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9枚目

 昨日は楽しかった。もしかしたらこんなに長いこと誰かとしゃべったのは久しぶりかもしれない。遠垣と2人でカフェでしゃべっている間、私は久しぶりに噛み締める多幸感にとても満足していた。そして休日はまだ終わらない。今日は日曜日。今日もまた調査活動に赴くのだ。

【嘘をつけ、今日はどうせ本屋さんに行く予定ぜよ。間違いないきに】

 朝の9時、相も変わらず母はいない。しかしながら、どこからともなく声が聞こえた気がした。声の主はマリアだった。私は部屋に置きっぱなしのペンギンの方を見た。

【昨日は結局女の子と話しただけで1日終わったし、いつになったら調査活動するきによ】

「き、今日するんだよ。うるさいなあ」

 マリアは今日も手厳しい。

【今日の報告楽しみにしているきによ】

 私は顔の引きつりを最大限抑えながら答えた。

「任しといて!必ず世界征服に有益な情報を持ち帰ってくるわ!」

 そう言って私は両手を握りしめ胸の前に出した。ぐっという音が聞こえてきそうだった。そして私は外に出た。調査活動のためだ。間違ってはならない。

 今日の目的地は、かつてこの国の都があったという街だ。歴史的建造物が沢山あり、観光地としても知られている。その星の歴史を知ることは、その星を知ることと直結している。ならば、こうした街に繰り出すのは妥当な選択だと言えるだろう。

 電車に揺られること30分と少し、目当ての場所に来た。古都国屋書店。恐らく関西地域No. 1の書店だ。その在庫は圧倒的で、校庭のグラウンドと同サイズの売り場に所狭しと本が並んでいた。今日は日曜日ということもあって人も沢山いた。その人混みを押しのけるように進んだ。

 この国の本が好きだ。語り始めたらこの潜入日記が5枚ほど無駄になってしまうほどだ。だから結果だけ書くと、新刊5冊と単行本12冊を購入した。値段にしておおよそ15000円だ。なになに?お前お金持ちじゃねえかって?残念ながら私は宇宙人で、調査活動のために来ているのだ。これくらいのお金「調査活動のため」と言っておけばいくらでも予算が下ろしてくれる…などと強がっているが、本当は月に一回ここで大量のお金を消費する以外は、慎ましく生きている。予算にも限度があるというやつだ。

 本当は地元の本屋に行くのが、交通費等浮くのでいいのだろう。ただ、これほどの大きさの本屋が地元にないのだ。それに、地元だと同じ高校のうるさい奴らに会ってしまうかもしれない。向こうは全く気にしないかもしれないが、私が気にするのだ。自分の趣味の世界にそんな気配りなどしたくなかった。

 今日はずっと買いたかった本屋賞の受賞作品から、何年前に出たかわからない自己啓発本まで、幅広く購入した。これを1ヶ月かけて少しずつ読んでいくのだ。そして、今日は午後に母に働かせることもない。つまり、1日中この街に居れるということだ。最高だ。これ以上ない至福の時間だ。

 よしと思い立って、私は歩き出した。買った本は、大事にカバンの中に入れた。手で持っていると、いつ転んでぶちまけるかわからない。そんなことを思っていたら、早速何の段差もないところで躓いて転んでしまった。ベチーンという音がした気がした。私は周りから特異な目をされながらも、すぐに立って歩き始めた。こんなことで恥ずかしがっていては、とてもこの星で暮らしてはいけない。

 私には、一度行ってみたい場所があるのだ。古都国屋書店から歩いて20分程、この国最古とまで謳われる古書街だ。数百メートルの細い道にいくつもの古書店が軒を連ねている。文学史的価値のある作品を多数展示しているそこは、まさに読書家にとってのメッカであるとのことだ。これまでなかなか巡り合わせが悪く行けなかったその古書街に、足を踏みいれようということなのだ。

 私はワクワクしながら歩いた。楽しみで仕方がなかった。そもそも私は古書街に入ったことがなかったから、想像すらできなかった。過去最大のワクワク感を引きずって、1時間ほど歩き続けた。

 おかしい…着かない…

 どういうことだ。私は頭を抱えた。ちゃんと地図を見て歩いているのに、どうして着かないんだ。確かに私は方向音痴だが、ここまでじゃないはずだろう。私は一回立ち止まって考えてみることにした。今はどこにいて、どう行けば古書街につくのか…

「あれ?家田?」

 いきなり自分の名を呼ぶ声がしたので、私は驚いて携帯を落としかけた。

「だよね、家田さんだよね。その包帯!」

 声の主を見たが、顔は出てきても名前が浮かんでこなかった。同じ高校の同じクラスであることはわかった。誰だこいつ…

「だれだこいつって顔しているね」

 おお、よくわかったな。超能力者か宇宙人の類か?ならば私の同類だな。良かった良かった。

「俺は有田雄二。同じクラスなんだし覚えてくれよな」

 そうだそうだ有田だ。クラスの中心人物で、いつも友達に囲まれている有田だ。サッカー部で2年生ながらエースとして活躍してて、学校の女の子にモテまくっている有田雄二だ。ここまでの情報を持ちながらも、一貫して名前が出てこなかった自分の記憶力に悍ましくなった。仕方ない、興味のないことを覚える時間があるほど、私は暇ではないのだ。

「こんなところで会うとは奇遇だな。それで…その…」

 有田は急に躊躇いつつ話し始めた。私は首を傾げながら彼の次の言葉を待った。

「家田もここに入るの?」

 有田が指をさした先には、『メイド喫茶、雅』と書かれた看板があった。どうやら私が何気なくもたれかかったビルの3階に、メイド喫茶があるみたいだった。そんな所、何で女の子である私が好んでいかなければならないのか。どちらかというと2階にある画材屋の方がよっぽど興味があった。

「なあ、一緒に行かね?」

 そういうと有田は、有無を言わさず私の手を握り、エレベーターまで連れて行った。ここでしっかり抵抗しないから…というのが今となっての後悔である。突然のことに驚いて、何も抵抗できず私はエレベーターに乗ってしまった。正直なところを言うと、1時間以上歩き続けて疲労と空腹が限界まできていたから、少し休みたかったのはある。それでも彼の願いは断るべきだった。

 エレベーターが開き、店の入り口に立った。有田が恐る恐る開けた。

「いらっしゃいませーご主人様!ようこそお越しくださいましたー!」

 快活な声が聞こえた。しかし聞いたことのある声だった。私は有田の背後からちょこんと顔を出した。

最初に感じた直感は当たっていた。大きな目や整った顔立ちは全く崩れず、しかしながら背中にまで到達していたロングストレートが黒色のツインテールに変貌していた。更に、極端な下着やミニスカートは見る影もなく、ゴシックロリータ風の長いメイド服を着こなしていた。彼女と会ってまだ1日の私がわかったんだ。より深く知っている人なら一発でわかるだろう。

 私たちはお互いに目を合わせると、お互いが何でここにいるの?という顔になった。図らずも、昨日であった少女、遠垣来夏に、こんな場所で再び邂逅してしまったのだった。

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