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私以外の人と幸せになってください  作者: みりん
ルクサンディ編
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十四話 18歳 9

 その日、ロイドからの指示をレオに伝えることは叶わなかった。けれどまだ初日のこと。心配はしながらもそこまで焦りはなかった。

 本格的に異変を察知したのはさらに翌日、やはりレオは現れなかったのである。

 帰国の日は3日後に迫っている。何かあったに違いない。

 ベロニカ亭での食事後、時間は遅くなってしまったがロイドに報告しに行くというアルバに私はついていった。


 まだ仕事をしていたロイドは、報告を受けても顔色を変えなかった。


「今日も会えなかったか」

「もしかしたら囚われていて出られない状況なのかもしれませんね」


 アルバの推測に私は蒼白になる。しかし、この場でショックを受けているのはどうやら私だけのようだった。


「それなら仕方ないな。理由なくクレメンティ卿の屋敷を訪ねるわけにもいかない」

「彼を置いていくということですかっ?」

「明後日までに現れなければそうなるな。帰国後に密偵を遣わせる」


 ロイドが宥めるために言うが、レオの身が非常事態にあるのは変わらない。それにロイドに置いていかれたと知れば、一度希望を抱いた分どれほど絶望するだろう。

 考え込んだ私に、ロイドが再度忠告する。


「言っておくが、絶対に馬鹿な真似はするなよ」

「わかっています」


 私は即答したが、ロイドは疑わしげに私を見ている。宰相に直談判した行動力をよく知っているからだ。

 ロイドの懸念は正しい。私にはレオを置いていく気など毛頭ない。




 翌日、私は変わらず雑用をこなしていた。用を言いつけられ、頭の中で道順を考える。

 目的の人物に書類を渡し終えて戻る道中、頻繁に出入りしていた応接室付近にさしかかったところで私はグラントに言った。


「そうだ、お世話になったルクサンディの人に挨拶できたらと思うんですが、ちょっと見てきてもいいですか?」

「ああ、行ってこればいい」

「ありがとうございます」


 私が扉に手をかけようとしたところで、タイミングよく見覚えのあるメイザンの官僚が出てきた。相変わらず出入りが激しい部屋だ。


「どうしたんだ? 何かあったか?」

「ちょっと挨拶できたらと思いまして」


 官僚は納得したように頷き、扉を開いて押さえてくれたので有り難く中へ入る。これまで同様グラントは室内まではついてこない。

 交渉の大詰めに両国の官僚たちが顔を突き合わせ、あるいは筆記をしたりと忙しそうだ。私は目当ての人を探して見回した。

 ……いた。私は書類を整理しているギディを見つけ、歩み寄る。


「ギディさん」

「あれ、リンスさん。今日はどうされたんですか?」

「もうすぐ帰国ですから挨拶をと思いまして」

「それは嬉しいなあ。あれから会えていませんでしたから」

「ギディさんにはお世話になりました。食事にも誘ってくださって嬉しかったです」

「はは、失敗しちゃったと思っていたんですけど、そう言ってもらえてよかったです」

「あの……よろしければ一つお尋ねしたいことがあるんですけれど」


 私が声を潜めると、ギディは察して顔を近づける。


「さてはそれが本題ですね? 僕に答えられることであれば喜んで」

「クレメンティ卿はよく宮殿に上がられるのでしょうか?」

「クレメンティ卿?」


 意外な名前を聞いたとギディがきょとんと聞き返す。


「たまに姿を見かけますが、最近は見かけていませんね」

「そうですか……ちなみにご自宅はご存じですか?」

「高級住宅街で一番大きな邸宅だから街の子でも知ってるぐらいですが……そういえば交流会で一緒に踊っていらっしゃいましたね。何かありましたか?」

「いえ、ちょっとお話ししたいことがあって」


 私は曖昧に言葉を濁したが、ギディは渋顔を作る。


「クレメンティ卿に近づくのは個人的にはお勧めしません。実は、彼には噂がありまして」

「噂?」

「……女性は、若ければ若いほど好むと」

「……なるほど」


 それを聞き私は納得した。なんでもない、交流会でクレメンティが話しかけてきたのは私が会場で一番若い女であったからだ。ロイドが言葉を濁したのはそういうわけか。

 それから更に一つ頼み事をしてから、改めて別れの挨拶をすると、待っていたグラントと合流する。


「お待たせしました。行きましょうか」


 歩きながら頭の中ではずっと考えている。見つけるべきもの、レオを助ける方法。




 帰国は翌日に迫っていた。部屋の片付けもあろうということで、今日の業務は半日で終わりだ。

 私はいつも通り部屋の前でグラントと別れ、着替えだけ済ませるとすぐに部屋を出た。今まで外出する際は毎回律儀に声をかけていたが、音を立てないようにそっと離れる。


 昼過ぎの空には太陽が燦々と照り、空気は生温い気怠さを纏っていた。

 あくびを噛み殺している門衛に通行証を見せ、その足で高級住宅街へと向かう。宮殿からさほど離れていない元貴族たちが所有していた邸宅に、金持ちたちがそっくり入っているという。その中でもひときわ存在感を放つのがクレメンティの屋敷であった。ご丁寧に家紋が掲げられていてわかりやすい。

