8枚目
「どう?こんな大都会にあるチェーン店にしては、小洒落てると思わない?」
そう言いながら少女は私をカフェに連れてきた。駅から歩いて約10分。外から見ると地元でもよく見る普通のチェーン店だった。しかし、アイスコーヒーを頼んで階段を降りるとそこにはだだっ広い空間があった。まるで地下にいきなり出てきた秘密基地のようだった。そこには規則正しく机と椅子が陳列されており、それも4人掛け、ソファみたいなやわらかい椅子、などなど様々な種類があった。まだ朝早かったからか、人は少ないめだった。スーツを着た大人が数名、経済新聞を広げていた。
何よりも圧倒されたのは、ぼんやりとした雰囲気の出したライトだった。地下の薄暗い部屋を、明る過ぎず少し暗い目に照らすオレンジの照明。暗いところを残しながらも光るオレンジは、まるで曇天の合間から光を漏らす太陽みたいだった。そこは地上で繰り広げられる都会の喧騒と、階段一つで繋がっているとは思えないほど別世界で、のんびりと落ち着いた空気が流れていた。まさに隠れ家、というやつである。
「どこ座る?ソファだと嬉しい」
「お尻、冷たいから?」
私は珍しく軽口を叩いた。稀なことである。そんなレアイベントを、少女は気にも止めず2人掛けのソファ席に座った。私も続いてその対面に座った。
「で、何から話そっか?」
「とりあえず、名前教えて欲しいかな」
「確かに、言ってなかったね。私は遠垣来夏。藤が丘高校の1年生よ」
藤が丘…私の通う高校と一緒!1年生かあ、学年が違うなら、知らなくても仕方ないかもしれない。
「あ、私の名前はね…」
「家田杏里、だよね?1年生の間でも有名人だよ。自分のこと宇宙人だとか言ってる奴がいるって」
ん?そうなのか。自分が入学したばかりの1年生にも有名な存在だとは思わなかった。ただの宇宙人がそんなに珍しいのか、つくづくこの星の人間は遅れているな。
「まあ私は宇宙人だからね。事実を述べているだけだし」
「そうだね」
遠垣は私の主張を冷たく流した。私は少しだけ頬を膨らました。
「まあそんなことより、遠垣さんは何であんな格好してるの?お尻…見えそうだよ」
「見えてるんじゃなくて見せてるんだ」
「見せてる?露出狂なの?」
「そんなんじゃねーよ」
遠垣は一旦間を置いてアイスティーを口に含んでから語り始めた。
「私は、男を駆逐したいの。特に、自分の欲望すら制御できないだめ男をね。嫌いなんだ。女のケツばっか追いかけて、女に迷惑をかけるクズがこの世で1番憎いんだよ!あれは、そんなクズを見つけだすための手段なんだ」
ここまで一気に語った遠垣は、口が渇いたのかまたアイスティーを飲んだ。私は何も言わずに黙っていた。すると再び口を開いた。
「あの格好で電車に乗るとね。みんな嘘みたいに手を出すんだ。ただの小娘のお尻なのにさ。しかもその男からしたら無関係なやつの。それに手を出すなんて、最低じゃない?だから私はね、そうやって触られた時に、『この人痴漢です』っていう準備をしているんだ。逃さないように腕を掴んで、大声でね。だからあれは見せてるんだ。ダメな男を捕まえるためにね」
… 覚悟はしていたが、この人も中々に変わった、というかとんがった人だ。ただの露出狂少女なんかよりもよっぽど恐ろしく、よっぽど信念と執念を感じた。なんで彼女は、そこまでして男を毛嫌いするのだろう。確かに性欲を我慢できなかった男による犯罪、事件はこちらに来る前にいくつか耳に入れていた。そうしたものを下劣で汚らしいと感じる感性も、あながち間違ってはいないだろう。しかしここまで身を呈す必要があるのだろうか。
「向こうが誘惑してきたーとかは言われないの?」
私はできるだけ素朴に聞いた。
「言われないわよ。本当にノーパンなら言われるかもだし、なんだっけ?猥褻物陳列罪?そんなんに引っかかるんだけど…」
そう言うと遠垣は徐にスカートをめくり始めた。
「えっ…ちょっと…なにしてるの?」
「いいじゃん、あんた女だし。それよりほら」
私は恐る恐る遠垣の下半身に目をやった。正面から見ると、腰の辺りに紐があり、前側はしっかりと守られていた。
「所謂Tバックってやつね。ちゃんと履いてるんだよ、パンツは。だから捕まえた痴漢が解放されたことなんて一度もないんだ」
それでも…後ろから見るとノーパンに見えるんことには変わらないんだよなあ。私はそんなことを思いながら視線を外した。
「わかった?だから今日痴漢されたのも計画通りだったんだ。計画外だったのはあんたが正義感のあるどじっ娘で、あんな風に倒れてしまったことだね」
「ご、ごめん…」
私はつい癖でしおらしく謝ってしまった。それを見て遠垣が慌てて弁護する。
「いや、人として立派なことだと思う。私もこれまであんな風に助けてもらったことなかったから、びっくりしちゃったんだ」
遠垣は少し照れた顔をした。その照れ顔は可愛い顔をしているのに、なんでこんなに歪んでしまっているのだ。
「頬痛くなかった?」
こんな気遣いもできる人なのに…
「いや、大丈夫だったよ。こちらこそごめん。その…スカートまくっちゃって」
「そんなこといいんだよ。気にしてないから」
私達はひとしきりお互い謝った後で、2人で目を見つめて笑っていた。意味のない笑いだったが、なぜか心が安らぐ気持ちがした。
それから2人はとりとめのない話をした。私は自分が宇宙人であり、どれほど大きな任務を背負っているか、毎日どんなことが大変かについて語った。遠垣はあまり信じてくれていなかったが、架空の話としてとても興味深く聞いている風に見えた。一方で遠垣は、いかに男という生き物が醜悪で劣悪であるかについて強い口調で訴えていた。私はこの星の男がどんな人種なのかよくわかっていないので、発せられる言葉一つ一つが新鮮で面白かった。こうして、お互いがお互いのことをピンとこない中で語り合った。それでも2人は楽しくて、長い間話し込んでしまった。初対面とは思えないほどだった。それくらい、私と遠垣の波長はあってしまったのだろう。私達はそのまま、夕日が染まるまでずっとカフェにいた。今日の目標である調査活動とバックの購入のどちらもを未到達であったが、そんなことが矮小に思えるほどだった。そんな、いつもとは違う休日を送ったのであった。