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七話 19歳 6

 面倒なことは早く済ませるに限る。

 私は手紙を受け取ったその日のうちに、ヴィクター殿下と面会の約束を取り付けた。今日絡んできた官僚が知ればさぞかし怒り狂うことだろう。


 殿下は執務室に隣接した小部屋で私を出迎えた。来客用の椅子を勧められ、殿下が座ってから腰を下ろす。

 今日の仕事は終わったのだろうか、殿下は白いシャツをラフに着ている。長い脚を優雅に組み頬杖をつく様は、そのまま絵画にでもなりそうな美しさだ。

 殿下は形の良い口元に微笑を乗せ、開口一番文句をのたまった。


「いつでも会いに来てくれとは言ってあるが、面倒な用件を持ってこいとは言ってない」

「私だって持ってきたくて持ってきたわけではありません」

「それで、どんな脅迫文なんだ?」

「脅迫文は言いすぎだと思いますけど……」


 殿下が手で手紙を催促するので渋々渡す。読み進める殿下の顔がだんだんと引き攣っていった。わかります、そのお気持ち。私は心の中で殿下を励ました。

 どこかに重要事項があるのかと探しながら読むも、進めど進めど私信しかない。そして最後に待つのは恋文である。何というか、裏切られた気分になるのだ。

 読み終えると、殿下は口中を砂糖でまぶされたような表情で私に返した。


「一度読んだだけで食傷気味だ……これまでも同じようなものが何通も来ているのか?」

「そうですね、概ね月に一度ほどでしょうか。問題は外交官宛に来ていることなのです」

「一応公式というわけだな」


 これが……と殿下は納得いかなげに唸った。


「お断りすると角が立ちますし、私とグラントさんを使節団に組み込んでいただけないでしょうか?」


 殿下は眉根を寄せて考え込んだ。明らかに気乗りしない様子だ。もう人員は決まっているとか?

 私とて絶対に行きたいわけではないし、いざとなれば口の回る長官が何とかしてくれるのではないだろうか。そう口から出かかったところで、殿下が懸念要素を呑み下すように首を振った。


「仕方ないな、エルーシャのことは承知した。そうとなれば俺の手足としてこき使うから覚悟しろよ。レストリア語が話せると聞いたが事実か?」

「ええ、話せます。『しばらく使っておりませんので、流暢ではありませんけれど』」


 途中からレストリア語に切り替えて話してみせる。ううん、要練習だ。言語は使わないとどんどん錆びついていく。

 今のも大分ゆっくりとした口調になってしまったが、ヴィクター殿下は十分だと頷いた。


「とっさにそれだけ話せれば問題ないだろう。誰かに教わったのか?」

「ほぼ独学です。おかしなところがあったら申し訳ありません。ところで、私がレストリア語を話せるというのはどなたから聞いたのですか?」

「レオだ」

「レオからですか……」


 私は小さく繰り返した。

 独学というのはもちろん嘘で、実際には前世で教わっていた。ラヴィニアはエミリオや両親とともに、他国の賓客を出迎えることがままあった。レストリア国はルクサンディの友好国であったので、特に使用頻度は高かった。

 兼務になってから周辺国の言語は一通り勉強し直したが、レオにはいつ話したのだったか。

 記憶を辿ろうとしたところで、ヴィクター殿下の言葉に意識を引き戻される。


「……エルーシャと父上はどういう関係なんだ?」

「ロイド王太子殿下と、ですか? 特別どうという関係はございませんが」


 私はしれっと答えた。疑いの眼差しを顔色を変えず受け流す。

 手紙の内容から指摘されることは予想していた。だから渡したくはなかったのだが、フランも余計なことを書いてくれたものだ。

 殿下は脚を組み替えると首を少し傾げた。


「彼女の書き方だと父上と親しいように思えるが。つい最近までやっていた父上の結婚相手探しだって、主体となったのはエルーシャだろう?」

「ルクサンディで散々ご心配とご迷惑をおかけしたせいで王太子殿下は私のことを厄介者とはお思いでしょうけれど、個人的に親しいなどという事実はございません。私が恐れ多くも音頭を取ったお見合い相手探しは、ユンネル様のお力添えがあってのもので、王太子殿下には嫌がられておりましたし」

「やけに饒舌だな」

「……」


 殿下の一言に私は押し黙った。ユンネル筆頭補佐官の後押しがなければ実際無理だったもの、と物申したくなったが、下手に反論するのは逆効果だと悟ったからだ。


「そもそも、嫌がっていたという父上が止めるよう命じなかったことこそが俺にとっては謎なんだよ。政務に関するものではないのだから尚更、止めない理由がないのに。エルーシャに甘すぎる」

「王太子殿下はお優しい方ですから」

「そんなふうに父上を形容するのはエルーシャぐらいだ」

「……」


 喋れば喋るほど墓穴を掘る。

 殿下は芝居がかった仕草で両手を上げた。


「父上に聞いても言葉を濁されるし、君に聞いてもとぼけるだけ。誰に聞けば教えてくれる? ユンネルか? それともレオに、言わなければ首にするとでも脅せば答えるかな」

「レオは何も知りません。殿下だってご存じでしょう?」

「実のところ、俺はそれについても疑っているんだがな」


 殿下の言葉に、私は驚きと怪訝に眉をひそめた。レオが記憶を失っていないと思っているの?