 私は堂々と門をくぐり、立派な庭を通り、華美に装飾が施されている玄関扉をドアノックで叩いた。

 果たして現れたのは、執事然とした老年に差し掛かる頃合いの男性だった。客が予想外に年若い女であったことに多少驚きを見せたが、慇懃に尋ねてくる。


「当家に何か御用でしょうか?」

「クレメンティ様とお話ししたいの」

「お約束はされていますかな」

「いいえ、でもクレメンティ様もきっと私とお話ししたくなるはずですわ。『囚われている金髪の男』の話、なんですけれど」


 私がその単語を口にした瞬間執事は表情をなくしたが、すぐに元の穏やかな笑みを取り繕った。


「さて……何の話をされているのか分かりかねますが、クレメンティ様の御客人でしたらどうぞこちらに」

「どうもありがとう」


 最初は全く通す気配がなかったが、一転してにこやかに招き入れられる。この男は主の行いを把握しているらしい。

 私は警戒心を見せずに中へ入った。案の定、途端に潜んでいた別の男に拘束される。手首を縄で縛られて、私は大げさに喚いた。


「痛いわ! 何のつもり、離しなさい!」

「馬鹿な娘だ。金をたかりにでも来たのか? いったいどこで彼の存在を知ったのやら」


 先ほどのまでの慇懃さを捨て去って、執事は侮蔑を露わに吐き捨てた。


「レオ様に聞かねばならんな。ちょうどよい、いつかの女のように見せしめに痛めつければ反抗心も失せよう」


 執事は私を拘束する男に地下室へ向かうよう指示を出す。

 地下へ続く何の変哲もないその扉は、屋敷の最奥にあった。執事が錠を開け、私は護衛に引っ張られながら階段を降りる。

 レオはベッドと机だけの殺風景な部屋にいた。ベッドの上で半身を起こした状態で階段のほうを注視していた彼は、私の姿を見て目を瞠った。

 護衛に床へ突き飛ばされて受け身も取れず倒れ込む。レオが私に駆け寄って助け起こした。


「大丈夫か!? どうしてここに」

「少し自由にして差し上げたらこんなお知り合いを作られて、困りますなあレオ様。この者はどういった人物なのですか? どうやってお知り合いに?」

「……僕もよく知らない」


 レオの言葉は事実だったが、執事は「嘘はいけませんよ」と首を振る。


「やれやれ、少し目を離すとこれだ。レオ様には困ったものだ。お嬢さん、お名前を教えてくれますかな?」


 執事が私の前に屈み込んだ。馬鹿な娘が小金欲しさに愚かな真似をしたと、その顔にははっきりと嘲笑が浮かんでいる。

 私は背筋を伸ばし、男を見下ろすように、傲慢に、尊大に吐き捨てた。


「わたくしの名前だと? お前に名乗るほど安い名ではないわ」

「なっ、なんだと……!」


 執事がカッと顔を赤らめ、手を振り上げようとする。私はそれを見ても落ち着き払って言った。


「わたくしの身に傷一つでも付けてご覧なさい。後悔するのはお前よ」

「何……? お前、何者だ?」


 頭の足りないと思っていた小娘が一変して、高みから超然と天下を睥睨するような威圧感を醸し出している。執事は思わず気圧されて半歩後ずさり、そのことに気づいて誤魔化すように鼻を鳴らした。


「ふん、強がりを言いおって。どうせそこらの町娘に過ぎんわ」

「でも、もしかしたらえらい貴人なんじゃないですか? 一応お館様に確認したほうがよろしいんじゃ?」


 護衛の言葉に沈黙したのち、執事は踵を返した。


「……仕方ない。今は妾宅か、使者を送って呼び戻すぞ」

「はい」

「この者どもはまとめてここに閉じ込めておけ」


 2人が階段を上っていき、ガチャンと鍵のかかる音がした。

 今はクレメンティは在宅ではなかったか。これは時間がかかってしまうかもしれない。あまり歓迎したくない展開だ。

 私が内心眉を顰めると、レオが私の背後に回り、腕の縄を解こうと試みる。


「くっ……ごめん、固くて解けない。ナイフがあればよかったんだけど取り上げられてしまって……痺れとかはない?」


 レオはしばらく格闘していたが、諦めて私にベッドに座るよう促した。


「今のところ大丈夫よ」

「本当に、いったいぜんたいどうしてここにいるんだ? 何かあったのか?」

「何かあったのはあなたのほうでしょう? ベロニカ亭に来ないから私が来たのよ」

「赤の他人のために危険を冒して? 信じられない馬鹿だな!」

「言ったでしょう、私はいつだってあなたの味方だと」


 レオは虚をつかれた顔をした。


「君は一体僕の何だ?」

「私は……」


 レオの問いに、とうとう私の口からぽろりと真実がこぼれ落ちる。


「私は、あなたと一緒に遊んだことがあるわ」

「一緒に? 僕の記憶にはない、ということは子どもの頃に? 僕が子どものときには君は生まれていないはずだ。実は見た目よりも年が上なのか?」

「いいえ、恐らくあなたの想像するぐらいの年齢よ」


 私は大切な思い出を、そっと仕舞い込んでいた宝箱から取り出した。


「あなたに初めて会ったときのことをよく覚えているわ。静かにと言われてそっと入った部屋で、産着に包まれたあなたはすやすやと眠っていた。私はあなたの寝顔を飽かず眺めていたわ。もう行くよと言われても、私はいやと首を振って、あなたのそばに居たがった」

「……おかしなことを言う。それでは、君が僕よりも年上になってしまうじゃないか」

「そのときはそうだった。今は違うけれど」

「謎解きをしたいんじゃないんだ。まどろこしい言い方は止めろ」


 レオが苛立ちを表した。私は微笑む。


「私は、あなたの家族だった」

「……まさか、自分がラヴィニア王女だとでもいうのか? はは、僕がエミリオ王子というよりも馬鹿げている。頭がおかしいんじゃないか」


 私は何も答えなかった。挑発に反応を返されないのにレオは焦れる。


「何か言ったらどうなんだ」

「今も昔もあなたを愛しているわ」

「……」


 レオは言葉を失い立ち尽くした。


 水が大地に染み込むように、あなたが求めるだけの愛を惜しみなく捧ぐわ。

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