一話
××本土から島に向かう漁船上××
「この島には徳川の埋蔵金があるという言い伝えもあるそうだよ」
「え!本当に?」
「ふふっ。どうかな?見つけたらそれで君に指輪を贈るよ」
「忠田さん…」
「大忠って呼んでほしい…來」
「大忠さん…」
「バッカみたい」
「聞こえるよ、姉さん」
「時夜だって思うでしょ。だってコレ、漁船よ?遊覧船でも観光艇ですらないただの漁船で何してんの?って感じじゃない」
「違うサー。帰りは観光艇サ」
「清兄、誠兄と同じに魚が取れないからって卑下することは無いわ。清兄のこのボロ船だって立派な漁船よ」
「姉さん口悪いよ。仕方ないでしょ。フェリーは去年終わったんだから、島に行くには漁船にでも便乗させてもらうしかないんだから」
「魚が獲れなかったわけじゃないサ…」
「大丈夫、分かってるわ。オキアミさん家は皆んな漁師に向いてないのよ。仕方ないわ。それにしたって、もう少し空気読めって思わない?自分達だけならまだしも、私達だって乗ってるんだから。慎めっての」
「姉さんも音量を慎んだ方がいいと思うよ」
「コレはわざと聞かせてあげてるのよ」
「あ、そ。清兄。昔からシーサーにハマってるのは知ってるけど、いい加減やめたら?イントネーション違うよ」
「…違うサー… 」
「…君たちは島の子かな?島に宿はある?」
「は?宿の予約も取らずに来たの?テレビでよくあるアポ無しで初対面の人の家にズカズカ上がり込んで泊めてもらおうとかいう厚顔無恥で厚かましい都会人なの?田舎の人間は親切だからそれでも何とかなるとか思ってるの?バッカみたい。初対面の得体の知れない余所者をプライベートスペースに入れるなんてリスクを冒してまで貴方方に親切にしてやるべき理由は?それだけのリスクを負うだけのメリットを貴方方は私達に提供出来るの?それともただ飯食いに来ただけの厚顔無恥で傍若無人の厚かましい人間なのか。さあ言ってごらんなさいよ、あなた方に何ができるのか」
「……」
「……ごめんなさい」
「姉さん言い過ぎ。宿でしたら、『かみや』という所が島で唯一の宿泊施設ですよ。ご案内しましょうか?」
「親切にどうもありがとう!あ、私は喃々 來」
「俺は忠田 大忠。いや、ネットで検索しても出なかったから不安だったんだ」
「言い訳男、見苦しい」
「姉さん」
「…あるのならいい。案内はいらないよ。ありがとう、弟君?」
「羽下 時夜です。こっちは姉の美代」
「オイは清…」
「よろしくね、時夜くん、美代ちゃん」
「男に媚びる仕草がわざとらしい。−5点」
「…お姉さんとはともかく、君のような子と知り合えたのは嬉しい。また会えるといいね」
「狭い島だから嫌でも顔を見るはめになるわよ」
「姉さん」
「……」
××宿『かみや』××
「一泊お願いできますか?」
「おや、珍しい。お客さんですか。はいはい、どこも空いてますよ…ん?もしかして貴方、」
「では二人部屋を一つ。良かったかな?」
「ええ。…大忠さん、知り合い?」
「いや、初対面だ。ですよね?」
「…ええ、そうですね。人違いでした。最近どうも…歳のせいかな?」
「宿泊カードは?」
「ああ、こちらですよ。…『忠田』様ですね。わたしは神谷と申します」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「お部屋はこちらをお使いください。部屋に電話は有りませんが、わたしはいつでもここに居りますから用があれば仰って下さい。ウチは食事のサービスをしていませんので、近くの居酒屋兼食堂をご利用くださいね」
「どうも」
「……?」
××居酒屋食堂『千×』××
「こんばんは~」
「あら、いらっしゃい。羽下センセ、曽野田センセ」
「いつものくれる?」
「はいはい。いつものね。曽野田センセも?」
「あー、そうだな。とりあえず、いつもの」
「はぁい。じゃあ、とりあえずいつものと…はい、付け合せ」
「女将、コレは?」
「オキアミの塩漬けってどうしても生臭さが残るでしょう?苦手な方も多いから、ハーブのセージを添えてみたの。どうかしら?」
「…うむ。アミツケの生臭さとセージの臭いが混ざって大変不快だ。いっそ吐き気すらする。どちらも欠点ばかりを際立たせて双方を殺すなんて、さすが女将」
