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私以外の人と幸せになってください  作者: みりん
ルクサンディ編
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三話 9歳~16歳

 私は香水を調合しながら前世のロイドとの思い出に耽った。

 当時立太子したばかりだったロイドは、その重責から一時期ひどく眠りが浅くなった。私はそれを聞くや否や、せっせと安眠に効果のある香水を作り始めたのである。

 人の体温でその香り方が変化する香水。人によって体温は違うので、こちらの人には効果があってもあちらの人にはあまり効果がない、なんてことはよくある。作ってはロイドに試してもらい感想を聞き、その都度少しずつ配合を調整した。

 ついに効果の高いものが完成した時には手を叩いて喜んだものだ。まあ、その時既に立太子から半年ほど経っていたので、時が解決した可能性は大いにあるのだが。

 あの出来事で二人の距離はぐっと縮まった気がする。前世で最も幸せな時期だった。


 私が花と陽だまりを意識して作った香水は母に大層喜ばれた。職場でも評判らしい。既製品か、どこで売っているのかと聞かれ娘が調合したのだと言うと驚かれるのだと、得意そうに教えてくれた。高い精油は使えなかったので持続時間が僅かなのが残念だが。

 父には草原と風を思わせる香水を渡し、私の香水欲はこれである程度落ち着いた。ほんの少量ずつしか精油を買えず、それでも私の雀の涙ほどの貯蓄も、母からの多くはない出資金も底をついてしまったからのだから、無理やり落ち着かせたと言ったほうが正しいか。




 私はペンの動きを止めて、グーッと伸びをした。肩が凝っている。9歳らしからぬ凝りだ。

 休憩がてら、向かいに座り本を読んでいる殿下を眺める。夜色の髪は艶やかに光っていて、毎日丁寧に手入れをされているのだろうなと思うと少し羨ましくなる。

 ラヴィニアは見事な黄金色の髪と、今の私と同じアメジスト色の瞳を持っていた。髪に香油を塗られながら、豊かな穂麦の色だと侍女に誉めそやされたものだ。最終的にはその侍女に毒を盛られたのだが。

 嫌なことを思い出してしまった。私は首を振って映像を追い払った。


「殿下、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「ロイド王太子殿下は再婚をされないのですか? いえ、守秘事項であれば答えていただかなくてもかまいませんが」


 ヴィクター殿下は意外なことを聞かれたというように目を瞬いた。

 ロイドは私が死んでから2年後に、国内の有力貴族の娘と結婚した。ちなみにこの年に私エルーシャが生まれている。

 その翌年にヴィクター殿下が誕生したが、産後の肥立ちが思わしくなく、長い病床生活の末王太子妃殿下はヴィクター殿下が2歳の年にご逝去されたのである。

 それから6年が経つが、ロイドは新たな王太子妃を迎える様子がない。世継ぎはいるとはいえ、ヴィクター1人では要職に就く者たちは不安だろう。


「父上に王太子妃を勧める動きはもちろんある。だが、どうやら父上はそれらを全て断っているようなのだ」

「それはまた、どうして?」

「俺にはわからない。いや、噂話から推測することはできるが、これ以上は言えない」

「いいえ、十分です。ありがとうございます」


 ロイドはたとえ本意でなくとも、己の責務を放棄するような人ではないはずだが。

 幸せになるにはパートナーの存在が大事だと思う。心優しくもしなやかな強さを持つ女性がロイドを側で支えてくれればよいのだが。

 そんな人が現れますようにと私はこっそり祈った。




 10歳になる年、努力が実り私は王立高院に入学した。

 私は水を得た魚のように更に勉学に励むようになった。高院は資料の宝庫だ。私が欲しかった根拠となる数値が豊富にある。

 そんな私を勉強の虫とやっかむ声は初めからあった。先生に気に入られたいだけだとあげつらう声も。

 しかしひときわ燃え上がったのは他ならぬ殿下のせいだ。

 最初に高院の敷地内で彼を見た時は大層驚き、見間違いかと呆然と突っ立ってしまった。


「ヴィクター殿下……なぜここに?」

「エルーシャの顔が見たくて」


 周りで様子を伺っていた生徒たちが、その言葉を聞いて一気にざわつく。勉強が友達なこの女生徒のどこにも、王族に気に掛けられる要因なんてないはずなのに、と。

 殿下は周りの反応に気づいてか気づかずか、私をお茶に誘った。私はついいつもと同じように「勉強がありますので」と断ってしまったために、何様だと非難の嵐に晒されることになったのである。誘いを受けたとしても非難していただろうに。

