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De Historia Clade 人魚姫   作者: 田鼈屋守
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【十節】序ーⅡ

「やっぱり、姉妹は顔が似るねぇ。綺麗な顔つきもそっくりだよ」

彼女の喋り方はとても温かく、声は心を包み込むに温かだった。

顔つきを見るからに、しなび年老いた老婆であった。


「あなたは誰なの?妹を知っているの?」

小舟の端を握りしめ、三女の姫様は彼女が一体何者であるのか訪ねた。


「そうさねぇ、さっきも言ったが、占い師の婆さんとでも言っておこうかね。あたしは占いで何でもわかるのさ。妹の事も、お前さんがここに来る事も知ってたから来たんだよ」柔らかい声で淡々と自身の素性を語る老婆。


全てを包み込むように耳へと流れ入るその語り方に意識が溶けそうになる。

何か違和感を感じる三女の姫様はかろうじて自我を保てる程度だった。

(なんでかしら、この声がとても気持ちが良いのに、何か変な感じ)


「この船、帆もないのにどうやってこんなに陸から離れてる所まで?それにさっきのはなに?船の下にいた私にどう話をかけたの?」

姫様にとって疑問点は尽きない。


「人魚である前さんのほうが詳しいだろう?波の流れで来たのさ。あたしゃ占い師なんだ。波の流れを読むくらいどうということはないのさ。声は貝に届けてもらったのさ。貝は海と繋がっている。よく声が通るのさね」

海には潮の流れがある。流れの強い海流は魚たちが高速で移動するのによく使われるものだ。

占い師の老婆はその流れを使ってここまで来たと言う。


「帆もない船でどこでも行けて、海を伝って話をかけられるなんてまるで魔法使いね。昔、お婆様にそんな話を聞いたことがあるわ」

嫌味を効かせるように占い師へ話を返す。


「魔法使いなんて大それたもんじゃないさ。お前さんのお婆様は聡明だねぇ、さぞできたお方だろう」

不敵に微笑む占い師の老婆、その言葉の意味するところを三女の姫様は理解できなかった。


「今夜、お前さんの妹は人間の王子が別荘にしている海沿いの屋敷に現れるよ。そこで会えるだろうさ」

占い師は懐から短刀を取り出した。


「こいつを使うといい。これは不思議な短刀でね、誰かの願いを叶えたり、絶ち切ったりできるのさ。あたしのご先祖から伝わる大事なものだ」

短刀の刀身は瑠璃色に煌めき、三女の姫様は少しの間、じっと眺めていた。


「とても綺麗な短刀ね。なぜ私に?」

「この先きっと役に立つ物だ。妹を連れ戻したいなら、なおのことさね」

短刀を渡すと、占い師の老婆は彼女に背を向け、じゃあと手をあげる。


「お前さんが成し遂げたなら、きっとまた会うだろうさ」

また不思議なことに船はゆっくりと進んでいく。

老婆の声は気のせいか高く、若い女の声に聞こえた。


「奇妙な占い師だわ、こんな短刀を何に使えばいいのかしら」

話半分に聞いていた三女の姫様は、怪しみながらも短刀を見つめる。

実に美しく煌めいて、彼女の心を魅了した。

ふとして船を見るとかなり離れた場所まで進んでいた。


「とりあえず、海岸へ向かわないと。あの占い師が言うことが本当なら夜には妹と会えるかもしれない」

三女の姫もまた海を泳ぎ始める。

海面に広がる地平線は美しく、徐々に太陽は降りつつあった。


末っ子の姫様は夕景を眺めていた。

ゆっくりと景色は色を変えていく。

よく手入れのされた白馬が引く馬車に乗り、彼女は王城を目指していた。

ローレンスは同伴者としてそばにいた。

何か楚々のないようにと思い、彼なりに考えがあってついて来たのだ。王子の使いで来た臣下も嫌な顔はせず、快く了承した。


「良い眺めでしょう?海が真っ直ぐに伸びて見える。王子もこの景色が大好きでしてなぁ、子供の頃からこの光景を眺める瞳は変わらないのですよ」

臣下はとても人当たりのよい人物だった。

気さくで愛嬌もあり、人に愛されるのはこんな人なんだろうと姫は心の中で感じていた。


「とても綺麗だわ。私もこの景色は大好きよ」

「そうでしょう?王子にお話されると口が止まらなくなるんですよ。本当にお好きなようだ」

にっこりする臣下に思わず末っ子の姫様も笑顔がうつる。


「時に家臣様、人魚の鱗…あれは本当なんでしょうか?」

ローレンスは少し食い入るように質問で話に割り込む。

臣下は少し考えてから、ふと口を開く。

「海には私達が存在する以前に、古来より多くの生命があると聞いています。人魚…人の胴に魚の尾ひれがある神秘の存在。神の御使いとも言われ、古い伝承には伝わっているようですが、実のところはわかりかねます」