「いやだわ。また失敗ね」
「ははは!曽野田は手厳しいな!上の草を退ければ食べられるだけマシだろう」
「臭いは移ってしまっているが。まぁ、ヤ〇ルトコーヒーやゴーヤカレーよりは食べやすいな」
「だろ?チョコレートチャーハンとか吐きそうだったから、おいしく食べられる分マシだ」
「だが、とりあえず他の人には出さないほうがいい」
「あら。あのお客さんにはもうお出ししてしまったわ」
「…ん?見ない顔だな」
「ああ、今日観光でいらしたんですって」
「観光?こんな何にもない島に?」
「漁港と枯れた村落と爺婆しかないぞ?」
「こちらの忠田さんが歴史に興味があって、各地の伝承何かをいろいろ調べて回っているそうよ」
「へぇ、すごいな。そりゃ」
「どうも。いや、ただの趣味です。只々各地の寺社仏閣巡ってるだけで」
「ふふふ。各地の美味しいものを食べられるから私も付いて来ちゃうの」
「こちらは喃々さん。忠田さんの婚約者さんですって。婚前旅行ね」
「やだぁ!女将さんったら」
「ふふふ。若いって良いわね」
「詞華さんも十分若いよ」
「あらやだ、曽野田センセったらぁ!」
「おお。それじゃあこの出会いに、乾杯!」
「「乾杯!」」
「ん?ありゃ、彼女潰れちゃった?」
「あ、すみません。彼女ちょっとアルコール弱くて」
「まぁ!喃々さん、大丈夫?お水飲む?飲める?」
「待て、急性アルコール中毒の可能性もある。急に動かすな」
「あの、貴方は?」
「安心して。曽野田センセはお医者様よ」
「…そうなんですね。よろしくお願いします」
「うむ。…瞳孔も脈拍も正常の範囲内か。寝てるだけだな。摂取量は?」
「このビールを一口だけ…」
「…うむ。そうとう弱いな。体質に合わんのだろう。医師として飲酒は勧めない」
「…はい。來は日本酒が好きなんですけど…」
「酒好きが酒が強いとは限らんからなぁ…」
「動かしても構わんが、そっとな。今日は風呂はやめておくように。明日も酒が残るかも知れん。滞在はいつまでだ?場合によっては伸ばしたほうがいい」
「一泊だけの予定だったのですが…」
「明日帰るとすれば昼に出る船か…。無理だろうな」
「そうですか…。仕方ない。まぁ、まだ有給はあるし…」
「うふふ。これも何かの縁ね。ゆっくりしていらして」
「そうそ。ゆっくりしていけ。何もないところだがな!」
「はぁ…。今日は宿に帰ります。ありがとうございました」
「うむ。悪化するようなら来い。ここの三軒隣の診療所だ」
「はい。ありがとうございました」
「あ、しまった。彼奴らもしかしてコレがここの名産だとか思われたりしてないよな?!」
「まさか。誰が食うんだ、こんなの」
「センセ達が食べてくれたじゃない。あのお客さん達はお箸もつけませんでしたよ」
「ま、当たり前だな」
「うむ」
「もう!センセったら!」
「こんばんワー」
「あらセージ、ちょうどいいところに来たわ。あなたの名前をヒントにお料理を作ってみたのよ!是非食べて」
「は?はァ…」
「やめておけ。不味いぞ」
「曽野田これも一種の社会勉強だって」
「はい、どうぞ召し上がれ」
「はぁ…、クッサ!何これクッサ!!!」
「ははははっ!!」
「クッサ!うわ、手まで付いタ!クッッサ!!」
「だから言ったろ」
「ヒドイわ、セージったら!」
××夜の浜××
「…久しぶりだな、セージ」
「久しぶリ?いや、」
「…っふ、そうか。お前には、俺など覚えているだけの価値もなかったということか!俺はこの10年間一時だってお前にされた仕打ちを忘れることなど無かったというのに!」
「ハ?10年?いや、だってお前…」
「まぁいい。もう俺はお前の影に苦しむ事ももうない!二度とな!」
「…はァ…?」
××宿『かみや』××
「…ふぁ、ああ。よく寝た。あら?もうこんなに陽が高いなんて。まあ、もう10時じゃない!もうっ!何で起こしてくれなかったのかしら。ちょっと寝すぎてしまったみたいね。大忠さん…?」
「…大忠さん…?…お散歩かしら…?」
「おや、喃々さん。御気分はいかがですか?どうかされましたか?」
「あ、神谷さん。おはようございます。ぐっすり休んでスッキリサッパリ!ところで、大忠さん見ませんでした?」