 殿下は特に食い下がることもなく、寸刻やりとりをしたのち護衛騎士たちと共に帰って行った。


「……何だったのかしら……」


 わからなかったが、今後卒業まで孤立した学院生活を送ることになるのだと殿下に恨みを込めて覚悟した。

 これは9割当たっていたが、幸いにも1割は外れた。つまり私にも友人と呼べる存在ができたのである。そのうちの一人が、クラウディア・イル・カーソン。子爵家の娘で、花嫁修業のために高院へ放り込まれたタイプのご令嬢だ。


 彼女は殿下が現れたと耳にすると、頬を紅潮させ毎度すぐさま私のところへやってくる。


「エリー、またヴィクター殿下がいらっしゃったんですって?」

「ええ。まったく、殿下にも困ったものだわ」

「恋する人に会いたい気持ちは抑えられないものなのよ」


 ふふふ、と夢見心地にクラウディアが微笑む。彼女は恋愛小説が大好きで、よくこうして空想を膨らませている。

 ファーストコンタクトも、殿下が私に初めて会いに来た直後に話しかけられたのがきっかけだ。



『こんにちは。殿下があなたの周囲に牽制をかけに来たって噂は本当?』

『……本当じゃないです』



 私が否定したところで彼女の考えは変わらなかったが。

 それ以来、何かと二人で行動することが多くなった。クラウディアの妄想の大半を私は聞き流していたが、彼女はそれで満足らしい。


 二人目にして高院における最後の友人は、私が15歳となり卒業と進路について真剣に考え始めなければならなくなってきた頃に出来た。


 私は図書室に篭って資料を読み漁っていた。王立高院には立派な校舎に相応しく図書室が第三まである。その中でも第一図書室は最初に作られただけあって古めかしく、ひと気が少ないのでよく使っていたのだ。

 一心不乱に文字を追っていたら、突然本が掻っ攫われた。自然私の目線も上に行くと、そこに立っていたのは同級の男子学生、オルコック伯爵子息。名前のほうは忘れた。

 たまに嫌味たらしく突っかかってくるが、群れて来ることがないので害のない、しかし当然薬にもならない相手である。

 私は無視して他の本を開くべきか一瞬考えた。しかし無視したところで同じことの繰り返しだろうと仕方なく口を開く。


「続きが読みたいので返していただけますか?」

「農学だって? 女がこんなものを読んでも無駄なだけだろう」

「……性別で切り捨てるのは賢くないと思いますけれど」

「ふん、女は家の中に篭っていればいいんだよ」


 今までの私であれば、はいはいそうですわねといなして相手にしなかったのだが。

 高院で勉強をしていれば自ずと気づけることがあり、オルコックが施策の意図を全く理解していないことに怒りが湧いてきた私は、初めてまともに反論した。


「あなたはここ数年で平民の入学者が多くなっているのはどうしてか、考えたことがないのですか?」

「そんなもの。平民など王立高院には必要ないというのに、邪魔者のことを考えるわけがないだろう」

「意図的に増やしているのよ。優秀な人材を積極的に取り立てて、国のために働いてもらおうとしているの。大陸歴826年に隣国ルクサンディが共和国になったのは、あなただって知っているでしょう?」

「……それがどうしたと言うんだ」

「メイザンが二の舞にならないという保証がどこにあるの? 平民が知識をつけ、力が大きくなれば、いずれ権利を主張するわ。そうなる前に対策をとっているのよ」


 有能な者は階級性別問わず、試験によって公平に入学が許されている。20年前には平民の生徒は一人もいなかったという。私だって入学できたかどうか。


「……最初から平民に知識など与えなければよかったんだ」


 オルコックは憮然と呟いたが声音は弱々しい。


「ルクサンディが共和国になった時点で、そんなことは言っていられなくなったの。平民が不平等を自覚すれば、必ずや貴族階級に牙を剥くでしょう。そうなれば、あなたはその特権階級に胡坐をかいてなどいられなくなるわ」

「……」

「考えを改めなさい。さもなくば、あなたが見下す平民に足元を掬われてよ」


 オルコックは言葉に詰まり、ついに何も言わなくなった。私は立ち尽くす彼を置いて図書室を出た。今日はもうあそこで勉強するのは無理だろう。

 今日のことが反感を買い、これから更に攻勢が強くなることを思うと後悔の気持ちが過らないでもなかったが、国王陛下や宰相様の思惑を全て無に帰すような発言を看過できなかったのだ。

 心構えをして授業に向かうと……なぜか翌日からオルコックに付き纏われることになった。


「お前を認めたわけではないが、お前の考えは少しだけ認めてやってもいい」

「あ、ありがとうございます……?」

「特別に敬語なしも許してやる」

「それはどうも……」

「あらまあ、うふふ」


 クラウディアは私たちのやりとりを見て目を見張り、また妄想を膨らませているようだった。



 学生生活の最後はそれなりに賑やかなものになった。クラウディアとオルコックのおかげだ。

 17歳の年、私は無事官吏の試験に合格し、晴れて王宮へ仕えることになる。


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