「家臣様、私は牧師になる以前は異国の学者を務めておりました。そこでも人魚にまつわる話を聞き、実に興味を惹かれるのです。私はあの鱗が本物かどうかもう一度拝謁することはできませんか?」

ローレンスの言葉には一つ一つ熱がこもっていた。


「ほほう、では舞踏会の合間にでもいかがでしょうか?牧師にはあまり馴染みにくい場でしょうからな。失礼ながら衛兵はつけさせて頂きます。賊が狙わないとも限らないでしょうからな。それでよろしいですかな?」

「本当ですか!あぁ、なんとありがたきこと。ぜひお願いします!」

ローレンスは高揚して臣下の手を握って喜んだ。


「すごい嬉しそうね」

「当然だとも!こんな機会、そう滅多にあるものじゃない!エラ、君だって少しは気になるだろう?」

軽く頷く末っ子の姫様。


この胸に抱える想いを打ち明けることはできない。

これ程に気持ち昂ぶるローレンスの何倍にも彼女の方が気になって仕方がない。

地上に来てから唯一の手がかりである人魚の鱗と言われているそれを、王子から聞くことが今宵の舞踏会に参加した目的である。

彼ならきっと何か知っているはずに違いないと、彼女のなんとない勘がそう信じてやまなかった。


「さぁ、もうお屋敷の方に着きますぞ。王子もお待ちかねでしょうからな。お二人共、笑顔でお願いしますぞ。機嫌を損ねると、急にだだをこねたりするものですから」

茶化すように王子の臣下はぼそっと喋る。

末っ子の姫様とローレンスはにんまりとした顔を臣下に見せた。


息のあった二人の笑顔に臣下にも笑顔で返す。

やがて、馬車は屋敷の前に着いた。

岸側に大きく佇む豪華なお屋敷だった。

脇には海岸へ続く綺麗な道、屋敷の前には小さな庭園、小さな花々がいきいきと咲いている。


しかし、周りに人気が全く無いことに気づく。

「あの…舞踏会と言うには他に来ている方々がいないようですが」

「私達だけなのかしら」

臣下は悪びれた態度で口を開くと。


「はい、実は王子からはエラ様とエラ様に親しい者をお招きするよう仰せつかりまして…今宵の舞踏会は王子とここにいる者以外はおりません。騙した非礼はお詫びします」

「いいえ家臣様、私達に頭を下げる必要はありませんよ。王子のお望みであるなら何も悪いことではありません」

頭を下げる臣下にたじろぐローレンス。


「でも、なぜ私達だけを?」

末っ子の姫様は素直な疑問を投げかける。

「ええ、それが王子はエラ様のお美しさに大変な好意をお持ちになったようで、ぜひ二人でと申しておりまして…」「え!? 私に? そんな…私には王子様に見合うものなんてありません。とても嬉しいことですけど、お眼鏡に叶うことはないわ」

末っ子の姫様は顔を真っ赤にして慌てふためきながら、謙遜した態度を見せる。


「おお!これはまた素晴らしい!エラ、君は王子に気に入られたんだ!こんな事、またとないよ!婚儀は僕が務めよう!」

「そんな、婚儀だなんて!ちょっと興奮しすぎよローレンス!少し落ち着いて」

ローレンスはたまらず神に祈りを捧げ始める始末だった。

呆れ顔の末っ子の姫様と笑顔の臣下、とても和やかな空気が辺りを包む。


「さぁ、屋敷で王子がお待ちです。どうぞこちらに」

屋敷へと掌を差し向け案内をする臣下に、末っ子の姫様とローレンスはついて行く。

ふと、末っ子の姫様は立ちくらむように苦痛の顔を見せる。


「どうした?身体が痛むのかい?」

「いいえ、ちょっと足が痺れてしまったみたい。ごめんなさい、もう大丈夫だから。行きましょう」

足は剣山を踏むが如く、とても強い痛みを発する。


なんとか平静を装う末っ子の姫様は、この苦痛に耐えしのぐ他なかった。

海の魔女に言われた言葉が幾重にも頭の中で繰り返す。

薬の効力はあと五日で無くなる。

それまでに消えた妹達を探し出さなければいけない。

「大丈夫、うん、私ならできるわ」

思わず声に出してしまった。


「辛くなったら言ってください。今日はお客人用の寝室も全部空いてますからな。すぐにお休みになれますゆえ」

「お気遣い感謝します。家臣様」

屋敷は豪華絢爛というほど見栄を張ったものではなく、古めかしくも小綺麗なお屋敷といったところだ。


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