「それは良かった。おはようございます。もうお昼ですよ。忠田さんは貴女がゆっくりお休みしていらっしゃる間に島の社を詣りに行ってくると仰って朝から出て行かれました。書き置きか何かありませんでした?」
「まぁ!起こしてくれればいいのに!書き置き?あったかしら?部屋に居なかったからすぐに出てしまったわ」
「ふふふ。貴女はのんびりなのか慌てん坊さんなのか…。忠田さんもじきに帰って来るでしょう。ここは都会と違って時間はゆっくり流れます。昼食を食べてゆっくりお待ちになられては?」
「…そうですね。そうします。…ところで、ここの名物って何ですか?もしかして、得体の知れないピンクの生臭…磯香りの強い海産物とかだったり?」
「ピンクの?さぁ、何でしょう。漁港しかないので魚は新鮮ですが。今の時期ならブリが美味しいですよ」
「ブリ!いいですね!」
「漁港の食堂に今朝水揚げされた魚の一部が流れますから新鮮なのが食べられますよ」
「ありがとうございます!行ってみますね」
××警邏中××
「はぁ…平和なのはいいけど、暇だなー。仕事中にモンスター集めてこないだ怒られたばっかだし。ていうか、この辺基地ないからモンスター出ないけどね~、って、電話か」
「あ、ニャンコ発見。おいでー…よーしよしよし、いい子だニャー。…ハイハイ。警邏中の安保ですよー」
【随分早いな?またサボって虫集めか?】
「虫って…せめてモンスターって言いましょーよ。リアル虫かと思ってゾッとしました。それにこの辺は山すぎて基地どころか電波もないですよー。ニャンコは捕獲しましたが」
【基地あったってどうせ虫かネズミしか出ないだろ。ていうか、お前また職務中にネコ撫でまわすな。制服に毛が付くぞ】
「だが断る!世のニャンコはモフモフするためにあるんです(キリッ)それにしても羽下部長よく知ってますね?やってんですか?」
【バカばっか言いおって。…子供がな。休暇のたびにボヤくんだ。だから島に渡りたくないとか。持ち家が本土に在るのに単身赴任じゃないとかあり得ないとか。何で母さんが帰って来ないのかとか。反抗期だからな】
「あー。反抗期ってか…。普通に島きたくないだけでしょ。お子さん達本土の学校行ってるんだし、休みの度に呼び出しかけられたら自分ならキレますね~。親元いるより友達と遊びたい盛りでしょー。来てくれるだけでありがたいじゃないですか」
【…別にオレが毎回来いと言ってるわけじゃない】
「…あー…。まぁ、そっすね…。あ!自分警邏中なんで、」
【あ?いいだろ別に。多少遅くなるくらい】
「いやぁ、サボりは不味いんじゃないかなぁなんて、」
【いつもサボってるだろ。それに、この島でどんな事件が起きるんだ?どうせ爺婆の事故か、徘徊による失踪か、忘れ物だろ?全部先にオレのトコに連絡来るわ】
「思ったりして…」
【それ以外はなんだ?緊急搬送か?こっちから一報いれる前に他の爺婆が船で医者と一緒に搬送するわ、勝手に】
「…そ、すね…。なんで自分らって二人してこの島勤務なんでしょう?」
【知るか。偉くなってお前がオレに答え教えろ】
「…あー、…っす」
【じゃなくて。昨日観光客カップルが来てるらしいぞ】
「へ?観光?この島に?」
【そーなんだよなー。今日ウチに遊びに来た爺婆に聞いた感じだと、この島に親戚がいるわけでもないし、寺社仏閣巡りが趣味って言ってたが島の社なんて一つだけだろ?】
「…なんか、不穏なかんじですね?」
【なー?『かみや』に泊まる予定だったらしいけど、一泊も必要か?】
「あー、ちょっと気にして見ます」
【よろしく】
「ん~…。面倒だねー?お、行く?行っちゃう?じゃぁニャー、ニャンコ。またいつか会おうニャー」
「…浜は比較的民家があるけどこの時間帯はみんな働きに出てるか畑だしなぁ~、と?ありゃ?誰だ?見ない顔だなー。ああ、アレが部長の言ってた観光客か……。何してんだろな?『かみや』に泊まったんならコッチは社とは反対方向なのに…。…疑うわけじゃないけど…」
「…どーもー。観光客の方ですよね?どうしました?道に迷いました?」
「え?あ、警察の方ですか…いえ。っくし!海がきれいだなと思って、写真を撮ってました」
