80枚目
歌い終わってみて、私はそそくさと濱野にマイクを渡した。周りの評価なんぞ見なかった。どうせみんな碌に見てなかっただろう。そうだそうに違いない。私はクラスの目立たないっ娘なんだ。潜入捜査のために目立たなくしているアルフェラッツ星人なのだ。だから私に視線が行くなんてことはない。強いて不安点を言うならばあまりタンバリンの音が聞こえてこなかったことだろうか。まあそれはクラス内での私の人気度というやつだろう。
周囲の顔を見ていても、反応がよくわからなかった。ここでこの星の人間が持っている超特殊能力「空気を読む」を炸裂できたのなら、この場での適切な振る舞いがわかり、もっと私は生きやすかっただろう。しかし私は宇宙人である。そんな超能力を持っていないアルフェラッツ星人である。だから今のこの空気がやっちゃった空気なのかいけるやんな空気なのか判別できなかった。どうせならボーリングの時のようにあからさまに笑ってくれたらよかったのに。全くこの世界は生きにくいなあ。
「ねえねえ家田さん!」
そんな愚痴をこぼしていたら、いきなり隣から話しかけられてしまった。誰だっけ?ああそうそう武田魅音さんだ。私は怯えた目をしつつ武田を見た。
「めっちゃくちゃ歌うまいね!!!私びっくりしたよ!!」
おお、良かった褒めてくれているのか。私は少しだけ安堵した。一応原曲も3回くらいリピートしたし、少しだけ練習もしてきたから、その成果が出たのだろう。私自身手ごたえも何もなかったけれど、少なくともマイナスにはなっていないのだろう。
「なんつうか、家田にめっちゃあってた」
そう小並感な感想を言ったのは今野だ。そしてこれを皮切りに、クラス中が褒め始めた。
「それ超わかる!!!」
「声楽部入りなよ、もしくはけいおん!」
「曲知らないけど歌上手いのはめっちゃ分かった」
うぬ?もしかしてこれは…気を使われているというやつか?私はふと浮かんだ選択肢に少しだけ怯えてしまった。聞いたことがある。この星には本当は大したことない人に対して良好な関係を崩さないようにお世辞というものを言い、大したことのないものも大言壮語に褒めてしまうというやつだ。今私はそういうことになっているのではないか。あまりにも歌が下手くそで仕方ないから、むしろ過剰に褒められているのではないか。その証拠に、歌っている途中に感嘆の声は上がらなかった。そうかそういうことか。私は先ほど褒められて喜んだ自分を恥じた。まだまだ私は、この星の人々に対しての正確な理解というのが及んでいないらしい。それを痛感した。このことを痛感できただけ、ここに来た価値があったというものだろう。そう思うことにして、濱野の歌をのんびり聞いてきた。
当初こそ規則正しく進んでいた歌う順番は、途中でぐちゃぐちゃになってきてしまった。会場も積極的に歌う人と、歌う人に正確な合の手を入れる人と、仲のいい人とひたすら話す人と、それらをすべて平等に行う人の4パターンに分かれていた。私はというと…そうして流動的になっているクラスメイトたちに、ひたすらあたふたしていた。こんな時に姫路がこの場にいたらなあと溜息をつくことになった。
「なあ、家田」
先ほど流行りのロックを熱唱していた有田が声をかけてきた。確かにこの場で気軽に話せるのは結城とお前ぐらいだが、それでも有田との会話はいまだに控えたかった。ほとぼりが冷めたというか、のど元過ぎて暑さを忘れたというのか、またも有田人気というのが再燃しつつあったからだ。まあ出森姫路はもう好意のこの字もないらしいが、それでもまだまだその勢いは衰えていなかった。私は邪険そうな視線を送りながら振り返った。こんな視線をしてもこの鈍感男には無駄だと思っていたものの、やらずにはいられなかった。
「さっき歌ってた曲、誰に聞いたんだ?」
意外な質問に、私は迷惑そうな視線を辞めた。そして何も考えず正直に答えた。
「遠垣にだよ」
「え?遠垣???」
「うん。おかしいかな?あの子に『いま日本で一番はやっているアーティストとその曲を教えて』って言ったら教えてくれたんだ」
それを聞いて、有田は頭を抱えてはあといった。あれ?なんでだろ?
「あいつって、そういやメイドカフェに勤めてるんだよな」
有田の行動の真意がわからず私は動揺しつつ答えた。
「そうだけど……ん?私なんかおかしなことした?」
「いや、お前は悪くない」
そう言って有田はトイレに立っていった。ん?どうしたんだろう。ドリンクバーで飲みすぎたのだろうか。私ははてなマークを浮かべながら有田の方を見ていた。
「家田さん!!!もう一曲歌ってくれない?」
そうしていると、武田から声を掛けられてしまった。ぴょんぴょんと跳ねながら手で小招きしていた。まだ全員回りきっていないのに、ご指名が入ってしまったのだ。結城お前歌ってないだろと思ったが、どうやら結城もトイレに立っているようだった。
「私…知ってる曲少ないよ」
そう言いつつてくてくと歩いて行った。周りにはクラスでも目立つ人間が勢ぞろいしていた。今野や阿部だけでなく、嘉門や高見がいたから、自然と私は腰引けてしまった。
「大丈夫だよー歌いたいの歌いなよ」
そう阿部は声をかけたが、私は正確に言うと歌いたい曲などない。更に言うと歌える曲もあと2曲くらいしかない。これに関してはなんでだよと突っ込まれるかもしれないが、1日で歌える曲を3つも作った時点でむしろ褒められるべきだと私は思う。あ、無論すべてナユタン星人というアーティストの曲だ。にしてもこの星人はどこ出身なのだろう。アンドロメダ星雲にあるのであれば我々アルフェラッツ星人とも交流があるはずだが、そんな話は毛頭聞いたことなかった。それとも宇宙人ということを偽っている地球人なのだろうか。もしもそうだとしたら滑稽だなと、己にブーメランを突き刺しつつ棚に上げる高等プレイングを成し遂げた。
私は慣れないカラオケ機器を操作しつつ、曲を探していた。
「なんか、家田さんまるで発表会の前みたいに手足震えてる!!ただのカラオケだって」
そう今野が茶化してきたが、私が緊張していたのは別の理由だ。右下にある演奏中止ボタンを、どじして押さないかどうかだ。これを推したら人生終わり。この世界は終わり。私は人権をなくす。そんな追い込まれた心持ちの中、1タップ1タップをまるで爆弾解除班のように慎重に行っていた。
ようやく入れ終わったときには、もう前に歌っていた真砂のバラード曲が終わっていた。私は心の準備なしに歌い始めることになった。あたふたしつつマイクをもらい、画面を食い入るように見始めた。
落ち着け、落ちつけ、大したことはない。先ほどみたいにやればいいのだ。さっきみたいにそつなくこなしたら、誰からも文句を言われないだろう。そう思いつつ息を吸った。
このアーティストの曲を覚えた理由は、遠垣に勧められた以外にも理由がある。とある曲のタイトルに惹かれたからだ。そのタイトルは『アンドロメダアンドロメダ』小気味の良いギター恩に身を寄せつつ、私は故郷が歌われたその歌を、遠い昔の記憶を手繰り寄せつつ歌い始めた。




