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どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服するそうです。  作者: 春槻航真
第11章、家田杏里と夏休みの計画
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85枚目

 曖昧な返答なのに解放してくれた武田さんの優しさに感謝しながら、私は席に戻っていった。無論、何を訊かれたか尋ねられるのが自然な流れだ。

「どうしたんですか?なんで呼び出されたんですか?」

 真っ先にこう訊いてきたのは姫路だった。顔に大きく心配と書かれているような、そんな表情をしていた。私はその杞憂を払拭するべき声のトーンを無理しない程度に少し上げた。

「や、大したことじゃないよ」

 そうしっかり言い切ってから、

「文化祭で、一緒にバンドやらないか??って誘われちゃってさ」

 としっかり漏れなく話題を打ち明けた。こうした人とのコミュニケーションの円滑性といったところは、宇宙人でありながら最近身についてきたものであると自負していた。

「えーまじかそれ!!めっちゃ見てみたいわぁ」

 そう言ったのは意外にも有田だった。意外にも有田というのは中々にひどい表現かもしれないが、まあ彼だから仕方がないと了解していただきたい。私の当時の有田に対するスタンスは、『どうせお前私のこと殆ど興味ないだろ』だったのだ。

「先輩がバンド……楽器弾けるの?」

 一方で遠垣は痛いところをついてきた。

「弾けないよ。だからボーカルで誘われた」

「まあ家田歌上手いからな。いいんじゃね?」

 結城は少しぶっきらぼうにそう言った。この辺りでふっと押し出してくる冷たさが、言ってしまえば彼の持ち味だ。私はその冷たさに憤慨する気配もなく、むしろ迎合していた。

「や、まだ正式に決まったわけじゃないんだけどね。もしかしたらってことで」

 そう言ってこの話題を収束させた。文化祭、バンド、ボーカル……聞き慣れないものばかりだ。どことなくかほる青春のかほりが、感じたことのない期待感と不安感を醸し出していた。ここのところ、私は、私の現実は変わり始めているのだ。まあ無論それは、極々一面的に過ぎないのだが。

 その後もいつ我が家に来るかの相談とか、近々ある花火大会の話とか、そんな遊ぶ予定をいっぱい立てつつ最後の学校は終わりを告げたのであった。これからはみんなが待ちに待ったそう、夏休みである。


 【もう一学期も終わりぜよ。この3カ月、どうだったきにか??】

 家に帰るとお帰りの次にこんなことを言い始めたぬいぐるみがいた。マリアだ。相変らずつぶらな瞳をしたペンギンのぬいぐるみの姿のままであったが、私に話しかける時は似非高知弁を扱っていた。本当に、土佐出身の人に怒られても仕方ねえぞ。いやこの会話はアルフェラッツ星人にしか聞こえないけどさあ。そんなことをグダグダと考えつつも、私はこの3カ月を何となく振り返った。

「そうね。なんというか…去年1年間より長く感じたわ」

 私はそう言うと買ってきた野菜と卵と肉をそれぞれ冷蔵庫に分けて入れていた。マリアの話は背中で聞いていた。

【それは、この3カ月が楽しいものだったっていう証左ぜよ】

 マリアの意見に同意したい私だった。簡単に同意する気になれない私もそこにはいた。混濁する思いの中で、

「そう……かもね」

 と答えるので精一杯だった。

【そうきに。マリアはただ見てただけだったけんど、1学期、特に5月以降の杏里は毎日色んなことがあって飽きない日々を過ごしているように思えたぜよ】

 5月以降、かあ。確かにそうだな。今から思えば、すべての始まりは結城に関わったことなのだろう。彼と知り合い、彼の業に触れ、ひょんなことから遠垣、有田と知り合い、4人で絡むようになり、そしてそれぞれを経由して様々な人間と触れ合うことができた。クラスメイトとも話すことができるようになったし、まあ中にはいじめてくるような嫌な奴もいたが、それでもこれまでのような存在すら認識されなかった時代とはえらい違いだ。

【杏里は頑張ったぜよ。この2カ月は特に頑張ったぜよ。もっと胸を張っていいきに】

 そう言うマリアが、とても頼もしく見えたとともに、とてもはかなげに見えたのは何故だろう。そう励まされるうちに、一抹の不安を覚えてしまうのは何故だろう。

 私にとって、ここは唯一の居場所だった。親のいないマンションの一室、好きなことのできる空間。無論親が帰ってきた瞬間にそこは地獄と化すのだが、常に誰からも相手にされてこなかった教室に比べるとそこはまさしく居場所といってよかった。そしてその時にもっとも私の相談相手になってくれたのは、マリアだった。

 今の私には、幸か不幸か教室に居場所ができた。訳の分からないことを言って笑いあえる友がいる。愚痴を言ったり悩みを打ち明けられたりする友がいる。私を支えて、励ましてくれる友がいる。無論それは一方向ではなくて、いや姫路辺りは残念ながら一方向感も出ているが、それでも私もその励まされた分返そうと頑張れる。そんな、まるで普通の人間のような人間関係を外で構築してしまっているのだ。

 それは怖いことでもあった。現に何度もそれを失いかけた。それでも、今の所それはまだ、私の手の中にあった。

【なあ、杏里。相談があるんじゃ】

 マリアはまるで私の悩みを知っているかのように、少し後ろめたげにこう繋いだ。

【マリアは、星に帰ろうかと思っとるんじゃ】

 私は目を丸くしてしまった。

「え?え?なんで??」

【アルフェラッツ星の食糧難について思った以上に大きな問題が出てきたんぜよ。その担当にあたってくれんかと言われたきにの。ここでの実地調査は、これから杏里一人のみじゃ】

 いきなりそんなことを言われても…私は動揺を隠しきれず、葱を床に落としてしまった。

「そんな………そうか」

【そうじゃ】

 そして葱を拾い上げると、私はペンギンのぬいぐるみの方へ振り返ってこう言った。

「頑張ってきて…ね?」

【勿論じゃ】

 そう返ってきた瞬間に、マリアはいなくなった。それがわかった。ぬいぐるみは、ただのぬいぐるみになったのだ。

 もう逃げ場はない。これで教室内に居場所がなくなったら、もう私には居場所が完全になくなる。これは覚悟の時間だ。理想の自分を、現実の自分とすり合わせていく覚悟を、私は持つべきなのだ。

 私は部屋にペンギンのぬいぐるみをしまい、ぐっと力を込めた。ありがとうマリア。ここまで支えてくれて。もう、大丈夫。もう、1人でも生きていけるよ。そう気合を入れて、私はカレンダーを見た。7月21日。あんなにも憂鬱だった夏休みをこんなにも楽しそうに迎え入れられることに喜びを感じつつ、私は感謝と御礼を込めて彼女の好きだった親子丼の製作に勤しみ始めたのであった。

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