「そうなんですかー。あ、風邪ですか?この辺りは今人もいないしニャンコもいないから寂しいでしょう。もう少ししたら朝出た漁師が帰ってくるんでにぎやかになりますよー。あ、海が綺麗に見えるところっていえば、あの山道をちょっと上ったところの展望所も綺麗っすよー。この陽気だからニャンコもいっぱい屯してて猫鍋と海が一望できるっス」
「…あー、はは。そうなんですねー。いえ風邪では…っくしゅ!お巡りさんはネコ派の方ですか?」
「ハイっす!!いやぁ、可愛いですよね、ニャンコ。『かみや』の近くなら二軒隣が夕飯時に猫屋敷になるんでおすすめですよー」
「グス…どうも、ありがとうございます。でも、連れを宿に置いてきているので、もう帰ります」
「そうっすか?よろしければお送りしましょうか?」
「っくし!…いいえ。ご親切にどうも」
「…はぁ。なんか怪しかったっすねー。とっておきのニャンコ情報にも食いついてこないし…んん?あれ、なんであの船浜に打ち上げられてんだ?」
「………え、セージ君?っブ!何鼻フックなんかして、ウケ狙い?早く起きなよまったく、もう。何してんの、こんなところで寝て…って!うわぁ!!!血?え、血?なんか赤いし!ぎゃあぁぁああ!!!ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ部チョー!助けてお回りさーん!!」
××浜の小舟××
「酷いな…」
「鼻フック、」
「曽野田、分かるか?」
「鼻に釣り針が刺さっているが、これは軽症だ。あと、左脚脹脛に打撲痕。足を滑らせて小舟のヘリに打ち付けられたと考えられる。後頭部に重度の打撲痕。これが致命傷だな」
「つまり、被疑者は足場の悪い小舟で釣りをしていた被害者を鼻フックし、転倒させてヘリに後頭部を強打させたってことか」
「え、殺人ですか?事故ではなく?それに鼻フックって…そう上手くいきますかね?」
「鼻フックする必要も後頭部を打つ必要もない。被害者は、足場の悪い小舟で釣りをしていたと言っただろう。服や小舟のヘリにでも引っ掛かればいい。転覆させて仕舞えば、溺死する。奴はカナヅチだったからな」
「なるほど。では、被害者がカナヅチであることを知っている者の犯行ですね?」
「曽野田」
「詳しいことはここじゃわからんが、まだ手足も動くし…事があってから2〜3時間ってところか。ちょうど昼頃だな」
「わかった。昼頃だな。曽野田、後は任せた!よし、今朝から阿母が小舟を見つけた午後3時40分までの間の被害者の足取りを追うぞ!安保」
「はい!羽下部長!」
「それは良いが…現場写真くらい撮っておけよ?それから本署へ連絡入れろよ」
「大丈夫です!それは自分が部長に言われて先に撮りまくっときました!」
「本署へはすでに第一報の報告書も提出済みだ」
「…手際だけは良いな」
××被害者目撃情報その①××
「センセ!この度はウチん子ォが、ほんに迷惑ばかけてしもて…」
「いやいや。これが仕事ですから。お母さんも、気を落とさないでください。…当日の彼の足取りを追っているのですが、何時頃に家を出られたか、わかりますか?」
「朝早よから出て行きましたよ。あん馬鹿は泳げもせんとんば、あがんちぃさか舟にばし立っちよー釣りばして!釣れもせんとんば!そげんこげなことになっとば!あん馬鹿が!!」
「心中お察しします。…もう少し詳しく分かりませんか?」
「…ラジオ体操ばしよったやけん顔は見とらん…けど、6時半過ぎくらいじゃなかろか?」
「なるほど。6時半過ぎに家を出られだのですね」
「セージ?ああ、見た見た。朝ぁ、ありゃあ何時だったかな?朝ドラん始まっ前やけん…8時前か。7時半前か?そんくらいに、いつものごと釣竿持ってあすこん道んば浜ん方へ歩いて行きよった。「今日も釣りな?」ち聞いたら竿ふっとった。あいどんはいっちょん魚釣れんくせして好きな?いっつも地面と自分しか釣っとらんじゃろ」
「セージ?あー。オキアミんトコの次男坊。あいはオイがこけ座っとったら朝桟橋んトコにいつもんごと伸びたシャツば着て釣竿持っとっていた。あいはあいしか持っとらんとか知らん!あんがん伸びたシャツばっか着てから」
