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私以外の人と幸せになってください  作者: みりん
ルクサンディ編
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六話

 サリオス・リンスは足早に宰相の執務室へと向かっていた。

 呼び出しを受けたときから嫌な予感はしていた。なにせ、賢く優秀で手をかけさせなかった娘が初めて反発心を露わにしてから数日しか経っていなかったのだ。

 目に入れても痛くない娘の可愛い我儘であれば、いくらでも叶えてやりたい。しかし今回の願いは一個人にはとても叶えられるものではなかった。

 内心では泣く泣く心を鬼にして退けると、エルーシャはしゅんと肩を落として反省した素振りを見せていた。当然それで諦めたと思っていたのだが。

 サリオスは扉の前に立ち、息を整えてノックした。


「外交府のサリオス・リンスです。お呼びと聞き参上致しました」

「入りなさい」


 サリオスが部屋へ入ると宰相は一瞥を寄越し、また手元の紙に目を落とした。

 現在の実務的な執行府を作り上げたのは現宰相と言っても過言ではない。名ばかり役職の貴族を閑職へ退け優秀な役人を身分に関わらず取り立てた手腕は敵を多く作ったが、その才覚と功績は誰にも否定することはできない。

 無駄口を嫌う宰相である。サリオスは宰相が口を開くまで辛抱強く待った。


「報告しておこう。そなたの娘御をルクサンディ行きの使節団に加えることになった」

「何ですって?」


 サリオスは泡を食って聞き返した。

 エルーシャの鬼気迫る様子から、もしかしたら宰相に直談判などという愚かな真似をしたのかもしれないと、呼び出しを受けたときに想像していた。けれど、宰相が認めるとは露ほども思っていなかったのだ。

 完璧な実際主義の人間である宰相が、情熱に動かされて許可したとは思えない。一体何があったのか。


「確かに娘は非常にルクサンディ国へ行きたがっている様子でしたが……どうして許可されたのです?」

「役に立ちそうだと思ったからだ。娘御は妙なところでルクサンディに詳しい。しかしどこで知ったのか、全くわからない」


 エルーシャは宰相が理由云々より実利をとると踏んで賭けに勝ったが、宰相は得体の知れないものをそのままにしておくほど不用心な人間ではなかった。

 サリオスが困惑を押し隠しながら意見を試みる。


「娘は幼い頃からルクサンディ国に興味を持ち、よく勉強していました。それが理由では……?」

「私がエミリオ王子とラヴィニア王女に申し上げた言葉など、書物には書いておらんよ」

「……恐れながら、娘はヴィクター殿下と親しくさせていただいている様子。殿下にお聞きしたのでは」

「念のため確認したが、殿下はそのようなことを言ったことはないとおっしゃっていた。そもそもご存じですらなかった」

「閣下は娘が密偵か何かだと疑っておいでなのですか?」

「いや、純粋に不思議なだけだ。私が20年も前に言ったことを、どうして生まれてもいないあの娘が知っているのかとね」


 宰相は豊かなあごひげを撫でて面白そうに言った。




 サリオスから有益な情報が得られないとわかると、宰相は彼を帰した。エルーシャが持ってきた手元の紙を再び見るともなしに見る。

 エルーシャ曰く、エミリオ王子とラヴィニア王女は、幼い頃王女の居室の中庭にそれぞれの宝物を埋めたそうだ。王子は自分で描いた家族の絵を、王女は髪飾りを木箱に入れた。それを答えることができれば本物であると断言している。

 王女の中庭は王宮でも奥まった場所にあるため、一般市民には侵入することはできない。つまりはエルーシャにも、埋めることも掘り起こすことも、知ることすらできないはずなのだ。

 宰相は再びあごをさすった。立ち上がると部下に声をかけ、宮廷のさらに奥へと向かう。

 宰相は護衛騎士に目配せすると、勝手知ったるという態度で王太子の執務室の扉を開いた。


「ロイド様、失礼いたしますよ」

「宰相が直接来るとは珍しいな。何かあったか?」


 海の最も深いところを思わせる青い目が宰相を捉えた。この目が柔らかく綻びたのはいつのことだったかと一瞬過去に思いを馳せ、それを表には微塵も出さずに宰相は飄々と答える。


「エミリオ王子の件で興味深いことがございまして、ロイド様のお耳に入れたく参りました」

「あの新聞以外にか。これ以上厄介事を持ち込まれると困るんだが」

「厄介事かそうでないかは今のところ判別つきませぬが、エミリオ王子とラヴィニア王女について奇妙に詳しい人物がこの王宮におりまして、その者も使節団に加えようと思っております」

「名は?」

「農土府のエルーシャ・リンス。外交府のサリオス・リンスの娘です」


 ロイドは名前を聞いて記憶を辿るように宙に視線を彷徨わせた。


「聞いたことがある。あの黒土のレポートの娘か? まだ若かった気がするが」

「今年18歳になるそうです」

「なぜそのような娘がルクサンディの亡き王子と王女について知っているのだ」

「それがいくら調べてもわからないのです。娘はおろか家族すらルクサンディに行ったことはなく、密偵と通じ合っているにしてはあまりに間抜けすぎる。私に直接ルクサンディに行きたいと交渉してきましたからね。ところでロイド様は、エミリオ王子とラヴィニア王女が王女の中庭に宝物を埋めたという話をご存じですか?」

「宝物……言われてみると、そのようなことをラヴィニア王女が話されていたことがある。エミリオ王子は覚えていないから、自分が嫁ぐ前に掘り起こして何を埋めたか思い出させてやらないとと意気込んでいた」


 ロイドの声は懐かしさを帯びてしっとりと部屋に響いたが、表情は鋭く冷冷としている。


「娘はそれを知っていました。何を埋めたかさえ」

「何だと? 私ですら知らないというのに、どうやって知ったのだ。身近にルクサンディの宮廷人だった者がいるのか?」

「今のところそのような人物は見当たりません。学生時代の交友関係も探ってみましたが親しくしていたのは2人だけだったようで、その2人も疑わしい点はありませんでした。そればかりでなく、娘は私が王子と王女に話したことも言ってみせました。あの場にいたのはいずれも身分の高い者。メイザンに長く隠れられるとは思えません」

「エルーシャ・リンス……いったい何者だ?」

「わかりませぬが、私はなぜだか彼女を見ると不思議な気分になるのですよ。それが悪い気分ではないので困るのです」

「宰相を陥落させるとは、いよいよ警戒しなければならないな」

「ちなみにヴィクター様は何年も前に陥落済みです」

「何っ!?」


 ロイドが呆気に取られるのを見て、宰相は朗らかにはっはと笑った。

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