プロローグ 13歳
将来の夢を聞かれた時、世の女の子は何と答えるのだろう。
王子様と結婚したい? それとも幸せなお嫁さんになりたい、だろうか。
私? 私は、王制を支えたい。
そのために王立高院に通っている。
この日最後の授業が終わり、帰り支度を始める生徒の間を縫って私は教壇に近づいた。
「先生、お聞きしたいことがあるのですが」
「何だね、リンス君」
「輸入品には関税がかかっているとのことですが、輸出品にはかかっていないのですか?」
「いや、実は一部の輸出品にも関税がかかっているものがある」
「そうなのですか」
「うむ。例えば我が国の特産であるエメラルドやその他鉱物類。これらは近隣に産出する国がないため、関税をかけることで莫大な資金源になっているのだよ」
「それでは領地間の関税については……」
質疑を重ね真剣な面持ちでメモを取る私の耳に、小馬鹿にしたような囁きが届く。
――よくやるよ。
――取り入ろうと必死だな。
背後でクスクスと漣が立つような笑いが起こったが、いつものことなので気にしない。宮廷での足の引っ張り合いに比べたら可愛いものだ。それに、先生に気に入られたいと思っているのは否定しないし。あなた方のようにのほほんと暮らしてはいられないのよ。
王宮に仕官するには王宮と繋がりを持つ先生のお気に入りになるのが一番手っ取り早い。辛うじて片足だけ貴族籍に引っ掛けている状態の私からすれば、コネと伝手は何より大事だ。
当然ながら、質問する一番の理由は将来役に立つ知識を身につけるためだが。
先生にお礼を言い、寮への帰路につく。王立高院の敷地は広い。薄暑に汗ばみながら、赤茶の髪を靡かせ並木の道を進む。
その途中に目立つ集団を見つけて私は足を止めた。近づきたくても護衛の騎士に阻まれ近寄れない生徒たちがその存在を遠巻きにしている。
私は知らず溜め息をついた。もしかして王族というのはお暇なのかしらと嫌味の一つでも言いたくなる。
私がやっかみを受ける本当の理由はこちらだ。次期王太子となるのはほぼ確実で、同じ年頃の娘がいる貴族が競って婚約者にしようと画策している相手。
私に気づくと彼は嬉しそうに破顔して駆け寄ってきた。秀麗な顔立ちと、少年らしくすらりと伸びた手足。自分の平凡な容姿と比べて憎たらしいことこの上ない。
「エルーシャ、遅かったではないか」
「ヴィクター殿下、ご機嫌麗しゅう。こんなところで油を売っていてよろしいのですか?」
「つれないことを言う。お前に会いに来たというのに」
殿下が口を尖らせて拗ねてみせた。こういうことをさらりと言うから、私が色目を使っているなどと七面倒な勘違いをされるのだ。思わずこぼれそうになった二度目の溜め息を飲み込む。
ヴィクター・カルム・メイザン。私の一つ年下の12歳で、深い紺色の髪と春の陽を思わせる薄青の目を持つ、王位継承権第二位の立派な王族である。
身分違いも甚だしいが、何の因果かこうしてたまに顔をつき合わせる仲だ。
「まだ卒業しないのか?」
「何度も申し上げておりますが、まだ学ばなければならないことがたくさん残っているのです」
「昔のようにたまには王宮へ遊びに来ればいいのに。エルーシャがいないと退屈だ」
「私のような者がそうやすやすと登城許可を得ることはできませんので」
「そんなもの、俺の許可があれば必要ないだろう?」
「殿下……」
私の困り果てた顔を見て、殿下は冗談だと笑った。その拍子に紺色の髪が揺れる。
殿下の紫を帯びた濃い青色の髪を見る度に、同じ色の眼と髪を持つ彼の父親を思い出す。
今は到底近づくことができない存在。仄かに月光の差す夜空のような濃紺の瞳に光が入り、星が瞬いたように見える瞬間がとても好きだった。
私のかつての婚約者、ロイド・カークス・メイザン。御年30になる美しい人。
私たちが敵対国の王子と王女だったのは15年も前のことなのかと感慨深く想起する。
何を隠そう、私には前世の記憶がある。