を向かわせよう。次女にも何かあったとなれば、私の心は哀しみで壊れてしまいそうだ」
次女が海の上へ向かって、数日が経っていた。
未だに帰ってくる様子がなかった。
「なんで帰ってこないの、もう長いこと待ったわ。今にでもお姉さん顔を見たいのに、一体何が理由なの?」
三女が泣き崩れそうな気持ちを精いっぱいに抱えたように悲しげに呟いていた。
「きっと帰ってくるわ!お姉さんはしっかり者のですもの。
今までも、決して諦めた姿なんて目にしたことはなかったもの!絶対に大丈夫」
辛く悲しくても、四番目の姫様は挫けなかった。
彼女は姉妹のなかでも誰より勇気の強い子だった。
泣き始めてしまった姉を優しく抱きしめながら、次女の帰りを待ち続けた。
「姫様、王様は今どちらに?急ぎ伝えなくてはならぬお話が!」
伝令を仰せ付けられた、士官が息も激しく驚いた表情で駆け寄ってきた。
「お父様なら自室にいるはずよ、それより士官様、一体なにをお急ぎなの?私でよければ話してちょうだい」
伝令は一瞬話すことを躊躇ったように見えた。
その表情もあまり雲行きの良くない様子だった。
一息ついて、傍らからあるものを取り出して姉妹にみせた。
「これが海の上で流れていたのです」
伝令の手には、ある装飾品が輝いていた。
次女が大切に身に付けていた真珠のネックレスだ。