「どうしてそのように思われるのですか?」

「自分は答えを言わないのに人には求めるのか?」

「……申し訳ありません」


 私は唇を噛み締め謝罪した。ぐうの音も出ない。自分の身勝手さを正面から糾弾されたような気がする。

 うなだれて独り打ちひしがれていた私は、


「――ラヴィニア王女」


 唐突に出てきた名前に思わずピクリと肩を震わせた。服を握りしめそうになるのを堪えて無言で殿下を見る。

 殿下は薄青の目を細めて私を見返した。


「最近、王宮でよくこの名前を耳にする。一年前までは全く聞かなかったのにな。エルーシャと王女に何かしら関係があると思えてならない」

「それは私がラヴィニア王女の侍女の話をしたからでしょう。王女のことを覚えている方々が、懐かしんで思い出話をされているのでは」

「ふうん、まあいいさ。そういうことにしておこう」


 拘ったわりにはあっさりと引き下がった殿下に、私は拍子抜けして目を瞬く。


「エルーシャが秘密主義なのは今更だしな。俺だってそんなに身構えられたくないんだよ。ああ、宰相の侍従殿は俺の管轄外だから宰相に聞くといい」

「……簡単にお会いできるようにおっしゃいますね」

「会おうと思えば会えるだろう? 俺の予定を狂わせるんだ、それくらいできてもらわねば困る。ルクサンディでは大いに俺の役に立て」


 ヴィクター殿下は口角を上げて、傲岸に言い放った。





 私が持つ宰相への唯一の伝手はグラントである。

 グラントに話をすると、当然ながら難色を示されたので、私が会いたがっているということだけ伝えてもらうようにお願いする。

 これで無理ならフランには私だけで我慢してもらおうと思っていたが、3日後なら可と了承の返事があり、ひとまず安堵の息を吐いた。ヴィクター殿下に詰められる心配が一つ減った。


 当日、宰相の執務室を訪れるとグラントが私を待ち構えていた。相変わらずムスッとした顔で、ぶっきらぼうに忠告される。


「閣下はお忙しいのだからさっさと済ませろよ」

「わかりました。ありがとうございます、グラントさん」


 素直に応えた私に、グラントはやりにくそうに頭をかいた。

 グラントは自分がルクサンディに行く段取りをつけられていることを全く知らない。知れば冗談じゃないと怒るだろうから、今のうちに少しでも当たり良くしておこうという算段である。

 室内に私を案内し、グラントは再び出て行った。

 私を待っていた宰相は、凪いだ瞳で説明を求めた。時間を割いてもらったことに礼を言い、簡潔に3度目の説明を終える。


「……というお手紙を有り難くも頂戴いたしました。そこで、恐縮ながらグラントさんにも同行していただけないかとお願いに参った次第でございます」


 宰相はおかしそうに髭を撫でた。


「随分と好かれたことだ。そなたが随行するのは決定しているのだな? よいだろう、グラントにはそなたの護衛として連れて行くがよい」

「私の身に護衛など、過分な対応でございます。前回のように監視役か……単に団員として来ていただければ」

「はて、あなたの何を監視する必要がありますかな?」


 宰相が急に恭しく口調を変えた。髭に覆われて見えなくても、口元が楽しそうに弧を描いているのがわかる。

 ……閣下は少し意地悪だ。私は恨めしげな目を宰相に向けた。


「前回は監視役だったではございませんか」

「今思えば要らぬ用心でしたなあ。まあ、護衛として役立ったようなので怪我の功名と思いましょう」

「あの……閣下は私を臣下として扱ってくださるとおっしゃったはずでしょう?」


 敬語を使わないでくれと暗に頼んだが、宰相はほっほと笑って聞き流した。


「まことに勝手ながら、この老いぼれの楽しみの一つはあなたのことなのです。ちょっとばかし大目に見てくだされ」

「……ふたりきりのときだけでお願いいたしますね」

「もちろんでございます。そうそう、大事な用事を先に済ませてしまいましょう。ロイド様から伝言を預かっておりますよ」

「いったい何でしょうか?」


 私は首をひねった。最近は怒らせるようなことはしていないはずだけど。

 私の疑問に宰相は答えず、代わりに四つ折りしただけの小さな便箋を差し出した。

 さして質の良くない便箋を開くと、簡潔な文で一行だけ綴られている。


『3日後、エルーシャは休みだ。自宅で待つように』

「……は?」


 私は気の抜けた声をあげた。

 3日後は女神祭の初日である。祭りは5日間続く。

 元々どこかで休みをとるつもりで結局やめたから、仕事に関しては問題ないが、勝手に人の休みを決めたということ? 職権濫用が過ぎる。

 しかしそれよりも、自宅で待てとはどういう……まさか……そんなはずは……嘘でしょう?

 手元の便箋を見つめてぐるぐると混乱する私に、宰相が朗らかに言う。


「仲がよろしいようで何よりですな」

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