84枚目
「家田ちゃん!!!ちょっといいかな!?」
武田のこの言葉は、今の私にとって救いそのものだった。何故かって??さっきからさんざん仲間内でいじられ続けていたからだよ!!有田ぁ、姫路ぃ、そして遠垣ぃ!!本当にこの3人は許さない。世界征服の時は真っ先にこの3人から殲滅してやるからな。私はそんな柄にもなく感情的なことを思いながら、全く後ろ髪惹かれることなく話し合いから離脱した。赤くなった顔はまだ冷却しきっていなかった。私は持っていたタオルで汗を拭くそうに顔を隠していた。
「ねえねえ、家田ちゃん。体調悪いの?」
顔が赤いからか、武田はそんなことを訊き始めた。
「違うわよ。大丈夫…だよ?」
私はそう言いながら少しヒヤッとしていた。今完全に姫路や遠垣と接するような話し方をしようとしていたからだ。さっきまで遠慮なく話せる人と話していたからこそ、同じように接しかけてしまったのだろう。流石に武田にはそこまで心を許していない。阿部ちゃんや出森、沢木にすら気を許していないのだから、武田のこの扱いは誠に妥当と言えるに違いなかった。
「そっか…よかった」
「で?話って何…かな?」
私は少し遠慮しつつ、少し首を傾げながらそう尋ねた。
「あのさ、家田ちゃんってさ。部活って何かやってる?」
「やってないよ」
どこも入れてくれなかったし、どこも入る気がなかったからな。このクラスでのぼっちっぷりを見ていたらわかるだろう。私はそう思いつつもなるべき冷たい印象を与えないように少し声を高くしていた。
「じゃあさ、バイトとかはある?」
「うーん、やる予定ないかな」
バイトかあ。やってみるのも一興だが、今の所する予定がないのは自明の理だった。にしても武田は、何を訊きたいのだろうか。
「そっか。それじゃあさ!それじゃあさ」
私はすっと身構えた。今から思えば、何に身構えたのかわからなかった。
「文化祭、一緒にバンドしない???」
突然の提案に、私は固まってしまった。
「ば、バンド??」
「そう、バンド」
そう言う武田の顔はとても生き生きとしていた。
「バンドって、あの、ドラムとかギターとかの?」
「うん、そのバンド」
他にどのバンドがあるんだよ。武田が突っ込まなかったので私自身が突っ込むことにした。いやそれが問題なのではない。
「で、でも武田さん…」
「魅音でいいよ」
「武田さん…私楽器とか何にもできないよ」
私は意地でも下の名前では呼ばない。何故なら私は宇宙人であり、下の名前で呼ぶほどの仲の良さなど端から期待していないからだ。しかしながら相手も、私がすんなりと下の名前で呼んでくれないことを察していたのか、それとも対して何も考えていなかったのか、私の抵抗はすんなりと受け入れられてしまった。
「いいのよいいのよ。家田ちゃんはボーカルだから」
へ??ボーカル??ということは、歌う人?
「前一緒にカラオケ行ったときに思ったんだ。歌が上手くて、音程もしっかりとれてるし、声質もめっちゃいいなあって」
うん、全部何も意識していないでやったことだ。細かく指摘されたとしても何もわからなかった。少なくとも、私の歌は地球人の平均以上らしい。あまり地球人より平均以上のものがないということもあいまって、少しだけ誇らしい気分になった。
「元々いい声してるなっと思ってたんだ。だから話し掛けたんだけどね。そしたら案の定だったよ」
なるほどだからあの時話し掛けてきたのか。私は遅ればせながら理解した。にしても、自分の声の一体何が評価されたのかについては全く分からなかった。
武田は少し照れた顔をしながら続けた。
「なにより、自分の好きな曲を歌ってた姿がとても輝いててさ。私みたいに周りの期待に流されて歌いたい歌を押し殺すんじゃなくて、自分の心から好きな曲を歌ってて、めっちゃかっこいいなあと思ったんだよ」
んんんん?それは違うのだが…
「だから、その時思ったんだ。一緒にバンドしたいって」
私、心から好きな曲なのではなくて、遠垣から教えてもらった曲歌っただけなんですが。確かに周りの目とか全く気にしてなかったけれども、だからと言ってそんな強い意志があったわけではなかった。
「そ、そもそも武田さん軽音部のボーカルじゃなかった?」
「そうだよ。そっちでも歌うよ。でももう一つ、あれ、藤棚ステージってあるじゃん!!」
ん?なんだそれ?私の知らない日本の言葉か?
「あれ?知らない?」
「ご、ごめん…私あんまりそういう文化祭とかよく知らないんだ。なんだっけ?ふじ…」
「藤棚ステージ!ほら、中庭の藤棚近くにステージ作るんだよ。そこで色々するんだ。歌うたったり踊ったりバンドしたり…○○枠とかもないから有志の集まりで出れるんだ。この学校の文化祭最大の魅力だと思ってるよ」
武田は少し前のめりになりながらそう鼻息を荒くしていた。そうかそんなものがあったのか。去年の文化祭は1人だったからずっと図書室で休憩していたな。あいつ何してんの的な視線が痛くて仕方なかったな。そんな去年の黒歴史を思い出しつつ、まっすぐな視線をぶつけてくる武田の顔を見た。
正直言って、不安しかなかった。だって、前も言ったけれど私はほとんどこの国の音楽を知らない。緊張しいでステージなんてたったこともないし、生歌を晒すなんてもっとやったことない。バンドメンバーと上手くやれる気もしないし、私には荷が重すぎるのではないだろうか。こういう思考に至るのは正直言って普通のことだと思う。しかも相手は、そこまで関わってこなかった女の子。宇宙人にはもったいない話だし、断る方がお互い幸せかもしれない。
「あの…申し上げにくいけれど…」
「あー魅音ちゃん、何話してるの?」
後ろから聞こえた声が、私の言葉を遮った。この時ばかりはその偽りの猫なで声に苛立ちを覚えてしまった。
「あー恵ちゃん!!今説得してるんだ」
ん?ちょっと待て?私は嫌な予感がして少し顔を歪ませてしまった。
「説得?あー文化祭の?」
「そうそう、あ、そういえば言い忘れてたけど、バンドメンバーのうちドラムは恵ちゃんだよ。家田さん同じ中学校だったよね??」
そしてその予感が的中してしまった。濱野はまるで面白いおもちゃを見つけたような憎たらしい笑顔を一瞬だけ晒した上で、すぐにいつもの猫かぶりに戻った。
「そうだよー家田さん!一緒にバンド、しようよ??」
断りたい。全力で断りたい。しかしながら、ぎろぎろ睨んでくる濱野の顔がそれを食い止めてしまっていた。この人には借りがあるのだ。借りをそのままにしておくことは、我が星にとって絶対にしてはいけない事項だ。返せるタイミングで返さなければならない。そんな私の逡巡を見透かしたかのように、濱野は追撃した。
「一緒にしてくれないと、私悲しいな」
その笑顔が、可愛らしく取り繕った笑顔が、何よりも醜く見えた。お前絶対面白がって私を迎え入れようとしているだろ!!
「ちょっと、考えてみるね」
私はその場で断ることができずに、曖昧な返事で抵抗するのが精いっぱいだった。