「あー、そう言えばいつも同じような白T着てますね~」
「そやろ。そいにタオルば頭に巻いてから桟橋ば行きよったけん「セージ何ばしょっと」っち聞いたった。したら釣りばすっちゅうて、そこんちぃさかとに乗って行ったった。あいーはダメば。そがんちぃさかとにゃお前んごたったよう乗らんて言いよっとんばいっちょん聞かん。…(中略)…クセして気ぃの優しかけん、何ばさせてんドベた。そんがんやけん、嫁も来んとた。負けて悔しがらんとは男じゃなかちゆうてやらんば。どがんしたっちゃ押し負っと。センセからもくらしてやらんね」
「そうですか。何時頃にあったか覚えてますか?」
「は?ありゃあ、何時頃やったか…。詞華ん店の開く前やけん、10時前じゃなかろか」
「朝ドラの終わってからウチを出たんですか?」
「おお!今日は結婚式やったけんの。朝から2回も見た」
「なるほど。では、8時15分以降から9時半までは被害者は生きていたということですか…」
××道すがら××
「証言をまとめると、被害者は朝6時に家を出て桟橋に向かい、9時半迄は生存が確認されてる、と」
「オキアミ家から桟橋まで徒歩でも30分かからん。途中でどっかに寄ったな」
「へ?…ああ、そっか。そっすね。山の社に御参りしたんじゃないすか?じゃないと張爺さんの家の前は通らないっすから」
「だろうな。それなら8時15分前後には桟橋に着くはずだ。山の社に何か手がかりがないか調べろ。俺は病院に行く」
「了解。曽野田センセによろしく」
「おう」
××道誉診療所××
「道与さん、ちわ。曽野田帰ってる?」
「あら、羽下センセ。ええ、帰っていますよ。…大変な事ねぇ」
「ああー…。まぁ。その、あまり人には…」
「ええ、ええ。大丈夫よ。ワタシも医療従事者ですからね。守秘義務がありますもの」
「頼みます。で、話できますか?」
「ええ。今は他に人も居ませんから、奥でどうぞ」
「ども、お邪魔します」
「おう、羽下」
「曽野田、どうだ?」
「ココが手術に対応してないの知ってるだろ。分かることなんてたかが知れてる。レントゲンもないからな。詳しいことは、本土に送って開かないとわからんが、」
「ま、そうだろうな」
「…とりあえず、やはり致命傷は頭だ。足は打撲程度で、捻挫までいってない。鼻フックでバランスを崩し、もがいてる時に船縁かどっかで足を打って転倒したんだろう」
「あー、本当に何の進展もないな」
「…だから分からんと言った」
「ん、すまん」
「ひとつだけ分かったことと言えば」
「お、おお?」
「鼻フックは鼻フックだった」
「…ん?説明を」
「普通の釣針と釣り糸じゃない。糸はピアノ線並みに丈夫な糸というか極細のワイヤーで、鼻フックは釣針じゃなくて釣針に似たフックだった」
「現物を見せて貰っても?」
「ほら。先端が尖ってないし、返しもない。お前のトコのカミさんがプランターを吊るすのに使ってるやつにソックリだろ」
「…だな」
「人を釣るのにはこれくらいの強度が必要だろうが、これじゃ魚は釣れんさ」
「…だな。計画的犯行ってことか」
「ついでにそのワイヤーもフックも、どこの量販店でも大量に売ってる」
「…凶器からの特定は難しいか…」
「お話中失礼します。…あなた、清君が」
「おお。…お前も話し聞くか?」
「ああ」
「ッ!この度はご迷惑をおかけしてすみませんセンセ!!」
「顔を上げて。急激な上下運動はよくない」
「そうそう。こっちは仕事だから、な?俺がピシーっと解決してやるから、な?」
「…ぅヴ…グス。すみませンすみませンすみませン…」
「あらまぁ…清君、これで顔を拭いて。気を確かに持たないとダメよ。あなたにはお母さんもいるんですから。ね?」
「ゥヴ…はィ…」
「…今はまだ俺たちしか知らんが、小さい島だ。すぐに知れ渡る。覚悟はしておけよ?」
「おい、羽下!」
「事実だろ。心構えがあるかないか、それだけでずいぶん違うもんだ」
「だからと言って…」
「…イエ。ありがとうございまス。この島の人たちは、父やオイ達のことも受け入れてくれタ…。きっと大丈夫サー」
「…清君…。分かった。鼻フックだけは広まらないように努力するよ」
「こじんの名誉に関わるからな」
「よろしくお願いしまス…」