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75枚目

 ふっふっふー!!ふふふふふっふー!!不格好な鼻歌は、この後行くカラオケをイメージしたわけではない。そもそも頭には特にメロディラインが浮かんでいるわけではなかったのだが、あまりに上機嫌すぎてついつい鼻歌が紛れ込んでしまったのだ。

「結城ぃー」

 プールの授業が終わった後、私は偶然同じタイミングで更衣室から出てきた結城にダダがらみを始めてしまっていた。向こうは戸惑うというよりは面倒くさいやつにあってしまったという反応をしていたが、私は特に気にせず続けた。

「結城ぃ、何か私に言うことがあるんじゃない?ねえ?何か言うことがあるんじゃない…」

「そうだなあ。家田さん。今日は暑いな」

「そうねえ暑いわね。こんな時にプールに入れてとても気持ちよかったわ」

 結城は少しだけこちらを見て、ぷいっと明後日の方向を向いてしまった。照れているようにも見えたが、面倒な奴の対処法を模索しているようにも見えた

「他には?他には?」

 私はぐいぐいっと顔を近づけてみたが、相変わらず向こうの方を見ていた。少しだけ風が吹いて、濡れている髪がふわっと少しだけ浮き上がった。

「この後テスト返却だな」

「そうね。今回のテスト自信あるわよ!!!ここまで好調だしね。結城も頑張って亀成に勝たないとね」

「そうだな」

「で?他には?他には?」

 流石に面倒くさくなったのか、少し眉を顰めつつ結城はこちらを向いた。

「私の泳ぎを見て、どうだった?」

 無論私はそんなことでくじけるような人間ではない。結城は少しだけ間をあけてから答えた。

「……うまく泳げてたんじゃない?」

 やったぁ!私は少しだけ飛び上がって拳を上に突き上げた。体を少しひねり、昇竜拳みたいになった気がしたが気のせいということにした。

「…家田、お前それ有田と姫路にも聞いてただろ」

「甘いわよ結城、阿部ちゃんと沢木と出森と濱野と遠垣にも自慢したわよ」

「…ついさっきのことなのにどうやって遠垣さんにも自慢したんだよ」

「甘いわね結城。この地球にはアルフェラッツ星と同じで通信機器が発達しているのよ。即座に写真撮って自慢してやったわ」

 そう言って私は胸を張った。

「どーう?これでもう私は馬鹿にされないわよ。結城もどんどんと私に頼るのよ。もう私はこれまでとは違う、ニュー家田杏里なのだから!!!」

「…なんでお前は、高々25メートル泳いだだけでそんなにテンションが上がるんだ?むしろ羨ましいわ」

 結城は心の底から呆れた顔をしていた。

「しかもお前、あまりに遅いから後ろめっちゃ待たせてたじゃねえか」

「な!!!それはいわない約束でしょ?あれは同レーンの有田と阿部ちゃんが早すぎたのよ。そんなサッカー部のエースと運動神経抜群のあの子じゃ、私が遅いのも仕方ないでしょ?」

「でもあの後遅いレーンに行った後もダントツで遅かったじゃねえか」

 むううう、私は頬を膨らました。そんなきついことを言わなくてもいいじゃないか。そもそも私は地球人ではない。平和と友好を志向するアルフェラッツ星人だ。この星のように恒常的に戦争をしているのではないから、体力面でも差が開けられてしまっているのだ。その中で私が普通の人間と同じくらいか若干劣る程度のことができたというのは、褒められるべきことなのだ。これがわからないとは、結城もまだまだという訳だな。

「とにかく、これで分かったでしょ。私はもう水は怖くないのよ。泳げるようになったんだからね。それは認めてくれるでしょ?」

「まあ認めるよ、頑張ったな」

「じゃあ、この夏は海に行こう!」

 そう言った瞬間に、結城はまるで宇宙人でも目撃したような驚き方をしていた。目が点になるとはこういうことを言うのだろう。ん?私は何かおかしなことを言っただろうか?

「あ、もしかしてプールの方がよかった?この辺海水浴場ってあんまりないしね」

「いやそう言う意味ではなくて…」

「もしかして山派?まあ山でもいいわよ。この星にしかない生物とか植物とかを観察するいい機会だしね」

「いやそう意味でもないけど…もしかして、さ」

 私は何かおかしい点でもあったのだろうかと思いつつ、結城に続いて階段を上っていった。教室は階段を登り切ったらすぐだ。

「二人?」

 へ?予想もしていなければ意図もわからないことを、結城は言ってきた。心なしか顔が赤くなっている気がしたけど、多分それはプールの後だからだろう。いやそれよりも、2人とはいったいどういう意味なのだろう。少しだけ間が開いた。

「あ、そういえば遠垣は虫嫌いみたいよ。だから山は無理ね」

 今度は結城がへ?という顔をしていた。その間抜けた顔をしていた彼の顔を見て、私はますますよくわからなくなっていた。

「……そ、そうかあ。それじゃあ海だな。うん」

「…結城、どうしたの?」

「なんでもないなんでもない」

「ほんと?……」

 私はじとっとした目を彼にぶつけたが、結城は少しだけ照れた顔をして誤魔化されてしまった。うーん、何かおかしなことを言っただろうか?そんな変な杞憂をしつつ、私は照れる結城の顔をじっと見ていた。


 本日のイベントその2はリーディングのテスト返却である。これによりすべてのテストが返却となる。まあ本来テスト返却は9割以上の学生が憂鬱な気分になることだが、この日だけは違った。退屈な化学の授業が終わり、3限目。クラス中で異常な盛り上がりを見せていた。

「さあ、結城君。勝負の時間だよ」

 そう私の隣で手を広げて言っていたのは亀成だった。結城は寝起きということもあって、非常に眠たそうな顔をしていた。

「このリーディングで、2人のテストが全部返却になるね。テスト用紙は置いているかい?」

「解答用紙?持ってきてるぞ全教科」

 結城は坊主頭をポリポリと掻いていた。そんな約束もしていたのかと私は隣で見てて思った。

「審判は俺たちに任せろ!!」

「公正公平に行うわよ!!!」

「おいてめーら、何してんだ?」

 私はいきなり飛び出してきた有田遠垣コンビにくぎを刺した。特に遠垣、なんでお前は毎回毎回こちらの教室に来てるんだ?もうそれを声を大にして言う気にもなれなかった。

「なにって、審判ですよせんぱーい」

「とりあえずあと2分で授業始まるので遠垣さんさっさと戻った方がいいですよ?」

 そう姫路が言ったら、遠垣は不満そうに唇をとんがらせながら帰っていった。そんな崩れた顔すらかわいいと思えるほど、遠垣は顔が整っていた。あれで性格が可愛かったら、学校のアイドルになれただろうに。

「…家田さん!!!!!!」

 耳元で爆音が鳴り響いた。残念美人二人目の声である。

「家田さん!!!まだまだ勝負はついてないですよ!!!このリーディングで奇跡の大逆転をして見せます」

「ま、まあもう結果見るだけだし、のんびり待とうよ」

 そう言って、私はニコッと笑った。そのあとも熱い姫路の所信表明を聴いていたが、別に勝負に何のこだわりもない私は、むしろ亀成が勝って面倒なことが怒らないように結城頑張れと思うほかなかった。

 そしてチャイムが鳴って、いつもとは違う空気感の中、3限の授業が始まったのである。

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