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78枚目

 「ちょ、ちょ、ちょっと待とうか!!」

 私は手をぶんぶんと振って、結城を落ち着かせようとした。流石にそれは聞いていない。流石にそれはおかしいだろう。

「ん?何でも言うこと1つ聞くんだよね?」

 結城は真っすぐな瞳で真摯な表情をした状態でそんなことを言ってきた。

「いや、そうだけどさ……なんで?何が目的?」

「そりゃもちろん…」

 私は顔を赤くしつつ、つばをぐっと飲み込んだ。そ、そうだよね。男の子が女の子の家に行きたいって思う理由なんて一つしかないもんね。本当に待って心の準備ができてないよ!!!っていうか何、これは遠回しの告白?私はどう対応したらいいの?宇宙人と地球人の恋だなんて、不毛なのも良い所だ。

「何顔赤くしてんの?」

 結城は理由を言う前に一呼吸おいてきた。

「う、うるさいうるさい!!!か、顔なんて赤くなってないわよ」

 私はそう言ってむううと頬を膨らました。

「それより、は、早く言いなさいよ!!!何が目的なの?」

「何って、君の生態についてだよ」

 生態?生態ってなに?男と女の特徴的な某?私はもはや何を言われても健全な思考しかできないように悪化してしまっていた。

「せい、たい?」

「そうだよ。宇宙人としての君を、もっと知りたいんだ」

 へ?私は目を点にしてしまった。

「だってそうだろう?たとえ仮宿としても、いわば君の家はアルフェラッツ星とこの地球を繋ぐ場所になっているはずだろう?いわば地球侵略の前線基地のようなものだ。たとえそうでなく、本当にただ暮らしているだけだとしても、宇宙にいる人たちとの何かしらの交流は行われているはずだろう?更には君の母星から持ってきたであろう様々な地球外物品だってあるかもしれないだろう?そういったものをぜひ見学させていただきたいんだよ。だってこんな機会2度とないよ。僕のような下劣で最低で最悪で、もう誰かのために死ぬことでしか意味を見いだせない駄目な男でも、そうしたこの世界の誰も知らない秘密を知ることができるなんてわくわくすることじゃないかい?あ、なんなら見られたくないものを見せてよ。見られたら、僕を殺さないといけないようなものを見せて、それで僕を殺してよ。僕を殺して、この世界を救う代償にしてくれたら、これ以上ない幸せだと思うね」

 ………そうだ。そうだった。この男はこんな奴だった。自分を殺せとゾンビのように懇願する爽やか自殺志願系青春ボーイだった。本調子復活、というやつかもしれない。

「ねえ、それとも僕に見せられないの?ならば余計見せてほしいけどね」

「…………あのさ、一応私は女の子なんだよね」

「宇宙人ではないのか?」

「宇宙人にも性別くらいあるんだよ」

「そうなのか」

 あれ?言ってなかっただろうか。

「まあでもさ、何でも言うこと聞くんだよね?」

「……………」

 私はジト目をして睨んだ。

「口実じゃ、無いわよね?」

「何の?」

「……なんでもない」

 自分が一番俗にまみれている気がして、ぷいって横を向いた。

「ホント宇宙人って、妄想力高いな」

「む?それは私のことか?」

 結城は少しだけ顔を隠しながら言った。でもなんて言ったか聞き取れなかった。え?何て言ったのって聞こうと思ったら教室へ戻っていってしまった。なんだったんだろうと思いながら、それでも私は部屋に結城を入れなければならない近い未来を憂いていたのだった。


 そしてここからが、最大のイベントである。私達の学校から歩いて3分でとても有名なチェーン店のカラオケがある。私達の学校と、近くにある茨田高校を結ぶ道路沿いにあり、またその道の中間点には私の通っていた中学校もある。つまるところこの辺の中高生行きつけのカラオケ店なのである。そんなところながら、私は足を踏み入れたことはなかった。

 そもそも私は歌が上手いのか、ということに疑問を持った方もいるかもしれない。それに関しては正直に答えよう。わからない、のだ。

 というのも、私がこの世界に来たのはちょうど3年前なのだが、それから人前で歌う機会というものが一切なかったのだ。これは大げさなことだというかもしれないが、事実なのである。音楽の時間は学級崩壊が起きているかの如く落ち着きがなく、授業になっていなかった。その時の思い出はピアノが弾けなくて泣きそうになっていたことくらいだ。卒業式で歌を歌うという中学校もあったというが、それすらうちの学校にはなかった。あったのは優等生の発表くらいで、確か濱野がやっていた記憶があった。

 更には高校時代も、私は芸術選択を美術にした結果歌う機会は全くなくなっていた。そしてカラオケに行く機会はない。これなら、私がこの世界において歌が上手いかどうかなんて判定できるはずがなかった。でもあまり期待しないでおこう。楽器関連はあまり得意ではなかったし、歌も同様なのだろう。

 それよりも、私にはやらなければならないものが一つあった。教室に戻った私は、周りからの下劣な煽りや野次馬たちから抜け出し、スマホを開いてじっと見始めた。見ていたのは、遠垣に勧められた曲の歌詞だ。

「何見てんの?」

 結城×家田の鬱陶しい煽りが教室に飛び交っている中で、有田は平気な顔をして私に話しかけてきた。一部の女子たちが髪の毛逆立てるのでやめていただきたい。

「……歌詞…」

「歌詞?」

「この後カラオケに行くから、覚えておこうと思ってね。ほら、私って宇宙人だから、この星の曲とか歌詞とか知らないからね」

「そんなん、カラオケ行ったら歌詞出るぞ」

 へ?そうなのか?私はぼうっとした顔で有田を見た。

「いやいあいやいあ家田さん。それは知ってただろ?」

「知らなかった。そうなの?歌詞出るの?」

「そうだぞ。歌い始めとかもしっかり出てくれるから…ってかそれなかったら歌いにくくて仕方ないだろ。歌詞全部覚えてないと歌えなくなるじゃん」

 いやそれくらい普通ではないのか?歌うには歌詞を覚えるのは普通ではないのか?私は昨日一晩の努力を無に帰したくない一心でそう思い込むことにした。

「因みに何歌うの?というか何歌えるの?」

「わかんない…遠垣さんが薦めてくれた曲」

「まあら…遠垣さんならマシな曲のチョイスだろう」

 こういうのが、フラグというものなのだ。無論私はそんなこと露ほども思わずに、来夏といわず遠垣さんといった有田が珍しく周りに気を使っているなあと感心するだけに留まっていたのであった。

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